第一話、邪教の町 2ーII
「む、村にモンスターが!」
俺たちは急いで村へと戻ってくる。
「ここまでで大丈夫です! あなたも安全な所へ!」
「あ、あぁ! あとはまっすぐ行った所の―」
通りの向こうにそれが見えた。一つの民家の裏、ここは人間の村の中、居てはいけないところに“モンスター”が居る。
それは大きなサイのようなモンスターだった。水気に惹かれたのか、井戸の脇に置いてある、水の入ったタライに口を突っ込み、それをごくごくと飲んでいる所だった。
俺たちが近づけば、そのサイは俺たちの顔を見上げる。見慣れた視線、敵意あり。討伐対象だ。鋭い目が現れた俺たちの顔をにらみ、水を舐めるその口も止まっている。
「援護しますよ」
隣で、どこからか杖を取り出したアルミラがそう言ってくる。俺も首からお守りを外し、手に溶岩刀を呼び出す。
「“眠れ”!」
杖を掲げ、隣でアルミラが叫ぶ。するとどうだろう、今の今まで鋭くこちらを睨んでいたサイの目が、ぱちり、ぱちりと、まるで突然の睡魔に襲われたように揺れ動きだす。
「今のうちにやってください!」
俺は通りを駆け抜け、跳躍してその刀を振り被る。出し惜しみはなくていいだろう、俺はその刀に光を溜めていく。
「“溜め切り”!」
溶岩刀はサイの体を真っ二つにした。中からころんと、二つに割れたモンスターの赤いコアが転がり落ちてくる。サイの体は空気に溶けていく。
「ふぅ。やりましたね」
「あれ? 倒しちゃったのか?」
と、通りの向こうから、さっきの衛兵さんがのんびり歩いて来ている所だった。
「衛兵さん! 危険なモンスターが村の内部に侵入していたので、俺たちの方で倒しておきましたよ」
「あぁ、知ってるよ」
「……知ってる?」
だというのに、衛兵さんはあんなのんびりとした様子でこちらに向かっていたのか? ……もしや、誰かの飼いモンスターとか?
「……すみません、もしや手を出してはいけない類の個体でしたか?」
「うん? いや、別にいいよ」
「……別に、とは?」
「まぁ倒してもらっても何も問題はないんだけどね。でもすぐに倒しちゃうなんて惜しくなかったか? まだ、仲良くなれるかもしれなかったのに」
……惜しい? ここは、そういう“常識”の地域なのか? 今の危険な個体は、ここではあまり見られない個体なのか? ……いや、そんなことは関係ない。
「そんな悠長なことは言ってられませんよ。モンスターの中には、明確に人間に対して敵意を抱えている個体が居るんです、今のがそうでした。放っておけば人的被害を出していたはずです」
衛兵さんは、俺の言うことを黙って聞いている。
「……あなたは、村を守るための戦力なんですよね? ほかの人はまだしも、あなたは真っ先にその危険性を気づき、モンスターに対して適切な処置を取るべきでは無かったのですか? 俺たちが今ここに来ていなかったら、村人たちはどうなっていましたか?」
俺が衛兵に詰め寄るが、衛兵は不思議そうな顔で、困ったように眉をしかめている。なんだ、なんなんだ? この手ごたえの無さは。体調を崩した俺を心配し、傍にいて介抱してくれた、この人はきっと悪い人ではないのだろう。しかし、衛兵というにはその意識が足りていない。
「……その人に何を言っても無駄だよ」
と、子供たちもここに来たようだ。
「……まだ近くにほかのモンスターが居るかもしれないから、安全なところに隠れていた方がいいよ」
「安全なところってどこ? ここに、俺たちを守ってくれる大人なんて居ないよ」
子供の一人は、そうやって、諦めたような顔で言ってくる。
「……一つ聞くけど、もしかして、この衛兵さんが仕事をしなくなったのも、“あれ”がここに来てから?」
俺が問いかけると、子供はこくりと頷いた。
……しゃあねぇ。多少強引にでも回収するか。この村は村としての機能を欠いている、それは恐らくあの“黒い本”の影響だろう。
俺は広場の方へと向き直り、歩き出そうとした、その瞬間。
俺の腕は、アルミラの手によって握られ、止められている。
「どうされたんですか? キョウゲツさん。どこへ行くおつもりですか?」
「……あの広場の本をどうにかするって言ったら、君はどうする?」
「放ってはおけませんね。あの本はこの村の所有物ですよ? あなたの一存でどうにかしていいものではありません。私の言葉を聞いていなかったんですか? 強い権利の行使には、それだけ慎重な判断を―」
俺はアルミラの腕を振り切り、走って広場へと向かっていく。背後でアルミラが杖を構えた、嘘だろ? さっきのを俺にも撃つ気か? 早速使いどころが来たな……俺は懐からそれを抜き去り、その青い切っ先をアルミラへと向ける。
神象顕現―
「“凍結”!」
途端、アルミラの全身とその地面が白い霜に覆われた。それきり彼女は動かない。威力やべぇ! 死んでないよね!? あれ!?
「村の者集まってくれ!! 旅人さんがご乱心のようだ!!」
と、背後で叫びながら衛兵さんが追ってくる。こんな時だけ仕事してんじゃねぇ! 衛兵の掛け声に、今までどこに隠れていたのか、民家の扉やら裏やらから一斉に人影が飛び出してくる、その狙いは、広場に狙う俺!
前方を人の波に阻まれた、左右には民家が立っており、人の壁の向こうにあの広場がある。
「“潜影”っ!!」
俺の体は地面の下へと潜り、人の壁をすり抜けて向こう側へ現れる。
「あ、後ろだ! 逃がすな追え!」
ひぃぃ、わらわらわらわらと方々から人が現れ、俺に向かってやって来ている。でももう目の前が、大きな樹のある広場だった。その脇に、今も変わらず黒い渦がそこに位置していて―
えっと……どうすればいいんだ? 黒い本を奪取してそれで終わりじゃないぞ? 俺は広場の中に到達するが、同時に広場を囲むすべての方向から村人たちが押し寄せて来ていた。
……えぇい、無駄な消費はあまりしたくないが今はほかに方法がない! 俺は地面にその青いナイフの切っ先を向ける。
「“凍結”!」
足元から冷気の波動が生じ、それは広がり周囲の村人たちを次々と凍らせていった。これは一時的な存在の停止であり、力が解ければ何事も動き出す、神様からはそういう風に聞いている。
一転、樹の生えた広場は静かになった。




