第六話、手作り温泉
「先生! モンスターの群れですよ! 倒したい放題です!」
幌車を連れ、海沿いの道を歩いていると、向こうの脇の森からモンスターたちの群れが飛び出してくる。銀髪の少女はそれを、まるでデザートの山でも前にしたかのように、目を輝かせて指さしている。
「ヒメトラ、出番だよ」
「この中でわたしじゃないでしょ」
キョウゲツはヒメトラを繰り出した! しかしヒメトラはボールから出てこなかった……。
「先生、私行ってきていいですか?」
と、銀髪の少女がうずうずと体をさせながら俺に聞いてくる。砂浜の上を走っている、敵の数は十二、全員同種、サイズは中型。めんどくさいなぁ……。
「まぁいいか。やっちゃおう」
「おつかれさまですー」
討伐を終えて帰ってくると、和装の娘が幌車の端に座って、こちらへひらひらと手を振ってくる。ぴょんと、彼女はそこを跳ねて、荷物を漁りこちらへと、いや、ツバキの方へと歩いてくる。
「ツバキー、これ食べますー?」
「これ? これはなんだ?」
「運動後に良いお菓子ですー」
ツバキはヒメトラから差し出されたそれを、促されるままに一粒摘まみ口に入れている。
「すっぱ……」
銀髪の少女は分かりやすく額に皺を寄せる。ヒメトラはけらけらとそれを見て笑っている。それを見てツバキがまた顔をしかめる。
「でしょー? この酸っぱいのが疲労に効くんですよー」
「おみず……」
「はいはい、お水ですねー」
と、ヒメトラに渡された水筒をごくごくと彼女は飲んでいる。ヒメトラはツバキの反応を面白がって見ている。
「ごしゅじんさまも要りますかー?」
「いいの? じゃあ俺も一つ貰おうかな」
と、彼女が俺にも差し出してくる、小さな袋の中には、ラムネみたいな、白いタブレットがころころ入っている。一つ取って匂いを嗅ぐ、柑橘系の強い匂い。口に入れ、舌に乗せ、噛み砕くと、それはしゅわしゅわと泡立ち、途端に強い酸味が効いてくる。
「すっぱぁ……」
「あはは、ごしゅじんさま変なかおー」
「二人ともだいぶ汗かきましたねー。今日は早めに体流した方がいいんじゃないですかー?」
浜の森の手前に幌車を止める、日はもうすぐ沈みゆくところ。周囲は薄暗く、風の向きが変わり、砂浜から見えている森の木々がゆっくりとざわめいている。潮の音は絶えず鳴っている。
「そうだな。近くに海水もあるし、適当に貯めてお風呂にするか」
「お風呂?」
俺たちは協力して、波の届かないところに穴を掘った。掘っても掘っても砂が出てくる。穴の上から広めの防水シートを広げる。バケツを使って浜と穴とを往復、穴に水を貯めていく。水が溜まったら後は“炎”の魔石と燃料用の魔石で水を温めていく。
そのうち地面に湯舟が出来た。
と、穴の脇でぽいぽいとツバキが服を脱ぎ捨てている。
「おおおおおつつつツバキ何してるんだ」
「……? 何って、今から風呂に入るんだろう? 普通の水に濡れたら、服は簡単に乾かない」
「ひひ人前でそんな肌を簡単に見せてはいけません!」
「心配しなくても下着は脱がない。露出は水着と一緒だろう、ちょうどそこも海だ。それに、ほかに誰も見てない」
と、彼女はさっさと地面の穴の水の中に足を入れていく。ふぅと、背中を見せて彼女はひと心地。ぜんぜんちょうど海じゃないが? 誰も見てないって俺がここに居るんですけど! おお俺か? 俺が反応しすぎなのか?
俺は料理の準備をしているヒメトラの脇に寄り、こしょこしょと話しかける。
「ひ、ヒメトラ……俺はどこまで脱ぐべき……?」
「知りませんよそんなの。適当に目の毒にならない程度に脱いでください」
俺は迷ったが、確かに厚地のズボンなどは濡れると乾かすのが面倒だ。洗う時は“魔法水”で洗うからすぐに乾くが、これを海水に漬けると洗濯が面倒だろう。
俺も彼女にならい、下着以外を脱いで、そろそろと彼女の隣に入っていく。温かい、じんわりと温度が肌の表面から伝わってくる。俺は不格好な穴に沿って座り、体をお湯の中へと沈めていく。海水だが、出る時に“魔法水”で流せばべたつきは残らないだろう。
「先生はそういう下着なんだな」
ぎょっとしてそちらを見れば、俺はそちらを見ないようにしていたのに、ツバキは俺の体を見ている。ガン見。
「入浴中に人の体をじろじろと見るのは失礼ですよツバキちゃん」
「これも勉強だ。先生は、ごりごりの筋肉の塊ってわけでもないのに、先生の一撃は重い。どこの筋肉を使ってるんだ?」
そういう興味か。確かに、どこの筋肉使ってるんだろうな。別に、筋トレとかしてるわけじゃないけど。筋肉の伸ばし方……。
「それはまぁ、体の使い方と、あとは体幹じゃないかな」
筋トレとかはあまりしてないが、冒険者は山道を登ったり、人の道でないハードな道を進んだりする。得た重い成果を背中に背負ったまま、そこらを走り回ったりもする。体は依頼で勝手に鍛えられている。というか、武器用の筋トレとかは面倒なのでしてない。
「体幹? どこ?」
「体の内側の、姿勢を支えるための筋肉……お、おい近づくな、触ろうとするな」
湯を乱し、屈んでこちらに迫ろうとしていたツバキを手で制止する。
「しかし先生、確かめてみないと分からない。先生の体を触るのがだめなら、じゃあ、私の体のどこに当たるのか教えて」
「俺だって人体の先生じゃないし、詳しいことは分からないから」
「大体で良いから」
「わ、分からないから!」
むぅと、彼女は不満げな顔をして、向こう側の壁に背中を戻して付けた。
少しの乱れがあったが、温かいお湯が俺たちの体をほぐしていく。歩き通しで疲れた足も、流した汗も、緊張した心も、闘争の疲労も、温かいお湯の中にみんな溶けていく。
風が吹いていた。日は落ちて、夕焼けの光ももうすぐ消えるだろう。張られたお湯は、水面が静かに風に揺れている。
「そろそろ上がろう」
と、ざばんと彼女が立ち上がった。俺は咄嗟に目を瞑った。
「……どうした? 先生。まだ慣れないのか?」
「……早く乾かして服を着なさい」
俺に言われて、彼女は自分の体を見直したらしい。
「なるほど。普通の服は水に濡れることを想定していないから、水に濡れると透けるし、張り付いて体の形が浮き出―」
「早くして!」
カイギュウ
海辺近くで見られる、真っ黒な大型の牛。頭部には立派な角があり、通常群れで生活している。泳ぎが得意であり、また海水に潜れるため、諸島などでも生息域を広げている。獰猛な性格のため家畜には向かない。泳げるとはいえ、水上での戦闘は不利なので、海上で船とすれ違う時はにこやかな顔をしている。




