-8.神域 ーII
「綺麗すぎるね」
俺は立ち止まった少年の隣を追い抜き、分岐路に立ってその右と左とを見比べる。
「どうした? 何か分かったか?」
と、彼は後ろから聞いてくる。
「意図的に作られたか、自然の形成かは知らないけど、穴の構造が綺麗すぎる。さっきから、道の右と左の区別が付かない」
「自然の生き物が作るんだ。そんなものじゃないのか? 蜘蛛の巣だって、綺麗な網目を作る」
「地下には色んなものがあるんだよ。地層の変化だったり、大きな岩や重い岩盤が埋まっていたり。地下を掘る穴っていうのは、そういうのに合わせて道が歪んで、複雑な形になるはずなんだ」
でもここはどうだ? さっきから、まるで鏡合わせのように右と左に通路が分かれていく。マッピングのため歩数を数えていたが、同じ歩数で分かれ道が現れた。雪の結晶のように綺麗な構造の地下洞窟だ。
「そうか。アリさんは頑張って作ったんだな」
ここは“神性”で作られている“神域”のはず。地上に出ていたアリと同じ気配をこの空間からは感じ、であるにも関わらず、地上であれだけ牙を剥いていたアリたちは、この地下通路では一向に姿を現わさない。
ここは対象の“神性”の通う“神域”。その性質が形となって現れる。
ヒントは少ないが……恐らく、対象は“蟻の神性”ではないな。大量のアリと増える分岐路。“増殖”、“分岐”、あるいは“群れ”。今回の対象が司るのはそこら辺であり、その力を使って対象は俺たちの到達を遠ざけている。
通路が2倍になれば労力は2倍、その2倍になれば4倍、その次は8倍、16倍、32倍、一回通路を増やされるごとに俺たちの必要労力は倍になる。正攻法で付き合っていれば、この先どれだけ歩かされるか分かったものではない。
俺は、目を閉じて手の平を前に向ける。ここまで繋がっているかは分からないが。
神象顕現―
「“反理”」
目を開けたなら、分岐路は閉じ、俺たちの目の前には一直線の通路が伸びていっている。
「先に進むには、合言葉が必要だったのか?」
「……そんなところだね」
俺は少年からの問いを適当に誤魔化し、前へと歩いていく。
そのうち、俺たちは行き止まり、小さな小部屋に出た。中には一匹のアリが居たが、目に入った瞬間、少年が光を閃かせ、アリの体は両断されずれて落ちていく。また、小部屋の中には大量の―
「……なんだ? これはアリの卵か? にしては、女王アリの姿は見えないが」
黒く、ひし形に近い、透けた石のような塊。それは30から40個近く、壁の近くに転がって存在している。……まだ抵抗してんなこいつ。
俺は再びそれに手を向ける。
「“反理”」
途端、ぷるぷると黒い石が震え、一斉に“重なり”だす。二つが重なれば、それはいつの間にか一つになっている。一つになっても体積は増えていない。それを繰り返して、たくさんあった黒い石は、最後、土の上に一つだけを残すのみだ。
俺は懐に手を入れ、青いナイフを取り出す。……また少しナイフは縮んでいる。今回は使いすぎたな……。
「“凍結”」
俺はその黒い石の上にナイフを乗せ、力を発動させる。ナイフから霜が滲みだし、下の黒い石にそれは伸びていく。黒い石はふるふると震えているようだったが、抵抗もなく、石はそのうち青い霜に覆われ切った。
俺たちは、いつの間にか地上に出ていた。空は暗く、風があり、そこには森の景色が広がっている。風に、森全体がゆっくりと、大きく、波のようにざわめいている。森の匂いを感じる。音が聞こえる。
「……何をしたんだ?」
少年は当然、俺に聞いてきた。
「終わったよ。地上に出てたアリも、もう居ないんじゃない?」
「……あの地上に出てたアリはぜんぶ、一つの力で生み出されたものだった。お前はその能力を、封じるか何かした。もうアリは居ない」
「そう」
「その黒い石が……そうなんだな」
と、彼は、俺の手にある、ナイフのくっ付いた、霜に覆われたひし形の石を見つめる。
「それを、どうする気だ?」
少年は聞いてくる。
「破壊したいところだけど、俺の能力じゃ難しいし、あとの処理はうちの先生に任せるよ」
「先生?」
「こういうのの対処は慣れてるんだ」
ふーんと、意図的に明言を避けている俺の説明に、しかし彼は自分で納得を付けたらしい。それ以上は聞いてこない。
「まぁいい。事態が解決したのなら俺は次に行く」
「つぎ? 君はもう、別の現場に行くの?」
「あぁ。ポイントを稼がないと、順位が落ちるからな」
答えは、世界に困っている人がたくさん居るから、とかじゃないんだ。ポイント、勇者の武器ランクや勇者ランクは勇者の業績によって多少の上下があると言っていた。この少年はランキング内に数字を持っており、それの維持や向上のための業績を稼ぎたいと言っているのだろう。
「忙しないね。お疲れさま。行ってらっしゃい」
「ここの場はお前に任せてもいいのか?」
「うん(行方をくらませて帰る)」
「そうか。じゃあな」
と、彼は手に剣を呼び出し、さっきの高速移動を発動させようと剣を構えたが、その体勢のまま彼は固まる。彼の目が俺を見る。
「そう言えば、お前の名前を聞いていなかったな」
と、少年はそう言って俺を見つめる。え? 俺? キョウゲツ? いや、何かあった際に色々聞かれたら面倒だ、彼はランク上位っぽいし、彼を通じて、まだ“七星”やその周辺に、俺の存在を知られたくない。
適当に誤魔化そう。しかし、この子が納得するそれっぽいやつ。
「……“風”の勇者」
「かぜ? そんなの居たか?」
不味い、二つ名は全部把握してるタイプか? “二つ名”持ちの勇者って、結構色々居る感じではない? 彼はじろじろと俺を怪訝に見ていたが、やがて「まぁいい」と、納得したようだった。
「また会おう、“風”」
「ばいばーい、“光”」
刹那、彼は光の軌跡を残してどこかへ飛び去った。俺の網膜に多少の残影が残り、それが無くなれば、静かな暗い森の中で俺がただ一人立っている。もうどこにも、アリの気配も戦闘の音も感じ取れない。
よし、この場の功績は全部あいつに押し付けて俺は逃げるか。




