-4.胸騒ぎ
そこから数時間は何もなく、平和だった。暇そうなミズノ先輩は、そこに残ったアリの体を持ち上げたりして遊んでいた。
連絡は唐突に来た。
「……こっちに五体ですね。了解です」
ミズノ先輩は、その連絡器を持つ手を下ろし、こちらへと振り向く。
「二人は引き上げて。本部のある所まで戻っていいよ」
ミズノ先輩は短く俺たちに命令を告げる。
「……ミズノ先輩は?」
「私は、今からここに来るアリどもを、引き止める役割があるから」
「五体、今から来るんですよね? 一人で大丈夫なんですか?」
「私はそういう役割の勇者だから。心配しないで」
「アオイくん」
と、俺はミナモさんに手を引かれ、そっちを向く。
「相手が一体でも、先輩が引き付けてくれなきゃ危なかったでしょ。私たちの出来ることはない。帰るよ」
「……」
ミナモさんの判断が正しい。間もなくそいつらはここにやってくる。考えている暇はなく、俺は後ろ髪を引かれながら、ミズノ先輩をそこに残し、その場を後にした。俺が、その場に残って一匹でも倒せるか?
いや、俺が出来るのはせいぜい一匹を削るまで、敵は五体、俺が残ればミズノ先輩が守るべき仲間、つまり弱点が増え、ミズノ先輩の負担も増える。俺たちは撤退がベストなはずだ。俺は逃げながらも考え続け、そう結論を下す。
森の中、現れた広場にいくつものテントが立っている。ここは今回の作戦本部。勇者協会の集めた勇者や冒険者協会の人員、救護班など、今回の作戦に必要な人間はここに集まっている。
俺たちがそこに帰ってくると、負傷した人間たちがいくつも滞在していた。テントのベッドでは足りないようで、その場に座ったりして救護班からの救護を行われている。
「……あんたらは?」
「ミズノ班のアメノとキョウゲツです。撤退の命令が下り、ただいま帰還しました」
「……そうか。よく無事だったな」
「……ずいぶん負傷者が多いように見受けられますが、大丈夫ですか?」
受付の方らしいその人は、苦々しげにこの広場を見渡している。
「いかんな。人手が足りてない。湧き続けるアリどもに、“討伐隊”の連中も挫けて、いくらか帰って来てる。“網”の連中も、次々負傷者が出て破れかかってるな。なんせアリどもが強すぎる、ここ数日、数もその強さも増して来てる」
「……大丈夫なんですか?」
「俺たちの間では“木星”を呼ぼうって話だ。もっと大事になる前にな。その前に、ほかに強力な勇者が来てくれば、それでどうにかしてくれるかもしれんが」
雲行きが怪しいな……思ったより事態が大ごとになってる。
「ミズノ先輩は? 大丈夫なんですか? あの人は一人、アリを引き留めるために残っています」
「“討伐隊”が向かっている。あの“白蓮”の体力なら、“討伐隊”の到着まではもつだろう。五匹程度なら……どうにかやってくれる。“討伐隊”の体力も心配だがな……」
“白蓮”の勇者……ミズノ先輩は二つ名持ちか。すごい人なんだな。ミズノ先輩……俺は、今しがた通ってきた森の道を遠く見つめる。空は、灰色の雲が迫ってきて、その内雨になるかもしれない。
“神性”を切ってでも助けに行くべきか? 手持ちのそれらを使えば、また俺でも少しは戦えるだろう。勇者の集まるここで、それを使っているところをあまり見られたくはないが。
作戦本部には暗く重い雰囲気が漂い、俺は逸る胸騒ぎを抑えて、森の彼方を見つめていた。




