フィールド探索“真珠の森[深度1~2]”
「今日から、ここのみなさんに新しいエリアが解放されます。教室後方に転移陣を用意しましたので、そちらを踏めば、”あちら”に転移できます。戻る際も同様ですね」
俺たちが後ろを振り向けば、確かに、教室の背後の左隅の床、白い粉末で作られた魔法陣みたいなのが出来ている。行った先にも同じものがあるのだろうか。窓の外から白い光が差し込み、教室をぼんやりと照らしている。
「その先であなた方が出会うのは、今までよりも、高レベルのモンスター、厄介なモンスター。人界界では、幅広い強さのモンスターが見られますが、これから赴く場所は一応、人間界ではかなり低い位置の”レベル”にあたります。しかし、レベルが低いとは、決して、油断していいという意味ではありません。どれだけ低いレベルになろうが、モンスターたちはあなた方へ傷を与える手段を持っており、それは野を歩く自然生物の類とは違います。彼らは時に、人間に明確な敵意を持つ人類の“敵”です、」
こわい。これから場のレベルが上がるのか。
「レベルが低いとは、モンスターが繰り出してくる攻撃の対処が容易ということであり、適切に対処できなかった場合、あなた方はもちろん死にます」
こわい。なんでそんなこと言うの。
「この世界では、人間が持てる回復手段はそう多くありません。即効性や簡易性を持つものはさらに限られ、つまり、モンスターにより負った傷をその場で治せるのは通常難しいです。そして、あなたが疲弊したり消耗して動きが鈍れば、モンスターの牙はいつでもあなたの喉元へ届きます」
こわい。
「そこで、あなた方勇者にはいくつかの防護策が用意されています。一つは“加護”。これは簡単に言うと、”致命傷や生命活動に関わる大怪我を、精神的なダメージへと変換する”、というものです。もちろん、過度なダメージを受ければ気を失います、強すぎる負荷が心に掛かるとショックで死にます。これは、あくまで戦闘中に死ぬ直前まで体を動かし戦い続けられるようにするものであり、根本的に体力や命が増えるものではありません」
“加護”。命に関わる肉体ダメージを精神ダメージへと変換するもの。
「次に“お守り”。これは、三回分くらいの致命傷を肩代わりしてくれるものです。消耗した分は補充するので、都度私のもとに持ってきてください。無くさないでください。あと、これは体の近い所に持っておいて下さい」
と、先生が一つ一つの机の上に小さな布袋を置いていく。俺の所にも置かれた。真っ白な、袋が紐で結ばれた綺麗な袋。中には何が入っているんだろう? 勝手に見たら罰が当たるかな。
「そして、こっちは別のお守りで、“空のお守り”と呼ばれるものです。こっちは過度に濃い龍脈などから体への影響を軽減するものです。ついでに配りますね。こっちのお守りは、体の一部に接するように身に着けていてください」
と、また先生が一つ一つの机を回る。細い紐に括られた、透き通る小さな結晶。これはギルドとかでも配られてるやつだ。
「また、教室内部に“回復薬”を常備しておきます。これは、体の表面の小さい怪我などであれば、数時間掛けてゆっくりと治せるものです。必要に応じて使ってください。なお、これは保存方法が特殊であり、この場からは持ち出して使うことはできません」
と、先生は教室後方に歩いていき、そこにある棚の上部に置かれた、大きめの木箱を開いて見せる。箱の中は小さく升目で区切られており、升目にたくさんの試験管のような筒が入っている、先生はその中の一本を手に取って俺たちに見せる。
「ちなみに飲み薬です。一回一本であり、過剰に飲んでも効果は上がりません。また、体の疲労や精神の疲労を取り除くものでもありません。あくまで、負わされた多少の怪我の治りが早くなる薬です」
先生がその透明な筒の瓶を振る。中には黄緑色の、おぼろげに光る濃い液体が入っている。液体は重そうに揺れる。先生は瓶を箱の中に戻し、その箱の蓋を閉じた。
「私が用意した防護策はこれくらいですね。一般にも、他にいくつか回復手段は流通していますが、今述べたこれらに比べれば効果は小さいものです。まぁ不安なら自分で調べてさらに備えるといいでしょう。いくら備えても悪いということはありません、が、備えを当てにして無理をするような行いはやめましょうね。みなさんの命は一つです。死ぬときは死にます」
先生は教室の中を歩き、再び教卓へと上がり、教壇の上に手を触れさせる。
「それから……付け加えるなら、回復魔法は禁術です。もし適性がある者も、十分にその意味を知った上で、使う際は覚悟を持って行使するように。これから、より高いレベルの場所へ赴くに当たり、言っておくべきことはここら辺ですね。それではみなさん、質問などはありますか?」




