第二十九話、大きな収穫
「これが、“虹の木”のドロップ品ですか?」
俺は体を引っ張られて荷車の近くまで戻って来た。モンスターのドロップも、彼女たちが拾って来てくれたようだ。
辺りはすでに暗く、吹きさらしの草原の上にポツンと荷車が置いてある。荷車の脇には火が焚かれ、食材の匂いが周りに漂っている。
「でっかいコアですね……」
と、タヌキがひょこひょこと歩いて来て、赤い、真っ二つになったその石を近くで見つめている。
「どうなさるんですか? これ」
「どう? モンスターの落とすコアは、いつも売ってお金に換えるよ」
「そうですか」
「どうした、ツチ。その石が欲しいのか?」
と、俺が聞くと、タヌキからの反応は芳しくない。
「……いえ」
「欲しいなら、遠慮せずに言っていいぞ」
俺が待っていると、ツチはやがておずおずと言い出す。隣でぱちぱちと焚火の炎が爆ぜている。
「……他のモンスターのコアを取り込むと、モンスターは強くなれると、聞いたことがありまして」
「そうなのか?」
俺の視線はスライドし、火の中の鍋を見ているヒメトラの背中に行く。
「どうなんだ? ヒメトラ」
「そうなんじゃないですか?」
「“そうなんじゃないですか”って……お前は興味ないのか?」
「私は興味ないです」
ヒメトラは鍋の中から汁を掬い、小さな器に移してそれの味を見ている。
「お前だって、強くなれることには色々メリットがあるんじゃないのか? 危険なところは行かないって言ってるけど、強くなれたら、それも気にしなくていい訳だし」
「ヒメトラはヒメトラのままでいいですよ。どうせ死ぬときは死にます。強くなってまで、行きたいと思うところもありません」
と、ツバキが立ってヒメトラの傍に寄っていく。
「私はヒメトラに死んで欲しくない」
「……」
「この先、何があるかは分からない。不運に、流れ弾に当たって、そんな時が訪れるかもしれない。丈夫になるならなって欲しい」
ツバキの言葉を、ヒメトラは火から目を離さずに聞いていた。
「ヒメトラの形を歪めてまで、私を連れ回すつもりですか?」
「……」
「私を連れて行きたいのなら、ちゃんと私のことを考え、守ってください」
ツバキの手が、ヒメトラの体を掴めず降りていく。
「それに、そんな都合のいいものでもないですよ。コアを取り込むというのは」
彼女は言いながら傍らの椅子に座り、火の様子からは目を離さないでいる。暗い草原の上で、ただ俺たちの声だけが響いている。
「何か、デメリットがあるのか?」
俺が聞いて、話の続きを促す。
「そうですね。何と言いましょうか、私たちには、魂の器みたいなのがあるんです。その器を、満タンに満たさない程度に、私たちはコアを所有できる。空きがあれば外から加えられた他者のコアを取り入れることが出来るでしょう。コアの質が上がり、密度が高くなれば、力も上がる、丈夫さも上がる、不思議な魔法も使えるようになる、かもしれない」
コアを取り入れてモンスターが強化できるのは本当で、しかしそれには“魂の器”とかいう容量の上限があるらしい。
「今のところ、デメリットらしきものは見当たらないな」
「取り込むのは他人のコアですよ、自分のコアじゃないです。それが自分の一部になるんです」
「……つまり?」
「ごしゅじんさまは、便利だからと言って、背中からゴリラの腕を一本生やしたいですか?」
まぁその例だと全然生やしたくないけど。
「コアの場合はもっと本質的なものですけどね。他を取り入れるというのはそのままの意味で、例えば、私のコアの大きさが1だとして、今から取り入れるコアが3だとしたらどうなります? 取り入れた後、四分の三が他人のコアになります。それが植物のコアなら私の体が植物になるかもしれない。それが魚のコアなら、ヒメトラの体に鱗やえらが生えてくるかもしれない」
ヒメトラは、揺れる焚火の前で淡々と語っている。
「取り入れたそいつの、夢や、思想や、考え方が、取り入れた後、ヒメトラの中心になって、ヒメトラの体を乗っ取ってしまうかもしれない。他を取り入れるというのはそういうことです。ヒメトラを育てるため、ヒメトラに色んなコアを与えたとして、その先に得られるのは同じヒメトラですか?」
ヒメトラは、たまに椅子からお尻を浮かして、火の上に吊るした鍋の中身をかき回している。そのたびに、ふわりといい匂いのする湯気が湧いてくる。
