第二十六話、巨大な個体
崖の中を続いていた道だったが、ようやく地上に出た。
「ふぅ! やっと視界がすっきりしましたね!」
そこは崖の上の高原。左手には地面が落ちて青い荒波の海が広がっている。今も風が吹いて潮の匂いが漂って来ている。右手には、萌黄色の草原。空を遮るものはなく、どこまでも水色の空が広がっている。
娘の形態のヒメトラが地面に降りて、くっと伸びをしている。腕の裾がまくれて肩の辺りまで素の肌が見えている。
道は、崖際から付かず離れず、海のそばをくねくねと続いている。
「この道って、どちらに続いているんですか?」
と、荷車からタヌキが顔を出してきて、そう聞いてくる。俺は無言で道の先を指し示す。
「あっち」
「……この車は、どちらを目指しているんでしょうか」
「あっち」
「……」
「行く当てなんてないぞ。道なりに進んでるだけだ。分岐路があれば、なんとなくで選ぶ」
「そうなんですか」
「ごしゅじんさま! ちょっとその辺を駆け回ってきます!」
「おう、いってらっしゃい。あんまり遠くに行くんじゃないぞー」
彼女は人型のまま、ぱたぱたと小麦色の草原の上を走っていく。
「いったん車を止めて休憩にしようか。ツチ、お腹は空いてる? おやつあるよおやつ」
「ごしゅじんさま、向こうに変なものがありましたよ!」
お散歩から帰ってきたヒメトラは、俺にそんな報告をしてくる。
「変なものー?」
「はい。生きてるでっかい木です」
「木は基本生きてるよ。また一つ賢くなったね」
「そうじゃないです。なんか動いてる木です。しかもでかい」
「動く木ー?」
食虫とか食肉系の植物かな。危険地帯はまだ近いが、彼女が指しているのは別の方向の草原だった。道からは外れているが、まぁ見に行ってみてもいいかもしれない。
彼女の案内で、俺は車を置いて草原の上を歩いていく。
彼女が案内した先に、だだっ広い草原の上に、小さめのビルくらいの大きな植物が生えていた。俺たちは丘の上からそれを見下ろしている。そこが源か、風に乗って甘い匂いが流れて来ている。木、というよりは植物で、しめ縄のようにいくつかの蔓が螺旋状に絡まって、太く立派に地上に突き立っている。
イメージとしては、ジャックと豆の木に出てくる太い木みたいな感じ。たまに幹から蔓が分かれて、そこからハート形の葉っぱが垂れている。もちろん目の前のそれは天まで続いてはいない。
特徴的なのは、蔓の先に付いている、ホオズキのような、透けた網の籠だった。緑の網の籠の中には、虹色に光る何かが閉じ込められているというか収まっている。
「……“虹の木”、か?」
実物を見るのは初めてだが、その特徴は俺の中の知識と合致している。
「ごしゅじんさま! あれ何かいい匂いしますよ! でも危険な匂いもプンプンします! ごしゅじんさまが取って来てください!」
「むやみに近づかなかったのは偉いねぇ」
「はい! ヒメトラはえらい!」
「“虹の木”、ですか?」
「そう。それが草原の上に生えてた」
“虹の木”、正式には極彩肉食抱擁果、みたいな名前があった気がするが、名前が長いから通称で覚えている。基本はさっき見たような超大型の、植物型のモンスターに分類される。
その大きな見た目もさることながら、一番の特徴は動く植物という所である。虹の木の根元の土にモンスターの骨や体を植えると、それは虹の木に吸収され、虹色の果実で出来たモンスターが実の中に宿る。モンスターは蘇る、わけではなく、ただ形を利用されて動かされるだけ。虹色のモンスターはすべて木の意思で動く。
虹色の肉の付いたモンスターは、根本付近に新たな獲物が近づくと実の中から出てきて、戦う。そうして倒したモンスターを、新たな養分および守護獣として吸収するわけだ。
基本は待ち構えるタイプのモンスターなので、危険度は高いものの処理優先度は低い。
「倒していきますか?」
ツバキは“木”と聞いてピンと来ていないのか、迷いながらもそう聞いてくる。
「うーん……」
正直、あの木をその場で倒すとなると、相当な消耗戦になる。巨大な木の中から一つのコアを探し出すのは非常に困難で、倒すとなれば地上の木をすべて焼き尽くす勢いの火力が必要だ。
だが、木の駆除とまではいかないまでも、虹色の実のモンスターを倒すとそこからもドロップが発生する。また、貯め込んでいる実を一匹ずつ処理していけば、いずれ虹の木の戦力は丸裸になる。長期的には、倒すのが難しいモンスターではない。あれだけでかいモンスターなので、本体を倒した時のドロップも美味しい。
急ぐ旅ではないし、あのモンスターの駆除にいったん取り掛かってみてもいいな。
「あのモンスターは、虹色の実で出来たモンスターを守護獣として生み出す。戦ってみるのは、良い経験になるかもな」
虹の木。
グレートハントグロウレインボーフルーツ。巨大な蔓が螺旋状に巻き上がって出来た木。地下茎の近くにモンスターの死体があると、形を取り込み、虹の果肉で出来たモンスターを実の中に生み出す。虹の獣は、地上でほかの生き物の反応があると、緑の籠から出てきて応戦する。




