第七話、ハートマーク
「……先生」
幌車の脇には、魔法の明かりが立てられており、幌車の周囲をぼんやりと、橙の光が照らしている。と、森の奥から少女が戻ってきた。彼女は、何やら深刻そうな顔をしていて……。
「ツバキ、どうした? その顔。頬っぺたのところ」
「ほっぺた?」
俺が気になったのは、彼女の頬。俺は自分の同じ位置を指し示した、彼女は鏡合わせに、右目の下のあたりを手で触る。
「そっちじゃない、逆の。そう、そこに、黒いハートマークが付いてる」
「……実は。森の中でモンスターに遭って」
小型の、子豚のような(おそらく)黒いモンスター。尻尾には逆向きのハートのような突起が付いていたという。ツバキが森の中を歩いていると、そのモンスターがぶつかって来たらしい。薪を拾って集めていたツバキにそいつは当たり、しかしぶつかっただけでそのモンスターは去っていったという。
「呪いの類か何かか……? ツバキ、今のところは何ともないか? 体の調子は?」
「今のところ、何も」
しかし、頬にマークが残されている以上、何もないという事はないだろう。遅効性の呪い? 呪いを扱うモンスターは希少であり、その種類もあまり知られていない、俺も詳しくない。あるいは、“この後お前を襲うぞ”というような、モンスターのマーキング? それは刻まれているようであり、拭っても消えない。
「おや、二人してどうされたんですかー?」
と、森の奥から和装の娘も帰ってくる。俺は無言でツバキの頬のそれを見て、「あ!」と、ヒメトラは声を上げる。
「それハートの呪いじゃないですか!? 本当にあったんですね!」
「“ハートの呪い”? これは呪いなのか? ヒメトラ、知ってることがあったら教えてくれ」
と、ヒメトラもお尻が折り畳みの椅子の上に収まる。幌車の隣、そこには折り畳みの椅子と机が展開され、俺たちはそこで落ち着いている。
「それはたぶん“ハートの呪い”ですね! でも解呪方法は簡単ですよ? マークのところに口付けをするだけです。キスをする度にマークの位置が変わって、十回やったら解呪は成功ですね!」
俺は胡乱な視線をヒメトラに向ける。
「な、なんですかその目は。ヒメトラは知ってることを話しましたよ」
「……情報源は?」
「雑誌です」
雑誌かぁ……。頼りないが……雑誌かぁ。……まぁ、今はヒメトラのそれに頼るしかない。
「……ちなみに、これを放っておくとどうなる?」
「……大変なことになります」
「……大変なことってどうなる?」
ちらと、ヒメトラの視線が一瞬ツバキの顔を盗み見た。
「……大変なことになります」
……。
「……そうか。大変なことになるか。それは大変だな。じゃあヒメトラ、解呪を―」
空から風を切る音がした、俺は咄嗟にそれに手の平を向ける。
「“風刃”」
手の平から一筋の風の刃が飛び出、その影に命中した。暗い砂の上、何かの影がどさりと落ちて、やがてしなしなと萎びていく。俺は椅子を立ってそれを拾いに行く。
「……“アオトビ”か」
「なんですか?」
「ただの猛禽のモンスターだ。大方、料理の残り香を嗅ぎ付けて、食べ物を狙いに来たんだろう」
悪いことしたな……別に追い払うだけでよかった。俺は空を見上げる、そこには星のない、曇った夜空が見えている。もう風を切る音は聞こえない。一匹だけかな。俺は地面のドロップアイテムを拾った。
「ヒメトラ、ツバキの解呪をしてやってくれ」
「え? わたしですか? だめですよ。乙女の口付けを軽く見ないでください」
逆になんでお前はそんなに身持ち堅いんだよ……いいだろ別に、女の子同士のキスくらい。口同士じゃないし。ダメなの? ハラスメント?
「せ、先生……」
と、ツバキが立ち上がり、俺の方へと近づいてきて、俺の服の端を握る。心細げに俺の顔を見上げながら言ってくる。
「先生が……私を、助けてくれるんだよな……?」
「……もちろん」




