第二十二話、闖入者といつもの顔
「ごしゅじんさまー、ほら見てくださいよー! 綺麗ですよー!」
青空と白雲の下、草原の上を続く道を俺たちは歩いていく。後ろでカタカタと幌車の車輪が鳴っている。幌車の上では、珍しく人間の形態のヒメトラが寝っ転がっており、手元の透明な瓶を太陽に透かして眺めている。
「はいはい、そうだねー」
彼女が手に持っているのは、透明な蝋か何かを流し込んで作られた、瓶詰の飾り物。中にはキラキラと光る砂や貝殻などが同時に封じ込められている。彼女は町でそれを買ってからいたく気に入ってるようであり、暇があればそれを取り出して眺めている。
「ねぇ、ごしゅじんさまってばー」
後ろを見れば、和装の娘が幌車の縁から身を乗り出し、手元のきらきらするそれを振って見せてくる。落とすなよ。もう何回も見たよそれ。
「そだねー、綺麗だねぇー」
「ちゃんと見てますかー?」
「見てる見てる」
草原の上、俺とツバキは歩を進め、幌車を連れて歩いていく。波打つ緑の大地の上を、か細い肌色の道が、地面に沿ってうねうねと伸びていく。
なだらかに続く草原の先に、巨大な山脈がそびえ立っている。青白い山が大地から突き出し、遥か彼方の山頂付近では、雪を被っているのだろうか、白く化粧をまとっている。道は上下を繰り返していたが、やがて上向きに伸びて山の麓へと続いていく。
道は大きな山の麓に着いたようで、こっから道は登るばかりだ。しばらく草原の上を歩いていると、そこに大きな窪みがあり、大きな湖が広がっていた。山頂からの湧き水だろうか、湖の水は酷く澄んでいて、そこまで青く透けて見える。
「ふぅ……上り坂ばっかりで疲れましたね。いったん休憩しましょう」
「お前車の上だろ」
ヒメトラの提案で、湖の畔に幌車を止め、少し休憩することにした。少女たちは車を置いて湖の方へと向かっていく。
俺も水分を確保するかと、荷車の荷物を漁ろうとすると、魔法の光がして。
気が付けばそこに見知った少女が立っている。少女はきょろきょろと周りを見渡し、そして荷車の傍らに立っていた俺を見つけた。少女は何だか楽しそうな顔を浮かべている。彼女の淡い色の長い髪が風になびいている。
「よっ」
水色の髪の少女が手を挙げて、俺はつられて手を挙げ返した。
「あっ、ちっちゃい私が居るー」
「ちっちゃい私じゃない、ツバキだ」
「あれ、ミナモさま! いらしたんですか!」
淡い髪の少女は、湖の畔に居る二人の元へと向かった。草原があって、右手は青い巨峰、左手は下っていく草原の丘、緑の海。目の前には青く澄んだ湖が広がっている。湖の脇に荷物を置いて、俺たちは今休憩中。
雨野ミナモ。俺が勇者の学校に居た時の同級生だ。転移剣と呼ばれる、移動式の魔方陣を内包した魔道具が俺たちの荷車の中には置いてあり、それはホワイトベルという街にある、ギルドハウスの魔法陣と繋がっている。俺と同じ個人ギルドに所属するメンバーは、こうして魔方陣を通してここに気軽に来ることが出来る。
「ヒメトラちゃんも久しぶりー。なんか大きくなったー?」
「ヒメトラは構造上身体の大きさは変わりません! でも中身はすくすく育ってます!」
「なんかおっぱいおっきくなってない?」
「おっきくなってないです! ならないです!」
「ほんと? 確かめていい?」
「だめです! よくないです!」
俺は彼女らを脇目に、水の容器を持って湖畔へと近づく。こぽこぽと容器に水を汲み、荷車とを往復して、浄水用の魔道具の中へと水を入れていく。
「なにしてんのー?」
と、気が付いたら、水色の髪の少女が、浄水の魔道具に水を注ぎ込む、俺の手元を覗いている。
「水を綺麗にしてる。街中みたいに、どこでも水が汲める訳じゃないから。見つけたところで出来るだけ確保していくんだ」
