第十三話、山中の変 ーIV
「オレは“渦”の精だ。お前の持ってる“鍵”が欲しくて襲った。それだけだ」
山の中の小さな広場。そこだけ木がなく光が差し込んでいる。
道の脇に荷車がおいてあり、ツバキやヒメトラ、あと少年の片割れだという少女も、荷車のそばで休んでいる。俺たちは二人離れ、広場の上、陽光の下で話している。
“渦”の精、か。精と名乗ってはいるが、おそらく“神”の類だろう。
「……“鍵”って?」
「とぼけんなよ。あんたが持ってるんだろ? びしびしその気配を感じるぜ?」
鍵か。俺の持ってる中でそれっぽいものと言えば、神様から渡された”あの鍵”しかない。ギルドハウスの鍵とか目当てに襲われても困るし。
「さぁ、知らんな。何のカギだ?」
「何って、“幻想の鍵”だよ」
それは、あの神様から聞いた通りの名前だった。もう間違いはないようだ。
「そうか。それで? お前は”それ”を何のために欲しい? 何に使う?」
「何って、オレはオレの願いを叶えるんだ」
「願い?」
”鍵”で願いを? 何の話をしてる?
「あぁ。オレの妹を見ただろ?」
「そこに居るあの子か?」
「あれは偽物なんだ」
……。俺は、荷台の上に座っている、人形のような少女を見つめる。
「……あの子は、自分で歩いていたし、俺に対して反応もしたが」
「オレが動かしてんだ」
人形のような、と評したが、それは本当に人形だったのか。あいつからも同じ“神”の気配がしていたから、てっきりどっちも本物だと。
「……お前が、動かしてる?」
「あぁ。手元に“操縦”の力もある。それで、あいつはオレの思い通りに動いてる」
「……」
「オレは二人が良かったんだ。でもオレは、気づいた時には一人だったんだ。試しに増やしてみたけど、あれはただの偽物だよ。あれはオレの意思に従って動く。でもそうじゃない。オレは二人になりたい。最初から二人が良かった。だから、その“鍵”が欲しいんだ。なぁ、だから渡してくれよ。使ったら返すからさ」
少年は淡々とした調子で語っている。ここは森の天井が途切れていて、頭上には青い空と雲が見えている。
「その話、誰から聞いた?」
「え?」
「お前のその、『“幻想の鍵”を使えば願いが叶う』って話は、一体誰から聞いたんだ?」
「……そんなことは、どうでもいいだろ」
「俺の知る限り、“鍵”にそんな便利な機能はないよ。だとすれば、お前に嘘を教えた奴が居ることになるな。それは誰だ?」
俺の問いに、少年は俯いて深く考える。
「……別に、嘘じゃないかも」
「……何が?」
「あいつはこう言ってた。『“幻想の鍵”が手に入れば、この世界を好きに作り変えられる。この世界の主導権が手に入る』って。オレはその話を聞いて……もしかしたら、オレのこの願いも叶えてくれるかもって、そう思って来ただけだ」
「……その“あいつ”って?」
少年の目が俺を見上げる。水色の、透き通ったビー玉のような綺麗な目だった。
「“水流”」
「……」
”水流”の、神?
「なぁ、オレの願いは本当に、その“鍵”じゃ叶わないのか?」
「無理だな。それは、ただ開けて閉じるための鍵だよ。一人を二人にする機能はないし、人の願いをそのまま叶える機能もない」
自分に都合がいいだけの神様なんてこの世には居ない。俺の返しに、少年はじっくりとその言葉を聞いていた。
やがて、ぽつりと、少年は口を開いた。
「……急に襲って悪かったな。手持ちに“牙”と“操縦”があるから、お詫びににーちゃんにやるよ。オレの願いを叶えるために、集めた力だけど……無理なら、もう要らない力だ」
と、少年は両手を出した。その手にはそれぞれ、白い、手で握れるくらいの白い大きな牙と、もう一つはまとまったタコ糸? の、ようなものが握られている。それぞれが“神性”、神の力の塊だ。規模は小さいが、それらは確かに“神性”だ。これらはこの子が自分で集めたのだろうか?
「……あの子は、あの人形はいいのか? その、“操縦”の力で動かしてるんじゃないのか?」
「……まぁ、そうだけど」
「頑張って手に入れたもんだろ。それらは自分で持っとけ」
「……いいのか?」
「悪用はするなよ。次は、警告はない」
少年は両手をしまうと、形は薄れてそれはどこかに消えた。
「お前は、これからどうすんだ? 行く当てはあるのか?」
俺がそう聞くと、少年はぼーっと景色を眺めている。
「……無いな。またぼんやり、世界を漂うだけだ」
「“水流”の所には? 戻らないのか?」
「別に知り合いってわけじゃない。あそこにはふらっと行って辿り着いただけで、少しの間居ただけで、べつにそいつとは仲良しでも何でもない」
「そうか」
風に木々がそよいでいる。小さな森の広場に降り注ぐ陽光が暖かい。行く当てのない神性。叶わない、幼い願いを抱えた子供、か。
「行く当てがないなら、アイリスの街にある、勇者の学校の先生の元を訪ねるといい」
「勇者の学校? なんだそれ?」
「俺の名前を出せばきっと相手してくれる。もしかしたら、お前の願いの力にも、なってくれるかもな」
「……まぁ、気が向いたら行ってみるよ」
少年はそう言って、話を閉じた。
二人になりたいという願いは正直よく分からないが、そこに行けば、自分に似たもう一人は見つかるかもしれない。仲間とか、友達とか。俺みたいに。
「……最後に一つ聞いていいか? “水流”とはどこで出会った?」
俺が聞くと、少年はぼーっと何かを考えている。
「知らない」
「言えないのか?」
「知らないんだ。言ったろ? ふらふら歩いてて、気が付いたらそこに辿り着いてたって。そこは多分、海の上の島だったかな。そこから出た時の道も、よく分からない。自分の意志で、もう一度行ける気はしない。多分招かれてたんだ。俺が道案内は無理だ」
彼は、おそらく正直に話してくれているようだ。
「……そうか」
「にーちゃんは、“水流”とは知り合いなのか?」
「……まぁ、遠いところでは」
「そうか。いつか会えるといいな」
少年は、自分そっくりの少女型の人形を連れて、現れた時と同じように、ふらっと森の中へと消えていった。あぁ、一つ聞き忘れたな……なんであいつは女装してたんだ……また本当は女なのか……? それとも趣味……?
「先生、なんだったんだ? 今の二人は」
「さぁな。旅の刺客だ。そういう日もある」
「そうか、そういう日もあるのか」
今回は、あの少年が自分の意志で来たものだったみたいだが、それはもしかすると誰かが仕向けたもので、今後も似たものが来る……かもしれない。じゃないかもしれない。希望を言うとそっちからは来ないで欲しい。
「しかし先生、あのタコを一人で倒してしまうとは。やっぱり先生はすごいんだな。私も、最後までこの目で見たかった」
「タコ肉が大量ですよごしゅじんさま! 今後数年はタコ料理です!」
「過言だろ」
俺たちは再び幌車を連れて、山の道の上を進んでいく。戦って、少し疲れた。魔力もごっそり持っていかれた。俺は、山道の上を揺れる荷車に座って、先を歩く頼もしい銀髪の少女の背中を眺めながら、静かに眠りの中に落ちていく。