「要は、我が強ければ、色んなものを取り入れて強くなれるということか?」
と、話を聞いていたツバキがヒメトラに聞いている。
「……まぁそうですけど」
「じゃあヒメトラなら多少いけるんじゃないか?」
「ヒメトラはか弱くて守られるだけの可愛いネコです。ヒメトラが変わる気はありません」
「でも、どれだけ注意していたとしても、もしもの事故でヒメトラが傷つく可能性もあるだろう。ヒメトラも強くなって損はない」
「その時はその時です。好きなように生きて、運命に殺されるのが私たちの定めです」
「私はヒメトラに死んで欲しくない」
「それはもう聞きました」
「なぁ、少しばかりコアを取り入れたって―」
ツバキは料理中のヒメトラに絡んであれやこれやと話しかけている。二人の主張は食い違い、俺はどちらも正しいと思って、どちらにも肩入れできなかった。
「だってさ。ツチは、今の話聞いてどうしたい? まだ“虹の木”のコアに興味があるか?」
俺が、大人しくそこに座って話を聞いていたツチに、そう話を戻した。ツチは、黙ってふるふると首を横に振っている。
「武器が落ちるなんて、珍しいですよね。いったんどんな剣なんでしょう」
ツバキが、“虹の木”の落としたドロップ品が入った大きな布を見下ろしている。そこには、一抱えほどもある大きな赤い石と、まばらな魔石、植物の素材と、それから剣の一振りが置いてある。
その剣は、モンスターから落ちたものだった。
勇者の学校に居た時に、その存在は聞いたことがあった。モンスターはごく稀に、“元型”と呼ばれる武器の形を落とす。その確率は一万分の一とも十万分の一とも、あるいはそれ以上とも言われており、それはとても狙って得られるようなものではなく、俺が直接落ちるのを目にするのも、これが初めてだった。
“元型”は、落としたモンスターを元に固有の能力や見た目が与えられる。それはどうやらモンスターの種類ごとには一定のようだ。種類というか、大まかな種族ごとに種類は決まっているものらしい。ただ、中には一種のモンスターからしか落ちないようなものもある。
“元型”は、所有者の意思に応じてある程度の形状の変化が可能である。短剣になれと思えば短剣に、長剣になれと思えば長剣になるらしい。まぁある程度であって、それが船や車に変化するわけじゃない。
落ちた“元型”に説明書などは特に付属していないが、剣を握ると能力はなんとなく伝わってくるものらしい。
荷車の上、大きな布が広げられ、そこに“虹の木”から落ちたドロップ品がまとめられて置いてある。そこには、朝顔の蕾をそのまま大きくして柄に付けたような、捻じれた蕾の剣身の剣がある。どうも見た目には植物質な剣であり、あまり強そうには見えない。
知識の中に、いくつかの種族が落とす“元型”が浮かんでいたが、目の前のそれは知識の中のどれとも違った。もしかしたら“虹の木”が落とす固有の“元型”かもしれない。
俺がその剣の束を握ると、軽くて細い。柄の部分は木製で、丁寧に磨かれ木目の溝が浮かび上がっている。花びらが閉じて捻じれた蕾のような剣だが、自重で剣がたわむようなことはない、意外と剣身はしっかりしていそうだった。
「モンスターに刺すと、そのエッセンスを取り込み、エッセンスに応じたモンスターを生成して召喚、使役することが出来る。モンスターはエッセンスを消費しきるまで活動する」
俺はそう言って、剣を風呂敷の上に下ろし、ツバキの顔に目を戻した。
「だって」
「知ってたんですか?」
「今知った」
「モンスターを召喚する剣ですか。面白そうですね」
俺たちは二人で荷車の脇に立ち、中の剣を見下ろしている。
「そうだね。ただ、呼び出す個体の強さにもよるけど、相手によって呼び出せる個体が異なるなら性能は安定しない、剣の素の性能で殴ったりするタイプじゃなさそうだから、メインの武器も別で必要。でもまぁ、呼び出せる召喚獣が強力ならやっぱり強いか。どうだろうね」
ちなみに、“元型”は種類によらず大体そんなに強くない。どっちかと言うと、人間界ではコレクション的な意味合いで取引されている。まぁ珍しいので高く売れるには売れる。
「さっそくヒメトラに刺して試してみましょう」
「こらこら」




