第三話、びっくり城(じょう) ーIII
何度か上へ上る急な木製の階段を上った。時々現れる“窓”の外の景色を見るに、俺たちはちゃんと上へと上がれているようだった。襖に囲まれた畳の部屋はいくらでも見つかったが、たまに中庭を囲んだ廊下や長い廊下、厠や茶室なんかも現れる。
「ん、ここは廊下だな」
ワカナがまた一つの襖を開けると、その向こうは木製の長い廊下だった。外壁に面しているようで、そこの格子に嵌まった窓からは夜の森の景色が見えている。
「あ?」
と、子供の足音がする。それはトタトタと、駆け足でそこの廊下を駆けていくようだった。俺たちは慌てて廊下に出てその足音を追う。袴みたいな服を着た子供が、廊下の奥の襖を開けて入っていく所だった。
「なんだ? こどもか?」
「こんな所に普通の子供が一人で居る訳ないでしょ! 追うよ! ヒメトラはぐれないでね!」
「任せてください!」
ヒメトラが猫の形態に戻り俺の肩にしがみついてくる。俺たちは廊下を走ってその子供の後を追った。
次の畳の部屋に入ると、部屋の三方襖が閉まっている。
「どっちだ!?」
「とりあえず手あたり次第開けてみよう!」
俺は手始めに左手の扉を開けると、鼻が長く稲妻みたいに折れ曲がった、虫歯菌みたいな見た目の人形がそこに立っている。
「はずれ!」
「右も外れだ!」
俺たちは続いて正面の襖を開けると、何個も部屋が直線で繋がっており、その間の襖はすべて開けられていて、奥に奥へと駆けていく子供の姿が見える。
「居た!」
「待て! 何者だお前!」
子供は、けたけたと笑いながら俺たちの視線の先を走っていく。ガキが……舐めやがって……。
俺たちは畳の上を走って後を追う。と、
「あ?」
三つ目だったか四つ目だったか、部屋の畳が突然左右に開く。俺たちの足が宙をかく。
「わぁあああ!! ぐぅぇっ」
ワカナに首根っこを掴まれ、俺はそのまま反対側の足場まで到達する。
「ごほっ……ありがとワカナ……」
「にーちゃん走れるか? まだ子供はあっちに居るぞ」
「だいじょうぶ……」
その子供は奥の部屋でこちらを見ていて、俺たちが再び立ち上がるのを見ると、そこの襖を閉めた。
「待ちやがれ!」
俺たちは部屋の奥に到達する、襖を開けると、再びそこには左右に伸びる木の廊下がある。俺たちがそこに立ち入ると、がたんと音がする。頭上からだ。
「おわっ!! 天井が降って―」
俺は上から落ちてきた天井をぼすと頭で受ける。やわらかい。スポンジかよ。
「あひゃひゃひゃ!」
と、右奥から笑い声が聞こえてくる。この野郎……。俺たちはスポンジ天井の下を這い出て抜ける、廊下の先の襖が今、ぱたんと閉じられた。
「これ、遊ばれてねーか……?」
「捕まえて簀巻きにしてやる……」
「にーちゃんには刺さりすぎだろ」
俺たちが襖を開けると、そこには木製の階段が下りていた。それはスライド式で、今まさに上から引き上げられようとしている。
「させるか!」
俺は上がっていくその階段を掴んだ、すぐに諦めたらしい、抵抗らしい抵抗が消えて、階段が畳の上まで落ちる。俺はそれを駆け上がっていく。
上がった先、そこは、屋根裏部屋みたいな暗くて小さな部屋だった。壁に、格子の嵌まった窓があり、そこから差し込むか細い夜の星明かりだけが部屋の中を照らしている。
この部屋は“行き止まり”だったのか、子供は壁に体をくっ付けて、声を殺してじっとしていた。
「追い付いたぞ、子どもー」
後ろからワカナも階段を這い上がってくる。
「おいおい、あんまり怖がらせんじゃねーよにーちゃん」
「……まぁ確かに。おい、そこのガキんちょ。お前、何者だ?」
俺が話しかけても、袴を着た子供はこちらに後ろを向けて壁に張り付いている。
「別に、取って食いやしないから。それともあれか? お前、どっかから迷い込んできたとか」
俺はその子供の方へと歩いていき、その子供の肩を掴んで、顔をこちらに向けさせようとした。
「ばぁ!!」
見れば、子供の顔には天狗のような、赤い、怖そうな見た目の形相のお面が付けられている。
「きゃははははは!」
子供は固まった俺の顔を見て、また嬉しそうに笑い出す。
「……バンジージャンプって知ってるかい? 体によく伸びる紐を括り付けて、高所から落とす遊びなんだけど」
「よく分からんが子供を脅すのはやめてやれ、にーちゃん」
「君が、このお城の主というか支配者、ってことで合ってる?」
俺たちはその屋根裏部屋みたいな暗い部屋の中で、それぞれ床に座り込んでいる。向かいには、さっきの袴の子供が座っている。黒い帽子を被った子供。何がそんなに楽しいのか、子供はさきほどからにこにこと笑顔を浮かべたままだ。
