-作戦会議
「いいか? あれはそもそも、小さな町ン中に攻め入っているようなもんだ。倒しても倒しても敵が湧いて、一匹ずつ倒していったってどうにかなるような物量じゃない。あそこに入るのは、俺は無理だしにーちゃんも無理だ。分かったか?」
俺たちは、砂漠の上、一つの巨岩の陰に拠点を立てて火を囲っている。当たりは夜、砂の上に起こした火が、風に揺られて頼りなく燃えている。向こうに赤い岩山も見えているが、夜になり影が広がったからといって、渓谷の中からモンスターたちが出てくるようなことはなかった。
「ごしゅじんさま、生肉を火にくべたりなんかして何してるんですか」
「これは“焼き肉”を作っているんだよ。このスパイスを掛けて食べてごらん」
「わぁうまい! ヒメトラは焼き肉を覚えました!」
ぱちぱちと、目の前の砂の上で火が揺れている。道中、森の中のモンスターたちが落とした食材を簡単に調理し、みんなで分け合って食べている。
「……ごめん。ヒカリが、不甲斐ないばっかりに……」
「だから、あんた一人が頑張ってどうにかなるような問題じゃないんだよ」
ヒカリの落ちた声にワカナが返す。
「……すまない。私も、何か力になれたら良かったのだが」
「気にすんな。三人が四人になったからと言って何も変わんねーよ」
何かと気に病んでいるヒカリ、申し訳なさそうなツバキに、ワカナがそれぞれ言葉を掛けている。
「三人とも、わざわざこんな所まで呼んじゃってごめんな。こっからの帰り道は覚えてる? 明日になったら、みんなはもう帰っていいよ」
俺がそう言うと、ワカナは聞き返してくる。
「あぁ? にーちゃんはどうすんだよ」
「俺は、もうちょっとここに残って、何か出来ないか探してみるよ」
「何かって、どうする気だよ。にーちゃんの欲しいものはあのモンスターハウスの中にあるんだろ? まだ場所も掴めてねぇ、戦力も足りねぇ。にーちゃん一人がここに残って何か出来んのか?」
厳しいかもしれない。“凍結”のナイフを使えば、そこに住むすべてのモンスターの動きを止められる、かもしれないが、モンスターはそれぞれ個別に動いており正確な位置を把握できない、それぞれの位置を把握できないままあの谷をまるごと“凍結”させるには、俺自身の引き出せる出力みたいなものが足りない。あの谷に住むモンスターの、すべての個体を把握できるような手段も、今の俺は持ってない。
「渓谷の入り口に立って、正面から来たモンスターを片端から倒していく。これを一か月ほど続ける」
「ごり押しが過ぎるだろ。処理する速度によっては、自然湧きの個体数の方が勝るだろ」
「まぁ手段は何とか考えるよ。ワカナは気にしないで」
俺がそう言うと、ワカナはもごもごと口をまごつかせる。
「ごしゅじんさま! お肉は二人分食べていいですか!」
「駄目だよぉ。旅先での資源は限られるから、今は我慢しようねぇ」
「ヒカリの分食べていいよ」
「だめだよ、ヒカリちゃんはまだまだ成長期なんだからいっぱい食べないと」
「ヒカリはちっちゃくない」
「言ってないよ」
「じゃあそこの森で新しいお肉調達してきていいですか!」
「え? うん、気を付けて行って来なね」
ヒメトラは夜行性だろうか、夜の森で目は利くのだろうか。ヒメトラは一直線に、向こうの崖の上に見えている森の方へと走っていく。元モンスターだし、気にしすぎないでいいとは思うけど。しかし昼ほとんど寝てたからあいつ元気だな。
「先生」
と、ツバキが控えめに発言してくる。
「どしたー?」
「私の魔法があれば、少しは戦力の足しになるだろうか」
「ダメだよ。君の魔法は、よほど必要でない限り使うべきじゃない」
「私は……私に何か、この場で出来ることはないだろうか」
「ツバキの方こそ、むしろ俺になにかやって欲しいことはない? このままだと、俺が連れ回しただけになっちゃうし」
別に、ツバキが気にすることじゃないのに。
「私は“連れ回されただけ”なんて思ってない。その日の収穫がたとえ少なくても、挑戦すること自体は悪いことではないから。今日はたまたまそういう日だっただけ。それに、私は久しぶりに先生と居れて嬉しい」
