休み時間、系統図
「これがそうですね」
「ありがとうございまーす」
そこは先生の職員室。部屋の両側には重厚な本棚が並び、よく分からない本がぎっしりと詰められている。部屋の奥にデスク、手前に応接用のガラステーブルと向かい合ったソファ。俺は、先生が棚から取り出した一冊の小冊子を受け取る。
「しかし先生、系統図は、俺が見ていいものなんですか?」
「えぇ。生徒の望むものは用意しましょう」
「でも、他のみんなには、あえて見せてなかったんですよね」
「そうですね。私の考えとして、みなさんには“結果”にとらわれず、自由に行動を選択して欲しかったから」
”結果”? 俺が疑問に思っていると、先生は奥のデスクの椅子を回し、そこに座る。体ごとくるりと回る。
「生徒たちに自由を与えれば、道行く植物をつぶさに観察して収集するもの、輝く石に目を光らせて集めるもの、モンスターとの闘争を求めてひたすら戦うもの、あるいはモンスターの落とすレアな素材を目当てにモンスターと戦うもの。あなた方に自由を与えれば、あなた方は様々に行動を選択し、自分の好きに振る舞います。そうして得た結果として育った武器は、得てして、その人にとっては手に馴染む武器となります」
先生は机に置いたカップを手に取り、そこに溜まる香ばしい黒い飲み物に口を付ける。
「武器の系統図を見れば、強い武器は一目で分かる、例えば、モンスター素材を重点的に与えて育つ“蛮族”派生は、他の派生より手軽で強力な派生です。けれど、ならばみんながみんな“蛮族”派生を育てるべきでしょうか? 私はそうは思いません。私は各々が自分の行動を選択し、その結果として得られた武器の派生こそが、その人に合った武器だと思います。よって、私はわざわざその系統図をみなさんに見せることは行いません」
そこまで話し終えて、先生は再び俺の方を向いた。部屋の奥にある外と繋がる窓からは、白い光が差し込んできている。
「……じゃあ、いいんですか? 俺は、この系統図を見ても」
「私の考えは私の考えです。あなたの考えや、その行動を妨げることは、私の考えにはそぐいません。系統図を見て武器を育てることを決める、そういうやり方も、自由を得たあなた方がする行動の一つです」
「……そうですか」
先生は穏やかに微笑んで俺のことを見返している。
「適当でいいですよ」
とりあえず成長武器の派生図をゲットできたので、俺は下の教室へと戻り、教室で一人、冊子を開いて中身を眺める。
その図鑑には、今まで開拓されていった成長武器の変化と派生が記されてあった。それぞれ与えていった素材や変化先の能力なんかも付属して書かれている。最初のページほど、与える素材がシンプルで、手に入りやすい素材で、変化に必要な素材量が少ない派生。逆に、最後に行くほど、難しい発展的な派生。
俺は最初の方のページから見ていく。と、さっそく気になる単語を見つける。
“メタルソード”派生、あるいは“アイアンソード”派生。
“メタルソード”派生は、金属鉱石系素材を雑多に与えて育つ派生、“アイアンソード”派生は鉄鉱石に比重を置いて与えて育った派生、らしい。この二つの派生は似ており、多少見た目が違うだけで性能もほとんど変わらない。両者とも、重さや鋭さ、硬さが上がり、剣による攻撃力が増す。シンプルで実直な性質。
その二つの派生の違いは、ページを追ってみると分かってくる。その進化先が微妙に違うのだ。“メタルソード”派生は、色んな他の金属剣の派生に成長しうる。だが、“アイアンソード”派生は、鉄鉱石のみ、あるいは鉄鉱石+一素材、みたいな派生先が多い。
今俺が育てている剣は、雑多に金属鉱石を与えているが、割合的にはほとんどが鉄鉱石。一つの素材が大体六割を超えていれば特有の派生に分岐するようで、つまり今の俺の武器は“アイアンソード”派生。
“アイアンソード”派生の系統図を見ていくと、気になる派生先を見つけた。
“純鉄の剣”。これは、純鉄のみを特化して与えた派生で、前に先生が見せてくれた、鉄鉱石のスライム精錬を経た純鉄、あれを特化して与えたものだろう。情報を見ていくと、これは“アイアンソード”派生とは明らかに性質が変わっている。
“純鉄の剣”は、“見えないものを断ち切る”という能力を持っているらしい。なにそれかっこいい。“純鉄の剣”を目指してみるのはありだな……しかし、重い鉄鉱石をその場で武器に与えず持ち帰る手間、スライム精錬で起こる手間、そして要求素材の受け入れの狭さ、結果的に入手できる純鉄の少なさを考えると、なかなか実現には難しいものがある。
まぁでも、確か武器の派生は直近一か月で与えた素材により大きく影響を受けると言っていた、普段使いは作るのが簡単な“アイアンソード”、ここぞという時には、純鉄を貯めておいて一気に与え、一時的に“純鉄の剣”にする……というのもありかもしれない。
毎日与える分の一部を純鉄に変え、純鉄貯金を作る……あるいは、武器が満腹になって素材を食べなくなっている期間があるはずだから、その間に貯金用の純鉄を作っておく、なんてやり方も―
「なーに見てんの」
ポンと背中を叩かれ、はっと我に返る。いつの間にか近くに人が立っていた。振り返ると俺の顔をのぞくそいつと目が合う。
「なんだ、モモモじゃん」
「だれが“ももも”だ、“清霜、モモ”ね。ねぇ何見てんの?」
彼女は顔を傾け、俺の隣から本をのぞき込んでくる。近い。
「これは、成長武器の系統図の本だね。先生から借りて眺めてるんだ。清霜さんも見る?」
ふーんと、彼女は俺の右側に回る。近い。彼女の匂いがすぐ傍からする。俺は体を若干左に逸らす。
「ふーん、“蛮族”派生っていうんだ、あれ」
「どれ? あぁ、モンスター素材ばっかり与えて、ってやつ? 攻撃力が高いんだっけ。清霜さんのはそれ?」
「いや、私のは別のだね。でも、ほかの子が使ってたのが強そうだったから……私もこっちにしようかな。多分、まだ間に合うよね」
と、同じページに気になるものを見つけた。“クリスタルソード”派生。結晶ばかり与えて育つ派生、たぶんミナモさんの奴だなこれ。能力は“武器に魔法を帯びやすくなる”、か。苦労して育ててるだけあってなんかすごそう。
「先生は“自分に合ったやり方で育つ武器がその人に適してる”、みたいなこと言ってたぞ」
「ふーん」
確かに。清霜さんはふんふん言いながら、その“蛮族”派生の欄を詳しく見ている。
「うん。これなら、今から目指してもすぐに実現できそう……」
俺たちは、一つの机の上に開いた小冊子を、あれでもないこれでもないと言いながら二人で読み続けた。




