第二十四話、片手間の仕事
洞窟の中を続いていく道は、やがて山上の小さな広場に出た。周囲は切り立った岩壁に囲まれているが、広場のそこには土が溜まり、ここだけ多少の緑が見えている。広場には穴が二つあり、もう一つの穴の先に道は続いていく。
ここはよく休憩に使われているのか、よく見ると地面に先人たちのキャンプの跡などが残っている。
「この先で危険なモンスターが目撃されてるから、俺は先に行ってちょっと様子を見てくるよ」
俺は銀髪の少女にそう言い含める。
「……私は」
「ちょっと危ないかもね。俺でも、もしかしたら無理かも」
少女は、荷台の方と俺の顔とを交互に見ている。
「さっきの子はまだ合流したばかりだし、ヒメトラと二人も気まずいだろうから、良かったらツバキが様子を見ててくれないかな?」
俺の言葉に、少女はこくりと頷いた。
俺は荷台を山中の広場において、一人、穴の続きに入っていく。
山の中には空洞があり、それらをどうにか通れるように人が道を繋いでいる。山中を続く洞窟の中には、もちろん道でない空洞にも繋がっている。
洞窟を歩いていくとすぐ広い場所に出た。道は、左手の壁に沿って弧を描きながら上へと続いていく。また、空間の底には、水が溜まって、それが階段状に段々と流れ出している。俺は水が湧き出ている上流の方に用があった。俺は道を降り、多少足元を濡らしながら水の流れてくる方向へと登っていく。
水は、壁の穴から流れて来ているようであり、穴は小道のように上へと登って続いている。俺はその穴に入り、さらに奥へと進んでいく。
広い空間に出た。そこはドーム状の大きな空洞だった、天井の一部が破れ、地上の光が降り注いで、白い洞窟内部の壁を照らしている。地面にはたっぷりの水が湛えられた泉があり、水はそこから流れ出ているようだった。
そして、泉の主が、目の前の空中に浮いている。
それは透明な塊。クラゲ? 車一つを飲み込めるような大きなクラゲが、空中を重く漂っている。クラゲには縦に、スイカ模様のような切れ目が入っており、また縞々の中には空いたり閉じたりする、目にも見える、小さな穴が縦に並んでいる。
クラゲの下部から泡が湧いているようであり、水色の綺麗な泡が、その大クラゲを中心に、クラゲと同じようにゆっくりと宙を漂っている。
“アワニュウドウ”。このモンスターに与えられた名前である。人が通る道の付近に滞在しているということで、ギルドから討伐依頼が出ていた。危険度は“8”。
俺は慎重に剣を抜き、構える。大きく透明なクラゲの中には、透明に滲んで見づらいものの、赤いコアが中心付近に見えていた。
どうする、どう倒す? 俺の剣のリーチじゃ内部のコアまで届かない、おそらく、深く傷を刻み込む必要がある。あるいは一気に風刃でコアを狙うか。
俺が注意深く観察していても、クラゲは空間の中心から動かない。と、水色のぼんやりと光る泡の一つが、俺の足元まで流れて落ちてきた。それは地面に触れて、パチと弾ける。
「いっ……!」
俺は慌てて声を抑える。水色の泡は、弾けた瞬間小さな衝撃波を生んだ、それは俺の体を通り抜け一瞬の痛みを残していく、クラゲに刺されたような、あるいはゴムで撃たれたかのような鋭い痛みだった。
ぴくりと、向こうのクラゲが反応した。ぐにょりと、その体が歪に変形し、そしてその下部から、大量の水色の泡が噴き出した。
視界を覆い迫ってくる、泡、泡、泡、大量の水色の泡が俺の視界を埋め尽くす。これらが同時に弾けたら俺はどうなる? 衝撃波の射程距離は?
俺はいったん背後の通路へと後退して、また“花火”の宝石を撃った。赤い光弾が通路の先に飛んでいき、そして泡を巻き込んで爆発、したのだろうか。とりあえず、泡の破裂による衝撃はここまでは及ばないようだった。痛みが来るのはあくまで近距離で弾けた時だけか。
とはいえ、今の泡は脅威だった。痛みだけとはいえ、俺の体はそれを受けた途端、一瞬体が竦んだ。痛みの強さを思い返しても、どうしても一瞬意識が取られる。あの巨体の前では、その一瞬の隙は命取りになる可能性がある。
泡はクラゲの周りに大量に浮いており、近づくにはまずその泡を処理しないといけない。しかし、遠距離から泡を割れたとて、今のクラゲは大量に泡を吐き出していた。その吐き出しがどれだけ出来るかは分からないが、近づく前に無限に泡を吐き出されたら、俺は一生近づけない。
俺は考えながら、再び通路を登ってきた。そこには変わらず浮かぶクラゲが居り、周囲にはたくさんの水色の泡が浮かんでいる。
俺が剣を構えると、ピクリと向こうのクラゲが俺の魔力に反応した。
「“風刃”っ!」
剣を振りぬき、一筋の風の刃が向こうに飛んでいく。風の刃は多少の泡を巻き込みながら、クラゲの本体へと到達した。ぐにゃあと、まるで溶けたゴムを裂いたように、クラゲの表面に切れ目が入った。
風の刃は、クラゲの赤いコアまでの距離の、十分の一ほどの深さの切れ目を作って、空気に溶けて役目を終えた。見た目に反して、周囲のゼリーの装甲の防御が厚すぎる。
クラゲは、大量の泡を周囲に漂わせたまま、空間の中心でじっと構えていた。
これは……無理かな。歯が立たない。俺は少しずつ後ろへと後退し、来た通路を引き返した。
「ただいまー」
俺が広場に帰ってくると、荷台の脇で、タヌキが二本足で立っていくつかの物を投げては掴み、掴みは投げていた。
「あ、ごしゅじんさま! 今お手玉まで覚えさせました!」
「それどこ向かってる?」
アワニュウドウ
水色の泡を吐き出す魔物のクラゲ。水辺を好み、空中を漂う。泡は破裂すると衝撃波を放ち、近い距離に居る生き物に鋭い痛みを与える。寿命がなく、どこまでも大きく成長する。肉食ではないが、遊びで他の生き物を狩ることがあり、相手が衰弱して動けなくなるまで泡を吐き続ける。