なんていい子なんだろうか。俺は返す言葉が見つからず、ツバキの頭を撫でて、彼女への肯定を返す。ツバキは、ただ黙って俺のなすがままにされている。
「うぅんっ」
「どうしたワカナ? 喉が痛むなら水を飲みなよ」
「俺たちの前で何見せられてんだって言ってんだよ」
ワカナに言われ、俺はその淡い灰色の髪から手を放す。ちょっと愛でてるだけじゃん。俺たちの間には、夜の空の下、変わらず揺れ続ける炎がある。
「まぁでも、ちょうどいいっちゃちょうどいいんだよね」
「何が?」
「腕を鍛えたかった所なんだよ。強い武器は持ってるが地力は足りないって言われててね」
「……おい、本当にその“プランA”で行くつもりかよ」
「やってみれば意外と手が届くものかもしれないし。判断早くに切り上げてきたから、その全貌もまだ見えてない」
「……にーちゃんの取りに来たものって、そこまでして回収しなきゃいけないものなのか?」
確かに。住処にそれがあっただけで、平和に暮らしてたモンスターたちが外から来た人間に軒並み滅ぼされるとあっては、中々可哀そうな気もしてくる。まぁ人類に“敵対”状態のモンスターたちの巣なので、人類の潜在的脅威ではある。何もしてこなければ素通りで済むのに。しかし立ち入るのは人間の事情。
狭い世界という盆の上に、人間とモンスターはせせこましく乗っていて、人類はもはやその端っこに追いやられている。“倒されるモンスターが可哀そう”なんて、思ってる場合ではない昨今の人類の近況。
戦わなければ、切り拓かなければ、人類は種として滅ぶだけ。俺はこの赤砂河のモンスターを本当に全部倒してしまっていいのか? 俺の事情で?
……いや、話が逸れてきたな。俺はまず、目的の対象が回収可能な方法を考えるべき。戦いを好むモンスターなんていくらでも居るのだ。目的のために降りかかる火の粉は、振り払うべき? べき? 本当に? 手段を選ばず?
全滅は、方法としてさすがにやりすぎな気はする。出来る出来ないは置いといて。じゃあ……やめとくか。
「うーん……あるいは、体が死ぬほど頑丈であれば、敵の攻撃を気にせず強行できるか……敵を振り払う火力は必要だけど」
「ねぇ先生」
「なんだいツバキ」
と、ツバキがカバンから何かを取り出し、それらを見せてくる。月明かりと揺れる炎に照らされて……それらは、きらきらとした光る石、銀色や金色や銅色の。魔剣を作る際の材料である“銀化石”だろうか。
「これは天使の魔力の石。これを使えば、体の内側を通さず、外側だけで完結して魔法を使える」
「……それは、ツバキの体に負担は掛からない? 少しも?」
「そう。石は、使えば無くなっちゃうけど」
ツバキの使う魔法は、簡単に言えば肉体強化魔法だ。ちょっとやそっとの攻撃を受けてもそのダメージを受け付けなくなる。限度はあるだろうが、ここのモンスターのレベルくらいなら十分役に立つだろう。体を動かす感覚がずれるという欠点はあるが、慣れれば関係ない。
「本当にそれがツバキの体に何の影響も及ぼさないのなら、じゃあ、ツバキは明日もここに残って、先生が次行く時に先生に“あの魔法”を掛けてくれる? 消費する石は先生が弁償するよ」
「もちろん。私も先生の力になりたいから。無くなる石はいいよ、どうせたまにモンスターから拾える」
「ありがとうね、ツバキ」
「良い。私は先生にたくさん恩を貰った、先生は先生に返さなくていいって言ったけど、私はちゃんと先生にも返したい」
ツバキは本当に良い子だなぁ。ツバキは少し頭を下げ、何かを待つように俺を見上げている。揺れる炎に、彼女の整った横顔が照らされている。撫でろと? 良かろう。俺の手が擦り切れるまで撫でてあげよう。
「……なぁ、にーちゃんが残るなら、俺も明日は残るぞ。乗り掛かった舟だし」
と、横からワカナもそう言ってくれる。
「ほんとー? 助かるー!」
「……ヒカリも……残る……私は弱いけど、キョウゲツはもっと頼りないし……」
「ヒカリちゃんもありがとうねー」
ヒカリちゃんはもうお眠の時間なのか、火を眺めながらうとうととその頭を揺らしている。誰かへの貸しが増えていくな。嬉しいことだ。
「じゃあ明日、気を改めてもう一回だ」
俺は、向こうにある赤い岩山を見つめる。




