第八話、行商人 ーII
「ほかには? ほかには何かないのか?」
と、俺だけ物を買って自分も何か買いたくなったのか、ツバキは行商人のお姉さんに続きをせがんでいる。
「そうですね……ここから先は、少しお高めの商品にはなりますが」
ツバキが、隣の俺の顔を見上げる。
「一応、貯蓄用の魔石はあるし、どうしても欲しいものがあったら言っていいぞ」
まぁ、素材の売却が出来なかった時、突然のケガや病気、道具の破損、そういった時のために置いてある最低限のお金であって、いつでも自由に出していいものじゃないが。
「見せてください。買えないかもしれませんが」
「あはは、見るだけでももちろん大丈夫ですよ。それでは、旅先の工房で見つけた珍品をお見せいたしましょうか」
と、お姉さんは懐から何かを取り出す。
「“導器”ですか?」
「おや、分かります?」
箱の中、布に包まれて入っていたのは、一本の金属の棒。箸の片っぽみたいな。しかし、その材質には何となく見覚えがある。
「そうですね。こちらは杖型の“導器”になります。そちらのお嬢さんも、ずいぶん立派なものを持っていますよね」
そう言って、彼女の視線はツバキの腰に、そこには、細かく節の付いた金属製のロッドが差してある。
「属性は?」
“導器”はそれぞれ固有の属性を持っており、魔力を流すとその属性に魔力が変わる。
「“結晶”」
“結晶”? なんだそれ。“氷”ではなくて?
「……知らない属性ですね」
「でしょう? 私も、初めてその工房で聞きました」
ちょっと疑わしくなってきたな……。
「一度、使ってみせましょうか?」
「いいんですか?」
「もちろん。商品の説明のためなので。聞き慣れないものでしょうし」
と、彼女は中からその棒を取り出し、手に持って青空の向こうへと向けた。
「“創晶”」
地面から虹色の結晶が生えた。透き通った、多彩な色に濁った結晶の柱が密集して、小山の壁のようにして、彼女の前に生えている。それは少し経ってから、ぴきぴきとヒビが入り、やがて自壊して空中に溶けていく。
本物……か?
「すこし、俺も触ってみていいですか?」
「いいですよ」
俺は、彼女からその杖を受け取る。その金属棒からは確かに、俺の体の一部になるような、“導器”特有の不思議な感覚がある。ものは本物だろう。
「気に入られました?」
彼女は、にこやかな顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「……いくらですか?」
「40万」
うげぇ……桁が違いすぎる。オモチャ買ってたらクルマ出てきた……。
「今なら、特別に37万までお下げしますよ」
「……」
「仕方ありませんね。では、35万で」
……35万。35万かぁ……。武器の形の“導器”は余裕で100万以上するが、杖型の“導器”は魔法操作用であり体積も少なく、形状もシンプルなため、武器の形のそれより杖は安い。相場としては10万から、高いものはいくらでも高い。杖としての値段なら大体それくらいだろう。珍しい属性を加味して若干上がってるくらいか。
値段は適正……しかし、これは本当に必要なものか? 杖型の“導器”、俺は魔法使いではないので魔力量には自信がない。使うとしても補助くらいか? 35万あれば他にいくらでも使いようはある。
しかし……聞いたことのない、珍しい、しかも面白そうな属性の“導器”。魔法を使えるようになるには、通常その属性を習得することから始まる。“導器”や“変換器”はその過程をスキップできる。
習得の方法といえば簡単で、その属性の魔石を用いて魔法を使い、感覚を覚えるだけなのだが、言うには簡単だが習得は厄介だ。感覚を覚える、それはかなり直感的な話になる。やれば出来るというものでもない。また、珍しい属性ほど習得は難しいし、習得には高濃度の高価な魔石が必要だし、その珍しい属性の魔石がどこで手に入るかも分からないし……。