「……君が、このお城を建てた目的は何?」
「もくてき?」
「そう、もくてき」
「おしろ!」
ダメだ。会話が通じない。
「お城が建てたくて、ここに建てたのか?」
「うん! そう!」
と、ワカナが子供への質問を引き継いだ。子供はワカナの質問に対して元気よく応答している。
「なんで、ここにお城を作った?」
「おしろ!」
「そうだな。お城だな」
「みんなが集まる!」
「みんなが集まる? 人を集めたくて、ここにお城を建てたのか?」
「たぶんそれ!」
「じゃあなんで、ここに人を集めたかった? 寂しかったのか?」
「みんなを集めて、いっぱい集めて、驚かせて遊ぶ!」
子供の“神性”は、まだ自我が育っていないのか、曖昧で漠然とした解しか返ってこない。
「……だとさ」
と、ワカナは半ば諦めたようにこちらを見返してくる。
「で、どうすんだ? にーちゃん。にーちゃんはこの城を調べに来たんだろうが、前回みたいにこの子も“回収”すんのか?」
目の前では、意味が分かっているのかいないのか、きょとんとした子供が、両足の裏を合わせてそれを手で握り、ゆらゆらとこちらを眺めながら揺れている。
簡単に言えば、俺の役目は、問題を起こしている、あるいはトラブルを起こしそうな厄介な“神性”の回収である。辺境の村に置いてあった“反理”の本は、そこに置き続けていればトラブルの種になり続けていただろう。砂漠の渓谷にあった“錆”の神性は、誰の目にも止まらず安置されていたものの、明確な持ち主が居ないせいで、いつか誰かに持っていかれ、持って行った先でトラブルを起こす可能性があった。
じゃあ今回は? 今回は未開の土地に突如として現れた大きなお城。中に入ればそこは異空間が広がり、開いた扉から無作為に己を驚かせる様々な仕掛けが飛び出してくる。それらに危険や害意はなく、またここは出ようとすれば簡単に出られるようで、中で行方知れずになったという話も聞かない。ここはただの楽しいビックリハウス。
城主というか、今回の“神性”の本体は目の前のこの子だろう。うちの神様のように、代表となる人格が存在しているタイプ。この子は、生まれながらにそうなのか、あるいは生まれたばかりだからなのか、あまり精神が発達していないようで、その振る舞いは子供のよう。
しかし、お城のコンセプトには忠実なようで、この子も、この子が動かしているだろうこのお城も、振る舞いは幼いわりに、気まぐれに癇癪を起こして俺たちを害するようなところは見せなかった。俺たちが追いかけた時も無邪気に逃げていただけだ、まだ素性が知れなかっただろうに、俺たちに仕掛けてきたのはお城のびっくり要素だけ。
今のところ安全。“神性”は子供っぽいが、その振る舞いは安定している。今すぐ無理に回収する必要はなし。
じゃあ、今後は? この子をここに放置して帰ったら、この先どうなる? 噂は徐々に広まり、訪れる人間が現れ、お城に入った人間たちは中のびっくり要素を楽しんで帰る。
「……まぁ、今のところ大丈夫、か」
「どうしたにーちゃん、結論は出たか?」
「この子は……そうだね。俺から何かすることはないかな。俺が任されたのは調査であって回収じゃないし、問題のない子を無理に持って帰ることはしない」
「ふーん? じゃあ結局、今回はお城を探索して、あと鬼ごっこして遊んだだけか」
ワカナが向こうの子供に手を伸ばし、その頭を掴んで乱雑に揺らしている。子供はきゃっきゃと喜んでいる様子だった。
「じゃあ問題はないみたいだったし、やることも終わったし帰るか」
「……にーちゃん、肩に掴まってた猫はどうした?」
「あ?」
外に出てくると、彼女は一足先にお城を脱出していたらしい。夜風に吹かれて、人間の形態でそこで待っていた。
「あ! ご主人様、お帰りなさい!」
「……ただいまー」
俺を見つけると、彼女は元気よく俺に声を掛けてくる。今日は、無理に連れ回して疲れさせちゃったかもしれない。帰ったら、ヒメトラには美味しいご飯でも奢ってあげよう。
*
「ってことでそのまま置いて帰りました」
「ふむ……幼い子供の神性ですか」
「俺の対処で、何か問題がありました?」
まぁやれと言われてもやりたくないことはしないんだけど。俺の問いに、神様はふむと頷く。
「いえ。あまり私の方から他の“神性”に干渉しすぎても、越権行為と思われるでしょうし」
ふーん? よく分からないが、とりあえずそのままでも良かったらしい。
「まぁ、何はともあれ今回はお疲れさまでした」
「いえいえ。持ちつ持たれつですし」
「そう言えば、ワカナさんに渡した“錆”の神性はどうなりました?」
うーん……そういや持ってかれたままだなぁ……。




