第十三話、山中の変 ーII
「よぉデカブツ。足を切り落とされたくなけりゃ、尻尾巻いて今すぐ逃げな」
俺の声に、巨大なタコは反応しない。ただ無機質な目をこちらに向けて、伸びた八本ある足をにょろにょろと地面の上をうごめかせている。
「“氷”、“炎”、“雷”が有効そうですね」
「これだけの図体どかすには、しょぼい魔法じゃどうにもならんぞ」
図体がでかい、コアはどこだ? この巨体を俺の体力で削り切れるとは思えない、狙うはコアの破壊のみ。逃げてくれればそれでもよし。
巨大なタコは黙ってこちらを見ている。俺は奴の胴体へと手の平を掲げた。俺の湧き出す魔力に反応し、奴の腕の一本が俺へと差し向けられる。
頭上から、重機のような触手が降ってくる。俺は魔法を中断し左へと避けた。土が割れ、埃が沸き立つ。
「行きます」
少女が小さく呟き、銀のロッドの先に氷の槍を咲かせ、奴の本体へと突っ込んでいく。無論、タコは見逃さない、一つの触手が持ち上げられ、彼女を横から地面を薙ぎ払う。高速で強力な、しかし大枚な動き。少女は軽い身のこなしでそれを避け、本体へと槍を掲げて迫る。あいつ、俺より体の動きはいいんだよな。
「はぁ!!」
少女は氷の槍を掲げて奴の本体へと突き刺した。鼻……顔? どこ? とりあえず槍先はタコの顔面へと突き刺さり、続いてびきびきと蜘蛛の巣のように氷が走る。
「ツバキ! 引け!」
タコはまた触手の一本を持ち上げ、胴体にしがみつくツバキへとそれを差し向ける。ツバキはロッドを抜いて、触手を蹴り上げ地面を飛んで距離を取る。
タコの、顔に刺さった氷も、広がった氷も、すぐに薄れて消えて無くなる。まるで効いてない、虫にでも刺されたような気分か? タコは変わらず落ち着いてそこに佇み、無数の触手を地面に這わせている。
「……ツバキ、あの足は切れそう?」
「……切断系の武器はまだ習得してないです」
ツバキは、銀のロッドに後から氷の刃を付け武器にする。つまり、戦闘中に自在に武器の形を変えることは可能ではあるが、ツバキは好んで槍のタイプの武器ばかりを使っている。
整理しよう。ツバキは足の攻撃をかいくぐって本体へ行ける、だがどうにも火力が足りない。コアの位置が分かったとしてもあの巨体の中だ、分厚い皮膚を貫く手段がツバキにはない。
俺は足の攻撃をかいくぐっていけるほど身軽ではなく、また足の攻撃は強力で、食らうわけにはいかない。俺はまず八本もある足をどうにかしないと本体へ近づけない。だが、再生能力の速さによっては切り落とすよりも先に再生が終わる。そもそも、八本どころか、あの筋肉で出来た太い触手を俺の剣で一本でも切り落とせるか?
「……ツバキ、一本ずつ足を落として行こう。魔力は今どれくらい余裕がある?」
俺の脇に居る少女は、無言で意図を聞いてくる。
「足を凍らせて折る、あるいは折った後の断面を凍らせて再生させなくする。足さえ落とせば大幅に弱体できるはず」
「……なるほど。遠回りですね」
「飛んでも届かない位置に弱点があるなら、積み上げるしかない」
ツバキはそもそも元々の魔力が“氷”ではないため、そこまで“氷”の魔法を大量に使えない。が、それでも俺よりましなはず。少ない魔法でどうにかするしかない。
様子をうかがう俺たちに焦れたのか、今度は向こうから触手が飛んでくる。それぞれに一本ずつ、間合いを取っているので、触手は細く伸び、その先端が俺たちに届く。ツバキは後ろに避け、俺は剣で迎撃する。
ぐにゃ、と、重い弾力が剣を伝わる。俺はそれでもどうにか刃を押し、剣を下から上に切り上げた。剣は肉を削ぎ、その細い先端を切り落とす。こりゃ何もなく太い所を切断するのは無理だな……。
「ツバキ! 根元に近いところを凍らせてくれ! そこから折る!」
「了解です!」
ツバキは走ってタコの内側へと入っていく。一本の触手が持ち上げられ地面を叩くが、もうそこにはツバキは居ない!