「のど乾いたー。もう飲めるー?」
こいつ……注いだ端から……まぁ今なら追加できるし、いいけど。
「……まぁ飲みたいのなら、そっちに浄化済みのが入った水筒はあるけど」
「いや、自分のはあるし。浄化したてがいい」
「したてでも別に味変わんねーよ」
「ねーまだ飲めないのー?」
「……ちょっと待ってろ。すぐに出来る」
彼女は魔道具の蛇口から出てきた水を器に貯めて、こくこくと細い喉を上下させてそれを飲んでいる。ぷはぁと、彼女は一気に飲み干したようだ。
「水!」
「だろうな」
彼女らはやがて脱ぎだし、湖の中で泳ぎ始めた。俺は荷車の上で本を読んで過ごした。
「ねー、アオイくんは泳がないのー?」
と、ミナモさんが戻ってきた。濡れた長い髪から、ぽとぽとと水滴が滴っている。
「泳がない。俺は水着無いしな」
よく見れば、ミナモさんも濡れた下着である。まぁ突然で水着の準備はないだろう。冒険用か、生地が厚めで色気もないが。俺は本の中に目を戻す。
「全部ぬげば?」
「全部ぬぐはまずいだろ」
「みんなアオイくんの裸なんて気にしないよ」
「みんな気にしないことはないだろ。あと俺は気にするよ」
「なに読んでんのー?」
「魔法の本だ。荷台が濡れるからあまり近寄るな」
「はぁ? ひっど」
「理由言っただろ。本は高いんだぞ。おい荷台ガタガタ揺らすな」
彼女は濡れた白い手を荷台の縁から離し、細い腰に手を当ててにやりと笑う。白いお腹もおへそも今は隠されることなく風にさらされている。
「泳げないんだよねー」
「そんな話はしてない」
「だって、アオイくんが泳いでる所見たことないし」
「まぁ日常の中で泳ぐことないしな」
「じゃあ今して見せてよ」
「人間は陸上の生き物だぞ。わざわざ自分から水の中に赴くなんてバカのすることだ」
「泳げないんじゃん」
「泳げないとは言ってない」
と、ペタペタと向こうからもう一つ足音が近づいてくる。
「おいミナモ! もう一回だ! 逃げるな!」
二人は泳ぎの勝負をしていたらい、銀髪の少女が、勇ましくミナモさんに声を掛けてくる。
「はー? 逃げてないし。ツバキちゃんが戻ってくるのがー、遅すぎただけでしょ?」
「次は勝つ! 向こう岸までもう一回だ!」
「元気あるなー……今はアオイくんを湖に放り込むので忙しいんだよ、ミナモさんはー」
持ってっていいよこいつ。
「先生も泳ぐのか?」
と、黒ビキニの銀髪の少女が、期待を持った目でこちらを見てくる。白い肌が目にまぶしい。薄くて細い体。
「泳ぎません。先生は本を読むので忙しいです」
「アオイくん泳げないからねー」
「泳げないことない」
「先生は泳げないのか? 私が泳ぎ方教えます!」
「なにしてるんですかー?」
と、湖で泳いでいたもう一人も、荷車の方までやってくる。なんでみんなこっち来るんだ。
「今からアオイくん抱えて湖に放り込むのー。ヒメトラもやるー?」
「楽しそうですね! やります!」
「おいヒメトラ? あるじは誰だ?」
ヒメトラが何かを言う前に、ミナモさんが割り込んでくる。
「そういえば私、お土産に美味しいお肉持ってきたよー」
「おにくです!」
「残念だったねアオイくん。アオイくんの負けだよ」
「よく聞け、俺の上はお前じゃなくてお肉だぞ」
少女たちに連れられて仕方なく、薄着になって、足の着くところで、湖の中にぷかぷかと浮いていた。ツバキとミナモさんはばしゃばしゃと豪快に水面を乱していた。ヒメトラは素手で魚を獲っていた。冷たく澄んだ水に浸って、のんびりと青空の下、時間だけが過ぎていく。
ミナモさんは夕食を囲んで一夜を供にし、翌朝、朝の早い時間から起きて、ツバキと剣の打ち合いをして分からせた後、来た時と同じように、彼女はふらっと帰って行った。




