-3.会敵
「敵、来ないねー。暇だし、みんなでカードゲームでもしない?」
「先輩、気を緩めないでください。何もしなくても遊ぶ時間じゃないですよ」
「あ、はい。すみません。気をひきしめます」
ミズノ先輩は、意外と適当な先輩のようだった。変なことを言ってミナモさんに窘められている。
「森の中は静かですね。今頃、“討伐隊”さんとやらは、敵のアリ潰しに奮闘している頃なのでしょうか」
俺が話しかけると、ミズノ先輩が答えてくれる。
「ここ広いからねー。戦ってても音聞こえないよ。遠隔撮影用の魔道具とか飛ばして、中継して見せてくれたら、わたしたちも退屈しないですむのに」
「退屈は本作戦とは関係ありませんよ、先輩」
すくっと、ミズノ先輩の背が伸びた。続いてミナモさんが“中”の方を見る。やがて、俺もそっちからやってくる気配を感じ取った。
「ありゃりゃ。わたしの班の感知範囲は優秀だね。わたしが何も言う前から気付くとは」
がさごそと森をかき分けて何かがやってくる。遠くに黒い光沢が見えた、心の準備を待つ間もなく、そいつはずんずんと歩いてこちらにやってくる。
ただのアリだった。ただ、俺よりでかい。頭に生えた触角は俺の伸長を越し、その大きな顎は俺の胴体を丸ごと食いちぎる。奴がまとう黒い甲冑は、黒光りしていてその耐久度は計り知れない。
「一匹かー。基本は私が戦うから、二人は後ろで見ててもいいよ」
「私たちも戦います」
俺たちは武器を出している、ミズノ先輩は俺たちの前に立ち、その分厚く大きい大剣を目の前に構えた。
森の中、進軍してきたアリの一匹がミズノ先輩の元に到達する。
「“グラーヴェ”」
ミズノ先輩が何かを唱え、黒い光が生まれてその体を纏った。
アリは、その巨体の割に軽快に歩いてきて、その大きな顎を振り上げ、二振り一対の凶器をミズノ先輩へと向ける。
「“溜め切り”!」
重厚な大剣が、彼女の手により真一文字に振るわれた。その頭部の黒い甲殻の上から横一文字の凹みが刻まれる。
「うわ、かった……」
「節の間から中の筋繊維を狙うんですよ、先輩」
ミナモさんが背後からミズノ先輩へと話しかけている。
「わたしそういうの無理! ヘイトは買うから、ミナモちゃん、お願いできる?」
「そのつもりで来たので」
ミナモさんはすっと、その剣の切っ先を地面に向ける。透き通った剣身、シンプルながらに細やかな装飾がなされた綺麗な直剣。彼女がそれを構えなおす。え、ミナモさんもう行くんですか?
ミズノ先輩と睨みあっているアリの、側面へとミナモさんは走っていく、急転換、ミナモさんはアリへと向かう。
「お前の相手はこっちだぞ!」
そちらを向きそうになるアリを、ミズノ先輩が大剣を振り回して注意を買う。ミナモさんが後ろ足の節目を狙い、剣が振り下ろされる。鈍い衝撃、それは断ち切れなかった。ミナモさんの狙いがずれたのではない、アリの体が丈夫過ぎて刃が通らなかったのだ。しかし切断には至らないまでも鈍いダメージを残したようで、彼女が切りかかった足はあらぬ方向に曲がり、その先は動かなくなっている。
「かたい!」
「ナイス! そのまま徐々に削っていこう!」
俺も眺めたままでは居られないな。俺はミナモさんと反対方向のアリの側面に回る。アリは三方を俺たちに囲まれ、しかし注意はしっかりと正面のミズノ先輩が引いている。
魔法……いや、俺が習得した半端な魔法の威力じゃこいつには通らない。小細工をしてもその強靭な体と膂力がはねのける。斬撃も、おそらく“溜め切り”でなければ通じない。今の俺が使える有効打はあれしかないか。
俺は片方の手を剣から外し、それを相手に向ける。一筋の、風の刃が生まれ宙をくるくると漂う。
「“風刃”!」
アリの体は頭、胸、腹の三つに分かれている、俺は胸と腹の間、大きく膨らんだお尻がくびれた所を狙い、風の刃を打ち出した。
ギャッ!! と、声にならない声がアリから走る、その大きいお尻が落ちた。体の一部を落とされたアリは急速に狙いを変え、こちらに顔を向けて歩いてくる。
は、速っ―
俺の目の前に迫るアリの体を、横からミズノ先輩がタックルで押しのける、アリとともにミズノ先輩の体が俺の隣を過ぎてもつれ込む。
「ラスト! とどめまで!」
ミナモさんも走ってきて、彼女は“溜め切り”を発動させ反対の足の一本を断ち切った。俺も“溜め切り”を使って足を切りつけるが、狙いがずれて足を折るだけに至る。
足は残り三本、体は頭と胸だけ。ミズノ先輩は立ち上がり体勢を立て直し、その大剣を大きく振り上げた。
「“溜め切り”!!!」
振り下ろされる、鈍重な鉄の塊の一撃、それはアリの頭部の真ん中に、真上から振り下ろされた。鈍い衝撃、アリは頭を大剣に押しつぶされながらも、いまだギチギチとその口器を動かし足を蠢かせている。
「うそでしょ!? まだ死なないの!?」
俺はミズノ先輩の体をすり抜け、その頭に手を当てる。
「“風刃”!!」
生じた風の刃は、アリの体へと入り込み、中で暴れて内部をずたずたに切り裂く。手を離すと、残響のようにアリの頭がカチ、カチと、回っては元に戻っている。
倒しても全身残るタイプか。死んだ判定が面倒そうだな。まぁ、残ったその丈夫な黒い甲殻は有用そうだが。ミズノ先輩が、大剣をアリの頭の上からゆっくりと引き上げる。
「……おつかれー。いや、思ったより強いねこいつ。……こんなだったかな?」
ミズノ先輩が、もう動かないそれを足の先でげしげしと小突いている。
「それから、二人もね。心強い仲間だ!」
「先輩、先に討伐の報告と近況の再確認を行ってください」
「はい」
ミズノ先輩は、小さな連絡器に何やら話しかけていた。