「はぁっ!!」
鋭い掛け声と共に、少女は横たわる触手の一本に飛びついた。少女の槍が目深に触手の中へと刺さり、びきびきと氷が広がり伝わっていく。
「もういいさがれ!」
俺はその触手の逆サイドから走って近づいていく、手から風の刃を飛ばしてほかの触手を牽制、根元を凍らせた触手は動かせないようだ。ツバキが離れ、凍った触手の根元を、俺は真上から剣を振り下ろす。
がっと、強靭で硬い氷に刃が入った、しかし上からほんの少しを削っただけ。俺は上から何度も剣を振り下ろし、そこを打ち付ける。太さの、上から三分の一ほどを削った所で、俺は退散した。俺が居た所を二本の触手が打ち付ける。
「かってぇ……」
と、タコは危機を感じたらしい。本体が動いた。奴の細い両目はツバキに。
「ツバキ! 狙われてる!」
ツバキは十分な距離を取っていた、しかしタコから近付けば安全な間合いは動く。触手の一本が飛んでいき、地面を薙ぎ払うそれを彼女は飛んで避けた。しかしジャンプは、次の着地まで自分の行動を決められない。
地面に落ちていくツバキに、次の触手が振るわれる。
多量の破砕音が鳴り響いて、それは止まった。
「……“凍晶壁”」
いくつもの地面から生えた巨大な虹色の柱の結晶、それは三つ折り重なって地面から生え、三脚のようにツバキの頭上を覆う。結晶には、最初から網目上のひびが入り、ヒビは冷えた氷が埋め、また、柱の結晶の表面全体を薄い氷が覆っている。
結晶柱の三脚は、細かく砕けながら、上から降り注いだ巨大な触手の一撃を受け止めた。ぽろぽろと、またがった触手の周りから、細やかな虹色の結晶の破片が落ちていっている。
「ツバキ! 戦線を離脱しろ!」
ツバキは一瞬の逡巡の後、背中を見せて森の中を走っていく。
この場には、俺と巨大なタコだけが残った。
最終目標はコアの破壊、しかしそれはおそらく巨大な胴体の中にあり、またその前に八本の足がたちふさがる。八本の足は重く、そのひと振りは強力で、また丈夫で簡単には切り落とせない。まずは足をどうにかしないと本体に近づけない。
八本の足、群れの対処。俺はその課題をこの前したはずだった。俺は腰元に固定された宝石を引っ張り手で掴む。
宝石から、立て続けに三個の赤い光弾が放たれた。それは、右側の触手が集まった根本、左に重なって集まった触手の上、もう一つは胴体へと飛んでいく。
光弾は赤く大きな球上に広がり、触手を巻き込んで起爆する。タコは怯んだ、俺はその隙に地面を掛けて胴体へと接敵する。
八本すべては巻き込めなかった、奴の後ろに近い触手の一本が持ち上げられ、俺の上から振り下ろされる。俺は結晶柱を生やし氷で強化、結晶の柱は砕けていくが、俺は出来た下の間隔をすり抜けさらに胴体へ近づく。
俺の手の中には、わだかまる風の刃がある。
「“風刃”!」
風の刃が三つ、乱雑に奴の本体へと飛んでいき、その体を大きく切り裂く。傷の中に赤いコアは見えない、俺は足元から太い一本の結晶柱を生やし、体を持ち上げ奴の胴体を飛び越える。
俺の景色は逆さまに、奴の背後を取った。剣を両手で握り、振る。風の刃がまっすぐ、真一文字に奴の背中に傷を作った。左下の肉の間、傷の奥に赤いコアが露出する。
俺の体は奴の背後の地面を転がる、体勢を立て直し、すぐさま結晶柱で再び自分の体を打ち上げる。俺の体が奴の傷の奥深くの赤いコアへと迫る。
俺の掲げた剣の切っ先が、赤いコアを貫いた。コアは大きく二つに割れ、俺の体は止まらずタコの巨体に埋まる。
タコはすべての足を八方に伸ばして、そして力なくすべての足が落ちた。屹立していた胴体も、ぐにゃりと真横に折れる。俺は柔らかい足場に苦労しながら立ち上がり、消えていくその体を見送った。
「終わったぞー」
俺は森の彼方へと声を掛ける。
返事が、帰ってこなかった。




