第二十三話、拾いもの ーII
「……でも」
「いいからここで待ってろ」
俺は二人を荷車に残し、再び巨大な空洞へと出てくる。
石橋の下の空間、俺の感知は地面の上、どこかへと走っていく影を補足している。俺は結晶柱を生やし、斜めに滑りながら底に落ちていく。
降りた。俺が降りたのは、小部屋一つくらいの大きな球の空洞の上、見れば、そこは整備された地面ではなく、ぼこぼこと球状の窪みが連なった地形だった。俺は苦労しながら球の窪みを乗り越え、影の後を追っていく。
また、穴の窪みの中には、さらにほかの穴と繋がっているものもあり、気を抜いて歩いていると落ちてしまう、運が悪ければさらに違う空洞へと連れていかれるだろう。俺がミスしても助けを願うのは厳しい、俺は注意しながら巨大な空洞の底を歩いていく。
影は、壁の穴の一つに入っていった。それはどうにか俺も通れる穴だった。俺は懐から小袋を取り出し、中身を少し取って地面にばらまく。小さな蛍光の粒が周囲に散らばる。また、俺は来た方向にもそれを多少まいて、覚悟を決めて穴の中に入っていく。
穴は、斜め下の異なる小部屋へと繋がっていた。そこも、ぼこぼこといくつもの泡が繋がった小部屋のようだった。俺は穴の入り口の真下に多く粒を落とし、また部屋全体に多少光の粒をばらまく。ここは行き止まりではなく、影はまた違う穴に入って別の空間へ。
穴を通り、小部屋に入り、穴をくぐり、隣の部屋に入り、穴をくぐって真下の部屋へ、また穴を通って別の空間へと降りてくる。道を忘れたら一生出てこれなそうだな……俺は多少冷や汗を浮かべながら、奥へ、奥へと入り込んでいく。
と、そこに道が見えた。今までの泡状の空洞ではなく、道のような、細く続いていく洞窟だった。それはぼこぼこの小部屋の壁に入り口があり、進むと下へと降りていく。
俺は坂を下りていく。と、どこかで水の音が聞こえる。
坂を下りると、開けた空間に出た。そこは普通の洞窟のような、足元や天井から鋭くとがったツララのような岩が伸びていて、また壁から水が湧き出してそこに泉を作っている。
ここはどうやら行き止まりの空間のようであり、影は、この小空間の奥の、壁際の地面に居た。
タヌキだった。毛むくじゃらの茶色い大きな毛玉、そいつが壁際の地面に居て、また奴の口先の近くに例の瓶詰めがある。
「それは返してもらうぞ。連れの大事な品なんだ。別に、命を奪う気まではない」
襲って来なければ。俺はタヌキに声を掛け、そろ、そろと、慎重に、壁際の獣の傍まで歩いていく。
「あの子はいっぱい持ってたじゃないですか」
驚いた。声を発したのは目の前のタヌキだった。人語を解し、会話が通じるタイプか。ありがたい。まぁ、会話が通じるからと言って、話が通じるとは限らないが。
「私が欲しいのはこれだけです。なのに、これ一つさえ、あなたは奪っていくんですか?」
俺はタヌキの方へと歩いていく。ここは袋小路、いったん逃げる気はないらしい。
「たくさん持ってるからって、その一部だけならどうでもいいわけじゃない。それに、いっぱい持ってる中でも、それは特に大事なものだった」
俺はタヌキの言葉に返答を返した。
「あの子は幸せそうだった。こんなもの一つ無くなったって、どうせどうにもならないんでしょう。ほかの、人間にも囲まれている」
「……代わりに、俺が何かやるよ。欲しいものがあったら持っていくといい。だがその瓶詰めはだめだ。代わりに、この光る砂とかどうだ?」
俺は、小袋から蛍光する砂を握って見せる。
「……要りません」
「お前は何が欲しいんだ? 幸せなのが羨ましいのか? 人間と一緒に居るあいつが、羨ましいのか?」
「……」
「お前は、ここで一人で暮らしてるのか? ほかに仲間は?」
「……」
