第一話、幻想巡りのネコと弟子
「先生、そろそろモンスターを狩らないと、手持ちのお金がないですよ」
カタカタと回る車輪。背後を見れば、舗装されてない道の上、幌の付いた荷車が一人でに走って後ろを付いて来ている。俺の隣には、銀髪の聡明で美しい少女。荷車を見れば、荷物に紛れて猫がくつろいでいる。
「大変だねぇ」
「大変だねぇ、ではなくて」
草原の上に気持ちのいい風が吹き、草を波のように薙ぎ倒しながら過ぎていく。草原は地形を上下に繰り返し、草原丘陵の地形に合わせ、道がまっすぐに伸びていく。よく晴れた鮮やかな青空の下、空には綿雲がいくつか浮かんでいる。
俺の隣を歩く美しい少女は、銀色の長い髪をなびかせ、俺を見上げて話しかけてくる。
「先生、車を動かす燃料用の魔石も、もう残り少ないです。それが無くなれば、あとは自分の足で引っ張って歩くことになります」
「そっかぁ。まぁその時は、そこで寝てるネコが引っ張って歩いてくれるよ」
「ヒメトラにそんな馬力ないですよ」
荷車に寝ている小さな毛玉から声がする、彼女は、荷物に紛れて寝っ転がったまま、今も大きく伸びをしている。
ここは異世界。俺の生まれとは、巡る法則も舞台も異なる世界。いつ頃か、俺はこちら側の世界にやってきて、そして、この世界で生き始めた。最初は右も左も分からない世界だったが、教えを受けて、俺はこの世界で生きる力を身に付けている。
「ごしゅじんさまー」
荷車の中のネコが鳴いている。
「あいあい、なにー? モンスター? どっちー?」
「あっちー」
と、荷車の上で寝転ぶネコは、小さな右前足を持ち上げて彼方を指さす。そちらを見れば、小さく森があり、何かの影がそこから出てきてこっちを見ているようだった。
「先生」
「許可する」
ツバキの言葉に俺が短く返せば、ツバキは背中から銀色のロッドを抜いた。握りやすいようにか、細かく等間隔に節がある、箒より長いくらいの長い銀色の棒。彼女の魔力に呼応してロッドは水色の光を帯びて、棒の先の片方に氷の槍先が咲く。
「行ってきます」
銀髪の少女は、見える向こうの影へと、道を逸れて草原の上を走っていく。俺は道の脇に幌車を止め、操縦の石をポケットから取り出して荷車に投げる。草原の上に出ていく銀髪の少女を、後ろから歩いて追っていく。
向こうに見えているのは、恐らくイノシシのモンスター。茶色い体毛は一部緑の苔に覆われていて、また体の所々にキノコのような突起が生えてきている。でかい、体積的には、俺とツバキの体を二人分丸めて合わせたくらいか。あれが地面を走ってぶつかってきたら、俺たちはたやすく跳ね飛ばされるだろう。骨もいくつか折れるかもしれない。
イノシシは俺たちに狙いを定めているようで、こちらを好戦的に睨み、足元の地面を蹴って土を散らしている。
走り出した。一方で、銀髪の少女はそこの草原の上で立ち止まり、氷の槍を構えた。俺も一応、腰から剣を抜いてそっちに向かっている。
「はぁっ!!」
銀髪の少女は、走ってくるイノシシに対して身軽に跳躍し、真上からその槍を突き出す。槍は頭部に刺さったが止まらない、ツバキは向こうで着地し、槍が刺さって怒っているイノシシは、その勢いのまま見える俺へと走ってきている。俺はちらと後ろを見る。俺が止めなきゃあれに突っ込まれて、最悪荷車が壊されるな。
じゃあここで止めるか。俺は、柄まで銀色のその直剣を横に構える。イノシシはそのままこちらに走ってきて、俺はその横っ面を剣で思いっきり殴りつける。深く入った。
「ブヒィィィィイイ!!」
草原に跡を残しながら、獣の巨体が隣を過ぎて滑っていく。
ぴくぴくと、イノシシは全身を痙攣させながら、その場で横になって倒れている。まだ体力はあるが、脳に受けた衝撃が大きく、これでしばらくは立ち上がれないだろう。
「ちょっと! 先生なんで倒すの!」
銀髪の少女がやってきて文句を言ってくる。
「まだ倒してない」
「先生は私に任せるって言ったのに!」
言ってない。ツバキは不満げな顔で俺の方に詰め寄ってくる。もう瀕死ではあるが、彼女はまだ止めを刺してないモンスターから目を離してもいる。未熟。
「戦闘中に武器を手放すような半人前の言うことなんて聞けないよ」
俺は、横たわるイノシシの首に、上から思いっきり直剣を振り下ろす。ダメージに耐え切れなかったか、イノシシの体はその一撃で、全身が星の粒子となって消えていく。その場には、謎の紙に包まれた肉塊と魔石、キノコが数個が残っている。
「やったぁ! 晩御飯だ!」
「先生、私の獲物なのに!」
と、まだ納得しきれなかったか、銀髪の少女は俺の腕を掴んで、体に任せて大きく揺すっている。うるせぇ。
「食材ですかー?」
と、人間の体に変身したヒメトラが、俺の後ろから顔を覗き込ませてくる。
「今回も、調理はお前に任せていいか?」
「でかいですねお肉。三分の一はスープにして、三分の一は焼いて、残りは保存用に……」
と、ヒメトラは俺に言われるまでもなく、頭の中で調理の算段を思い描いているようだった。
「ほら、燃料用の魔石は手に入ったぞ、ツバキ。食料もだ。良かったな」
俺が銀髪の少女にそう話しかけると、少女は冷静に返してくる。
「旅費は? 先生」
「……」
「先生、売却用の素材とかは、まだ手に入ってないですよ」
「金がなければ野宿でいいんじゃない?」
ツバキは、無言で草の上に落ちたロッドを拾い、今しがたモンスターが出てきた森の方へと走っていく。
「あ、こら! ツバキ! 戻ってきなさい!」
小さくなるツバキを、ヒメトラは隣でのんびり見送っている。
「いってらっしゃい、ごしゅじんさまー。日が暮れる前には戻ってきてくださいねー」
「え? 俺も行くの!? ツバキー! 一瞬待って一瞬ー!」
今日も一日中歩いてたのに……。俺は、今日も元気な銀髪の少女の後を追って、草原の上を駆けていく。




