第八話、行商人
青空の下、砂浜と森の間を続く土の道。左手には青い海が見えており、波の音が心地良い。道を歩く影は二人、後ろには、道幅いっぱいの幌車が、追従して付いて来ている。
「先生、進行方向から何かがやって来ますよ」
本当だ。道の先、大きな荷物の塊とその先頭に人間が、俺たちの方に向かって歩いてきているようだった。
俺たちはいったん荷車を道の脇に押しのけ、あっちが通る道を作る。
「おやぁ、こんにちは。冒険者の方々ですか? 可愛らしいお二人で旅なんて、お素敵ですね。兄妹か何かですか?」
絡んでくるタイプだった。彼女が止まると、背後の荷物を乗せた車もそこで止まる。彼女はするりと運転席を降りてきた。そうすると俺たちは進めない。
「あはは、そう警戒なさらないでください。私は旅の行商人ですよ、いろんな面白いものを集めて売り歩いているんです。どうですか? お二人とも、うちの商品をご覧になってみませんか?」
俺はツバキと顔を見合わせる。
「……あんまり手持ちはないですけど」
「いいですよ、こういうのは機会を提供することが大事ですからね。買い取る方もやっているので、ここでお金を作っていただいてもかまいませんし。それに、人の居ない道をずっと走っていて暇なんです。よければ、私の商品の説明でも聞いていきませんか?」
そう言って、彼女はにこやかに俺たちに笑いかけてくる。
道から少し離れて、彼女は地面の上にシートを広げる。荷台の中からいくつかアイテムを持ってきて、シートの上に並べ始めた。
「さぁさぁ、どうぞお好きなだけ見ていってください! 興味をひかれたものなどはございませんか?」
俺はちらと向こうを見る、そこには俺たちの荷台と、彼女の荷車が停めてある。まぁ、荷台の方に何かあれば、置きっぱなしのヒメトラが知らせてくれるだろう。
ツバキはシートの前に屈みこみ、並べられた商品をのぞき込んでいる。
「行商人さん、これは何ですか」
「それは“万華鏡”というオモチャですね。筒の中を覗いてみてください」
銀髪の少女は赤と黒の筒を拾い、目に当てている。
「きらきらが巡っている」
「どうですか? お綺麗でしょう!」
「もっと役に立つものはないのか?」
ツバキがにべもなく切り捨てて、拾った筒はシートの上に戻される。
「なるほど、そちらのお嬢さんは実用的なものをお求めなんですね。ではこちらなんてどうでしょう」
と、行商人さんもめげずに何かの商品を差し出してくる。小さな台に固定された、金色のベル。
「こちらは“モンスターベル”。強力なモンスターの接近を察知して音を鳴らす、警報のようなアイテムになっています」
「俺たちはモンスターの感知は得意なんです。正直要らないですね」
「そうですか? けれど、こちらはいつでも反応しますよ? あなた方が気を緩めている時、お風呂に入っている時、寝ている時。いついかなる時も察知するこの道具は、旅の保険として優秀じゃないですか?」
うちのヒメトラは野生界出身なので、敵が近づくと寝ていても飛び起きて教えてくれる。正直、出所の知らない道具よりヒメトラの方が信用できる。この警報器はヒメトラクラスのモンスターに反応していないし。まぁ要らないかな。
「そうですか……」
と、俺たちの反応を見て、行商人さんはその商品を下に置きなおした。
「もっと面白いものとか無いのか?」
「そう……そうですね。実用性からはまた離れてしまいますが、“食べられるシャボン玉”とかどうですか?」
「“シャボン玉”? “シャボン玉”とはなんだ?」
「泡を作って空に飛ばすオモチャですよ」
「……オモチャか」
「どこにあるんだ?」
「おや、お兄さんは興味がおありですか?」
と、シートの上からお姉さんはそれを引き寄せる。透明な軽い容器に、泡立つ液体。容器の蓋と一体になった輪っかの付いた棒。どうやら俺の知るそれと同じものらしい。空に飛ばす泡を食べられるようにした意味は分からないが、まぁ食べられるとあって、万が一子供が飲んでしまっても安心という点では優れている。
「いくらぐらい、ですか?」
「そうですね。300ライトですかね」
安い? いや、割高な気もするが、旅先で得られるにしては安い値段だろう。
「お買いになられますか?」
「じゃあ一つください」
俺は財布を出してお金を払い、それを受け取った。
しかし、こんなこまごまとしたものを売って、この人は利益になるんだろうか? この時間や手間だってタダじゃないだろうに。あるいはそれ以外の意図があって、今俺が出した財布を見るとか、財布の紐を緩めてほかのものも買わせようとしてるとか、あるいは“商売”の練習をしているとか。まぁ俺が考えることじゃないか。
「先生、それが欲しかったのか?」
「ツバキは、シャボン玉で遊んだことはある?」
「ない」
「じゃあ後で、暇なときに一緒にやってみようか」
「それも修行か?」
「ちがうよ、これはただのあそび」
向かいのお姉さんは、俺たちのやり取りを、温かい目をして見守っていた。あるいは、本当にただ誰かと話をしたかっただけかもしれない。
「ほかには? ほかには何かないのか?」
と、自分も何か買いたくなったのか、ツバキは行商人のお姉さんに続きをせがんでいる。




