閑話、禁断症状
「ジャノメジャノメジャノメジャノメ……」
俺は一人宿のベッドにうずくまり、白いフワフワのぬいぐるみに顔を埋めて彼女の残り香を吸う。もう一回洗濯しちゃったので、ぬいぐるみに付いた彼女の匂いはかなり薄い。
俺はベッドの上で、ぬいぐるみに顔を埋めながらぼーっと考える。今日はやることが決まっていない。懐にもまだ余裕がある。
「そうだ、ジャノメのとこに行こう」
シラアイはたぶんまだ引きこもってるだろうので、俺は一人でジャノメの通う魔法の学校にやってきた。それは安全な内地にあった。
「へー、ここがジャノメの通う魔法学校かー。まるで」
「あなたがスナ・ジャノメ様のお兄さんですね」
「あ、はい。兄ですー」
受付の方に関係を聞かれたので兄ということにした。今日から俺がお兄ちゃんだ。
「もうすぐジャノメ様の参加している授業が終わりますので、もう少ししたらお見えになるかと思いますよー」
「あ、はいー、ありがとうございますー」
ジャノメは今日も頑張っているんだな……お兄ちゃんは感動だ。
俺が校門の外で待っていると、中からちらほらと出てくる生徒の姿が見える。すごい。年上ばっかりだ。ジャノメは飛び級か? いや、対象の年齢層が幅広いだけか。俺は生徒たちの顔ぶれを眺めて一人納得する。ジャノメは本当にこんなところで健全な交友を築けているのか? お兄ちゃん心配になってきたな……。
と、校舎から出てくる生徒たちの影に、俺はジャノメの顔を見つける。俺はとたん、気持ちを抑えられなくなり、姿を出して手を振って彼女の名前を呼んだ。
「おーい! ジャノメー! お兄ちゃんが会いに来たぞー!」
ジャノメは、俺の声にぱっとこちらを向く。白髪の少女と、俺は確かに目が合って……ふいと逸らされた。すぐに隣のご学友の女の子に何事もなかったかのように話しかけている。ご学友の方がむしろこっちを見ている。そのまま彼女たちは校門までやってきた。
俺がもう一度話しかけると、ジャノメは真顔でこちらを向く。
「おいおい、ジャノメ。もう俺の顔を忘れてしまったのか? お前のお兄ちゃんが会いに来たぞ」
「わたしに兄は居ません」
「おいおい、まるで俺がお前の兄じゃないみたいな言い方だな」
「そう言ってるんですけど」
どさっと、乱暴に彼女の鞄が部屋の机に置かれる。
「なんじゃ、わざわざこんな所まで押しかけてきてー」
「ジャノメ成分が足りなくなってきた」
「そんなものはこの世に存在しない」
彼女は、学生寮の一つに入っているようだった。ここは女子寮だったが、ほかの部屋には立ち入らないという条件で特別に入れてもらった。ジャノメは口では嫌がる様子を見せているが、その口の端に笑みを隠せていない。
「まだ離れて一週間じゃぞ、おまえー」
「人は一週間会わなかったら人間になるんだよ」
「変わってない」
「ジャノメも俺と会えなくて寂しかったよね? よね?」
「まだ一週間じゃぞ。新しい環境に慣れる方が先じゃ」
はぁ、と、溜め息を吐きながら、彼女は椅子を引いてそこに座った。
「まぁ、もちろんおぬしと会えて嬉しい気持ちはあるぞ、キョウゲツ」
「ジャノメー! 再会のハグしよハグ」
「わしも思春期に入ったのでもうしません」
「おのれ思春期……」
落ち着かない俺の様子を見て、ジャノメの顔が笑顔に綻ぶ。
「久しぶりじゃ、キョウゲツ」
「うん! 久しぶり!」
開けた窓からパタパタと音がして、何かが入ってくる。黒い、鳥? いやコウモリか。
「なななんか入って来ましたけど」
ジャノメのペット? ジャノメの顔を見れば、慌てた様子はなかったが、じっと、部屋の服掛けに止まったそのコウモリを見つめている。ジャノメは鋭くそのコウモリに告げる。
「……姿を見せるなよ」
「どうして?」
そのコウモリから確かに声がした。
「うわぁああ! コウモリが喋ったぁ!」
……あれ? いや、よく聞いてみたら聞き覚えのある声だな。
ぽんと、部屋の中に白煙が生じる。気が付けばそこには黒いドレスをまとった少女が立っていた。
「バットちゃんじゃん」
「久しぶりね」
「なんじゃ、おぬしらはもう知り合いか。……にしても今は出ていけ。今は一家団欒の時間じゃ」
「兄じゃないよ俺」
渋滞してんな。あれ、この子魔王軍所属じゃなかった? こんなところに居ていいのかな。まぁもう平和な世だし、無意味に騒ぎ立てることもあれだろうけど。
「なんでバットちゃんがここに居るの?」
「ここ、私の部屋」
「わしの部屋じゃ」
どう考えてもバットちゃんの部屋ではないだろう。バットちゃんの方が嘘。ふーん? まぁ何にせよ、
「友達が一緒なら良かったね! ジャノメ!」
「友達はほかに居るが、こやつは友達ではない」
「そうね。これは別に友達でも何でもないわ」
二人は二人それぞれで否定する。
「ふーん。じゃあなんでバットちゃんがジャノメの部屋に来てるの?」
俺が聞くと、二人は二人して押し黙る。じゃあ何なんだよ。