うーん……。
「先生」
と、隣から声が掛かる。ツバキだった。
「欲しいものは、買っていい」
「……」
「お金は、私が稼いでくるから」
「……いや、それは」
「普段お世話になっているお礼だ。遠慮なく、私を使ってくれ」
……もちろんツバキを金の当てにするようなことはしないが、確かにお金は稼げばいい。冒険者は危険度の高い仕事なので、運も絡むがお金は結構稼げる。今の俺なら何回か仕事したら負債はすぐに消えるだろう。手元には珍しい品が残る。
俺はツバキの頭をポンポンと叩く。
「心配するな。自分のお金は自分で稼ぐ。お前も、欲しいものがあったら言っていいぞ。ついでに先生が稼いでやる」
ツバキは、いつもの澄ました顔で俺の顔を見上げていた。俺は行商人の方に向き直った。
「それ、ください」
「お、買いますか?」
「魔石でも支払えますか?」
冒険者が貯蓄用に持ち歩くのは、大体が高濃度の魔石である。高濃度、大粒の魔石はそれだけで大金になる。また、純度の高い魔石はその属性の魔法の触媒になる。さらに魔石は軽く、持ち運びが簡単。
「出来ますよ。若干のお値段の上下はあるかもですが」
「袋を取って来ます。ちょっと待っててください」
俺は荷車に戻り、荷物の底からそれを取り出した。ヒメトラは荷台の上の日陰で寝ている。
戻って来て、俺は袋から魔石を取り出しお姉さんに見せる。そこには大粒の、色とりどりの魔石が入っている。分かりやすいよう、こういう魔石は大体一万区切りの価値に揃えられている。
「30万でいいですよ」
と、お姉さんが向こうから言い出す。
「……いいんですか?」
「えぇ。こころよく買ってくれた、お兄さんへのこころづけです」
手持ちの魔石に丁度35万になる組み合わせがなく、まぁ崩しても良かったのだが、お姉さんがそう言って来てくれる。正直安い買い物じゃないし、ありがたい。
「……じゃあそれで」
「お買い上げありがとうございます」
俺の手元に、その箱が来た。箱の中には、不可思議な色が混じった金属の棒が入っている。
「その代わりと言ってはなんですが」
「……」
「あはは、そんな身構えないでください。大したことじゃないですよ。“その杖はどこで買ったのか”、と聞かれた際には、螺鈿街の”細工屋・時空晶“で買ったもの、とお答えください」
なんだ、プロモーションか。
「らでんがいの、細工屋じくうしょう、ですか?」
「はい。箱の横に書いてありますよ」
と、脇を見れば、そこに店名らしき不思議な文字が描かれてあった。
「……しかし、こんな珍しいもの、通りすがりの俺らなんかに売ってしまって良かったんですか?」
「あはは、商品は売るためのものですよ。それに、在庫はまだいっぱいあるんで」
と、お姉さんは荷台を指さしている。
「在庫?」
「はい。同じものを売りさばくよう、その工房から頼まれているんですよ」
……これ一本じゃなかったのか! これ一本じゃなかったのか! ……いやまぁ、珍しいものを買ったことには変わりないし……。
と、ツバキが脇から俺の服の袖を握ってくる。
「先生、じゃあ私も一本欲しい」
「……いや」
待って? ツバキちゃん……それ、俺のと共用じゃダメ……? しかし、今しがた買ってやるって言ったばかり……。
「お、もう一本いっちゃいます?」
「……その」
「二本目はじゃあ、20万ライトでいいですよ」
道の上、操縦席に座りお姉さんは、満面の笑みでこちらに手を振りながら去っていく。遠く、小さくなっていく荷物の背中を見送った。
俺たちの手元には、二つの箱が残った。高いオモチャを買っちまった……。
“結晶”
“大自然系”に属する属性。壊れやすい結晶を魔力で生成する。生成した結晶は、時間経過ですぐに自壊する。魔導的に高度に設計され、複雑な魔導回路を用いて実現された。今のところ自然界には見当たらず、魔道具を使ってのみ、この属性を発動することができる。