「お前も、俺たちと一緒に来るか? 自由な旅路だし、別に、いつ離れてもいい。こんな暗くて寂しい洞窟の底よりかは、明るくていい場所が見つかるかもしれない。ほかに、仲間も、お宝も、面白い品も、お前が気に入るものがあるかもしれない」
俺はそろそろと近づいていき、タヌキの傍に座り込む。獣の表情は分からないが、その子は俺の様子を窺うように上目遣いで俺の顔を見ていた。
「お前、寂しいんだろ」
俺がそう問いかけると、タヌキの目線は地面に落ちた。俺は手を伸ばし、タヌキの前足の下に手を入れて、抱え上げる。タヌキは、俺のなすがままにされていた。
「一緒に来るか? とりあえずは、まぁ、この洞窟を出るまでだ」
俺は、蛍光の道しるべを辿って上へ上へと登っていく。苦労して、最初の巨大空洞に戻ってきた、石の橋がある方を見上げると、橋の上から、彼女たちが俺の居る方向を見下ろしていた。手を振ると、彼女たちが手を振って返してくる。
「というわけで、新しい連れだ。できれば仲良くしてやってくれ」
荷車に茶色いタヌキが乗った。犬より大きく虎より小さい、そんくらいの大きさ。同じく荷車には人間の形態のヒメトラが乗っており、隣のそいつを興味深く見下ろしている。
「人化の術は使えないんですか? 人間を騙……媚びを売って都合のいいように利用するには便利ですよ」
「何を言い換えたの?」
「まだ使えません……」
と、銀髪の少女も荷台のタヌキに興味があるのか、懐から何かを取り出し、そいつへと差し出している。
「干し肉だ。食べるか?」
「……いいの?」
「あぁ。これじゃなければ、荷物には他にもいくつかあるぞ。果物とか。お前は何を食べるんだ? お前……名前とかあるのか?」
「私はツチと言います。雑食なので一応何でも食べます」
と、ツチと名乗ったタヌキは器用にツバキの手からジャーキーを受け取り、小さな両手で握って、腰を下ろして座ってくちゃくちゃとそれを齧り始める。
ツチは、みんなに見つめられるまま、荷台の中でそれを齧っていたが、全部食べ終わる前に、タヌキの腕が落ちた。
「……物を盗んでしまってすみません」
ツチは、湿った声でそう言った。
「物を盗むことは悪いことだ。けど、自分の非を認めて謝るのはえらいな。お前が盗んだ物の持ち主は、そっちの女の子だ。ヒメトラ、この子のことをどう思う?」
俺がそう言うと、タヌキの目線はヒメトラの方に行く。ヒメトラはと言うと、彼女は俺の方を向いた。
「ごしゅじんさま、このタヌキは丸々と太らせた上で食べるんですか?」
「ヒメトラちゃん?」
「冗談です。物を盗んだことに対しては怒っています。それはヒメトラの大事な品でした。しかし、謝るというのなら、この場は流してあげましょう。しかし、謝っただけで罪が流れたとは思わないことですね」
意外にも、ヒメトラはちゃんと怒っていたようだ。きらきらの透明な瓶詰めは、今はヒメトラの脇に戻って来ている。ヒメトラの言葉に、タヌキは俯く。
「……すみません」
「まぁ、今後の態度次第では、仲良くしてあげてもいいですよ」
「……ありがとうございます」
と、ツバキがそぉーっと、タヌキの体に手を伸ばしている。
「……な、なに?」
「いや……野生の獣の割に、毛皮が綺麗だなと」
確かに。モンスターに近い種だからだろうか。人語も喋れるしな。
「触ってもいいか?」
「……いいですけど」
銀髪の少女は、ふにふにと、茶色い獣のお腹に手を埋めている。
「ちょっとツバキ、ヒメトラが居るのに何ほかの子触ってるんですか?」
「毛皮? ヒメトラは普段触らせてくれないだろう」
「わたしはそんな安売りしてないので」
俺は何やら荷台で話している少女たちに、荷台の外から話しかける。
「挨拶が終わったなら、いったん行程を進めるぞ。いつまでもここだとあれだしな」
「先生、進めといて」
「あぁ、うん」
俺は一人操縦石を持って、二人と一匹を乗せた荷車を、先導して歩いていく。




