第二十一話、見切りと発車
俺たちは幌車を連れてカストラル中央街を後にする。
「もう行っちゃうんですね」
「なんだ、まだ留まりたかったのか?」
俺たちの背後の道の先、荒野の上にあの街がある。あの街は中心が窪んでいて、そして街の真ん中に地下への階段があった。
「いえ。……でも、まだまだ行けてない層があったので、それが心惜しいなって」
「と言っても、あれの底まで見るのは、今の俺たちじゃ無理だしな」
見てない種も、手に入れられてない宝石もあった。居るかも分からない“主”の姿も見ていない。だが、それを見るには、俺たちの実力がまだ足りない。
「あそこで修錬するのはダメなんですか? 底まででなくとも、もっと深い階層に行けるまで」
まぁ、お金は稼げるし、得られる戦闘経験の効率もよかった。籠もるには悪くない場所だった。けれど―
俺は、ちらと背後の幌車を見る。そこには、荷物に紛れてのんびり寝ている一匹のネコが居る。ヒメトラは危険な場所を好まない。俺たちがダンジョンに潜れば、その間、ヒメトラは地上で一人残していくことになる。
せっかくの旅の連れだ。放っておくことはない。一人の時に出来ることは、一人になった時にやればいい。剣の練習はまぁ、俺とツバキの二人で打ち合ってでも出来る。
「俺は、いろんな場所を歩いて回るのが好きなんだ」
「わたしと一緒に、ですよね」
「うるさい」
背後から声がして、反射的に俺は言い返す。俺が後ろを見ると、ネコは向こうに寝返りを打っている所だった。寝てたんじゃねぇのかよ。
カラカラと、幌車は土の道の上を進んでいく。やがて、荒れた赤茶色の荒野は、突然緑の草原へと移り変わる。人間界問わず世界は龍脈の浸食によって、地形や気候がしっちゃかめっちゃかになっている。俺たちは、その緑と赤の大地の境目を越え、さらに先へと進んでいく。
道の上を歩いていくと、草原の丘陵地帯を小川が流れており、俺たちはそこで一度休憩することにした。
青い空、緑の草原。すぐそこを小川が流れており、小川の水が太陽の光を返してキラキラと光っている。目を凝らせば、石の上に黒い魚影が泳いでいるのが見えるだろう。青空には大きな綿雲が浮かんで、のんびりと風に吹かれて動いている。
ツバキに誘われ、俺は荷物の中から刃のない木刀を取ってくる。彼女はいつもの銀のロッドを手にしている。
「精が出ますねー」
ヒメトラが、荷物の上でのんびりこちらを眺めていた。俺たちは小川の脇、河原の上で、武器を打ち合い、流れる雲を見送った。
「ツバキも使える手札が多くなって来たし、たまには全部ありでやってみようか」
俺がそう提案すると、ツバキはきょとんとした顔をしている。
「私が勝ったら、私の地位の方が上になりますか?」
「言ってろ」
俺は、幌車に乗せてある荷物の底から“身代わりの人形”を持ってくる。これは、人形に自身を登録すると、自身が受けたダメージを人形が肩代わりしてくれるという魔道具だ。ちなみに、人形がダメージを受けた場合登録した人間が受ける。
俺は、人形と契約して背中あたりにそれを突っ込む。ツバキには、いつもの緑の宝石の魔道具がある、今は三つの残機も満タン。
「先に一撃入れた方が勝ちね。俺の身代わりが壊れたら、あるいはツバキの魔道具の一つを消費したら勝ち」
俺たちは、草原の上でそれぞれ装備を整える。と言っても、ツバキの武器は銀のロッドのままで、俺は武器を直剣に入れ替えるだけだ。
「準備はいい?」
「いつでも」
俺たちはそれぞれ武器を抜き、草原の上、離れて構えあう。
「“決闘”」
「“決闘”」
俺は剣先を下げ、ツバキの方へと走り出す。ツバキは銀のロッドを構えたままそこに立っている。
俺は剣を振り上げ、ツバキの体へと切りかかった。ツバキはロッドに円形の薄い氷の板をまとわせ、剣を受け止める。
剣が、滑らかな半球の氷の上を打つ、すぐそばにツバキの顔があり、彼女は剣先の方を見ているようだった。俺の剣がじりじりと氷の盾を押す。
「ツバキ、人と相手するときは相手の目を見るよ」
「は、はい!」
俺は盾の上で剣を滑らせ片方の足を持ち上げる、特注の靴の先に、赤い光の帯が現れる。“炎武”―
「“シュート”!」
俺の放った、炎をまとう蹴りが盾の氷を貫いた、体を狙ったが、彼女の銀のロッドがそれを阻んだ。ロッドに熱が伝わっているのだろうか、彼女は顔をしかめてロッドで俺の足を受け止め続けている。
ロッドごと、さらに足に力を入れて彼女の体を押し飛ばす。俺は続けて切り掛かり、彼女の構えたロッドを叩き落した。よろけた彼女の首に刃を添える。
「はい俺の勝ち。今日からも自分の立場をわきまえてください」
「……自分より弱い相手を虐めて楽しいですか?」
「まぁ強い相手は虐められないしね」
俺は剣を引いて、鞘の中に戻す。カチンと音がする。
「怪我は……させてないよね?」
「プライドが傷つきました」
「捨ててきていいよそれ」
俺はツバキの様子を上から見て回る。多分大丈夫なはずなんだけど。
「防戦一方でした……私が何かする前に、もう終わっちゃいました」
俺は、草の上に落ちたロッドを拾って彼女に渡す。
「確かに。一か八か、そっちから突っ込んできても良かったね。まぁ自分より強い相手なら、身の危険を感じてまず防衛に入るのも、間違いの反応じゃないけど」
「どっちがいいんですか?」
「相手による。相手に何もさせずに勝ちまで行ける方が強い、俺はそう思って動いた。いわゆる速攻型だね。でも、そういう動きに対して強い動きがある。その場の相性だね」
「ダンジョンで……強くなれたと思ったんです」
「強くなれたよ、ちゃんと。大丈夫」
「……先生、私に特効の魔法を覚えてませんか?」
「ツバキだけ倒すスキル覚えてどうすんだよ」
「私を効率よく屈服できる」
「そんな趣味ないよ。俺が使えそうな強い魔法覚えてんの」
幌車に戻って座り、休憩しながら、今の一戦の反省を二人で行った。




