勇者、いぬさがし
「すみません、この子見てませんか?」
町の中で声を掛けられる。紙を見せられ、そこには、わんこの顔と名前。
「いや、見てないですね」
「そうですか……」
少女は先ほどから同じ返事ばかり聞いているのだろうか、俺の言葉を聞いて、疲れたように落胆の息を漏らす。
「あー……よければ、探すの手伝いましょうか?」
俺がよそを向いていた少女にそう声を掛けると、少女は意外にも顔をしかめた、嫌そうな表情をしている。
「え……お金取ります?」
「お金? 別に要らないけど」
「え、報酬全部私がもらっていいんですか? じゃあなんで手伝うんですか? 暇なんですか?」
話を聞くと、彼女はギルドに登録している冒険者の一人で、街の中で出来る依頼を見つけ、依頼としてその迷子の犬を探しているようだった。
「へー、冒険者ってこんな仕事もしてるんだ。お金にならない仕事はしないイメージだった」
「これはお金になる仕事ですよ。それも、大したリスクも無しに」
俺は流れでその少女に付いて行きながら、街の中を探し歩いていく。
「じゃあ普段はモンスターとか狩ってんの?」
「……狩ってないです。武器がないので」
そういう冒険者も居るんだ。
「じゃあ、街のお使い専門、みたいな感じの冒険者なんだ」
「私だって武器があったら外出てモンスター狩ってますよ。武器を買うお金が無いからこうやって地道に稼いでるんじゃないですか」
街の人が冒険者になるのには、普通そういうルートが必要なのか。俺はただ呼ばれて、すぐにただで便利な武器や道具も貰ったが、俺たちは案外甘やかされて育てられていたのかもしれない。
「大変だなー」
「なんですかその心のこもってない言葉は。殺しますよ」
「強い言葉を使うと運気が逃げてくよー」
「は?」
「うん……犬どこだろうねー」
広い街の中、石畳の裏道。周りは建物、建物ばかりだ、大通りからは離れてしまって見慣れない裏道。街は広く、街の中には迷路みたいになっている場所もある。俺はまだこの街には来たばかり、必要なとこしか通ってないし、今は知らない道に立ち入っている。
「でも、街の周りには、簡単に倒せそうなモンスターも居ない?」
「そんなの狩って何になるんですか。私が狩るのは狩ってお金になるモンスターです、そういうのは普通の武器じゃ倒せないんですよ……特に、私は女だし、子供だし、力もないし……私はまだ弱くて危ないから、ケガとかだって、怖いんです」
少女の言葉はしりすぼみになっていく。
「魔法とかは? 使わないの?」
「棒で殴った方がまだ強いですよ。才能のある魔法使いとかならまだしも。私は普通の子供です」
「ないない尽くしだねー」
「その他人事みたいな感じむかつくんでやめてもらっていいですか?」
「武器買うんでしょ? 欲しい武器とかはもう決めてるの?」
道を歩いていけば、建物の日陰に入る。彼女は俯き、彼女の顔も日陰に入った。
「……小さな、魔剣を……」
「魔剣?」
「魔剣くらい、知ってるでしょ」
「知らなーい」
「……魔物を封じ込めておけるすごい剣です。入れた魔物に応じて、特殊な能力も使えます」
「世の中には便利なものがあるんだねー。高いのー?」
「……もう何か月か、働けば」
少女は小声で呟く。
「遠いねー」
「生活費もあるので。私が受けられる依頼なんて、それこそこんなものしか無いし……」
「確かにー」
「一回殴っていいですか?」
はぁ、と、彼女は諦めたようにため息をつく。
「聞きたいこと聞けました? 用が済んだならもう帰っていいですよ」
「用? まだわんこ見つけてないじゃん」
「はぁ? ほんとに見つけるまで、付き合う気ですか? 暇なんですか?」
「はやく見つけてあげないとわんこが可哀そうでしょ。どこかで震えてるかも」
「私じゃないんだ……飼い主視点でもない……」
少女はぼそぼそと何か言っている。
「なんかすっごい視野が広くなるすごい能力とかないの?」
「あったらこんなとこでこんなことしてません」
「確かに」
「やっぱり一回殴っていいですか?」
少女は呆れながらも、しかし俺を振り払うような素振りは見せない。この子もこの子で暇なんだろうか。俺に構ってくれるくらいには。赤レンガの屋根と青空の下、複雑に伸びていく石畳の道を、俺は知らない異国の街並みを、少女の案内を追って歩いていく。




