第二十五話、海の狭間道
「改めまして、私はツチと言います」
「これはどうもご丁寧に。俺は冒険者のキョウゲツと言います」
ガタガタと、俺たちを乗せる荷台は石の坂を登っていく。辺りは暗いが、荷車の中は魔法の明かりが照らしている。
荷台の中には、たくさんの荷物を押しのけて、でかめのタヌキが一匹、人の形態のヒメトラが一人、俺が一人。銀髪の少女は、今は操縦石を持って荷車を先導している。気になるのか、たびたびこちらを振り向いてくる。
「……」
「……」
次の句が思い付かなくて、俺たちはただ見合って次の言葉を探している。
「二人とは、もう仲良くなれたか?」
「あ、はい、二人とも、私によくしてくれて……」
「そう堅苦しくしなくていいぞ。まぁ楽ならそっちでいいけど」
目の前のタヌキはお尻を下にして座り、まるで人間のようにころころと表情を変え、言葉を喋っている。
「え……じゃあ……そうさせて、いただき……ます」
「うん。まぁ少しずつ慣れていこう」
「あの……キョウゲツさまのことは、いったい何と呼んだら……?」
「名前? みんな好き勝手呼んでるし、ツチも好きに呼んだらいいと思うけど」
「うんちでいいですようんち!」
俺はヒメトラの顔面を掴んで脇に押しのける。
「じゃあ……その。私も、先生と、お呼びしていいですか?」
と、タヌキはおずおずとそう申し出てくる。先生か。俺はツバキからは先生と呼ばれてはいるが、別にそう大した存在でもないんだけど。まぁ、好きに呼べといった手前、彼女からの提案を否定することもない。
「いいよ。ツチ、これからよろしくね」
「……はい、先生」
俺が手を差し出すと、ツチもその小さな片方の手を差し出してくる。俺はそれを上から握って、軽く上下に振って握手の意を示した。
洞窟は海辺の岸壁に出た。
歩いてすぐそこの下は崖になっており、遠く下に海面が見えている。景色は一面の青い海、揺れる荒々しい海面が景色の下に見えている。崖には、横から見るとアリの巣のように空洞が続いており、その空洞の中を道は続いていく。
今、地上は雨か、海面にパラパラと小粒の雨が降り注いでいる。ここには天井があるが、風向きが変われば道の中にも雨が入り込んでくる。
「落ちたら死にそうですねー」
後ろを向けば荷物の上で、茶色いネコが要らんことを言っている。
「先生なら生き残る」
「先生も死にますけど全然」
道の上を進んでいく足音は二つ分、続く荷車の車輪の音。俺たちの歩速に合わせ、一行は緩やかに進んでいく。
「確かに、なんでこんな危険なところに道を作っているんでしょうか」
崖の中の空洞の幅は広く、雨に濡れないよう、俺たちは壁側に寄せて空洞の上を歩いている。左手には絶景の海。右手を歩く銀髪の少女が、海の景色を見ながらそう聞いてくる。
「地上と地下で、進行の難易度が変わるからな」
「……?」
「ここの地上は、龍脈の濃度が濃くて危険なんだ。だから地上から隠れるようにして道が続いている」
「ごしゅじんさま、進行方向にモンスターです」
と、荷車の上から警告が入る。
「避けられないな。対処できるやつだといいが。ツチ、もしもの時は荷車の中にも被害が及ぶかもしれない。危険を感じたら逃げていいぞ」
俺が振り向いて荷車の中にそう言うと、大きなタヌキはこくんと頷いた。
少しすると、モンスターの影が見えてきた。大きさは人くらい、細い体と複数の足、灰色の体。見た目にはカマキリ。数は一。俺たちは荷車を止めて前に出る。
「“イワギリ”か?」
カマキリ型は大体好戦的だ、通り道に居るなら、戦闘は避けて通れない。
「冷やしたら寝ますかね」
「カマキリは冬眠しないし寒さにも強いね。あいつもそうかは知らないけど。アリとかなら動きが鈍ることもある」
隣で少女がロッドを抜き出し、俺は腰から柄まで銀色の直剣を抜く。
「火力高いから一発も貰っちゃだめだよ」
向こうはとっくにこっちを視認している。かた、かたと、俊敏な動きでカマキリは頭を動かしている。
カマキリが動いた、羽を使って機動力を増し、素早い動きで迫る、狙いはツバキ。
ツバキはロッドに氷の盾を展開した、半球の氷が少女の前方に形作られる、そこを、カマキリが振り上げた鎌を振るった。
カマキリの腕が地面に振り下ろされる、俺の手がツバキの首根っこを掴み、後ろへと引っ張った、ツバキの居た足元に鎌が振り下ろされ、硬いはずの岩場が粉々になって砕け散る。
「岩を砕く鎌だから、ツバキの練度の氷だと強度が足りないかな。出来るだけ避けようか」
「けほっ……す、すみません」
俺はツバキを尻目に、魔物に手の照準を合わせる。
「“風刃”」
射出した風の刃は、カマキリの開いた羽を掠って傷つけた、狙った奴の首は低く屈められている。早いな、避けられた。
下がればツバキが居る、俺は仕掛けられるよりも前に剣を握って前に出る、剣を振り下ろすとカマキリは飛んで後退した。
ふわと、カマキリの体が地面に降りる。鋭い無機質な目がこちらを見ている。
「ツバキ、まだやりたい?」
「……あとはお願いします」
「おっけー」
ツバキが後ろに下がっていく。これで一対一だ。
来た、右に左に、カマキリは羽による制動を用いながら素早く切り返して近づいてくる。鎌の一撃は脅威、剣で受けても、折れることはないが腕ごと持っていかれる。
奴が近づき鎌を振り被るその瞬間、俺は同時に近づいた、カマキリと俺の体があわや激突する、俺の片足は高く掲げられ、折り曲げられている。それはちょうど、カマキリが鎌を構えているような形だった。“フレイム・アーツ”―
「“シュート”!」
俺の足が、奴の羽の片方の根本を蹴り抜いた、薄く脆い羽根は焼けて穴が開く。カマキリが苦悶の声を上げ、鎌を振り上げ下ろしてくる。俺は素早く身を引いて体を捻り、奴の肘の辺りに剣の強打を食らわせ、鎌の軌道を俺から逸らした。
不完全な形で鎌が地面に落ち、刺さった。抜けなくなったのか、カマキリは落とした鎌に引っ張られ、前屈した姿勢のまま固まる。必死に抜こうとそれをもがいている。
俺は剣を構え、魔力を練って振り抜いた。カマキリの首がころころと地面を転がり、止まった。カマキリの体が倒れ、体から粒子を放って空気に溶けていく。
「ツバキ! 大丈夫だった? 岩の破片とか食らってない? どっか痛めてないか?」
俺は慌ててツバキに近寄り彼女の体を見る。
「だ、大丈夫です先生。それより、お見事でした」
「怪我とかしてない? ちょっと見せて」
「せ、先生。いつも、先生は私のことを心配しすぎです」
俺は不満そうに佇むツバキの体の周りを回って検めた。
イワギリ
灰色のカマキリ型のモンスター。鉱石を齧る習性があり、取り込んだ鉱物が、イワギリの鎌を鋭く、丈夫にしている。刃は硬い岩をすぱすぱと切り、鋭い一撃は岩をも砕く。トンネル工事に利用する計画があったが人間に懐かなかった。
イワギリが落とす刃は、一流の職人が磨いたように鋭く見事だが、日用には長く、武器にするには短い。




