第十二話、授業:領域化 ーIV
そもそも魔力量の豊富なジャノメは、“領域”の形が簡単に決まった。自身を覆う球。
「面倒だしこれでいいか?」
「いつもなら物ぐさだと罵るところじゃが、領域は戦闘中に使うものじゃ、展開中は常にその維持に頭のリソースを割かれる。そちが単純な形を好むならそれでもよい」
シラアイは、地面に描いたジャノメの“領域”を簡潔に評価している。
「遠回しに馬鹿だと言われてる気がするな」
「確かに。頭の良い奴はもっと複雑な形を好むの」
「もっと工夫するか」
「まぁまずはやって見せい。わらわが中に入って確かめる」
ジャノメの周りに、ふわりと風が吹く。よくよく目を凝らせば、彼女の周りを、白い光の玉が覆っているようにも見える。
「では入ってみるぞ。わらわを感じるか?」
「感じるって何だ」
「何を聞いておったんじゃ。“領域化”の用途の一つは感覚器官の拡張、わらわがそちの背中に回っても、わらわの体がそちの魔力で感知できておるか? ほれ」
ジャノメはそこに地面に突っ立っている、シラアイが歩いてその後ろに回った。
「わらわは今何をしておる。当ててみよ」
「右腕を上げてる」
ジャノメは前を向いており、シラアイはその視覚外。伸びた影もジャノメの方には向いていない。
「左手で立てている指は何本じゃ?」
「そこまで見えん」
「ふん。まぁ繊細な感知は練度がものを言うからな。精進せよ」
シラアイが、ぽんとジャノメの肩を叩いた。
「ジャノメはもう合格じゃな」
「……もういいのか?」
ジャノメは、不安そうな顔で背後のシラアイを振り返った。
「わらわも“領域化”にはそこまで詳しいわけじゃないしの、個人の性質でその性能も大きく変わる。まぁ不安なら、そこで“感知”や“領域”内の魔法の発動を練習して居るがよい。視覚外から飛んできたものに魔法を当てるなど、練習相手が欲しければ付き合うてやる」
「……今日はずいぶん献身的だな」
「ま、ジャノメも強くなったしの。下手に殴れば強く殴り返されてしまう」
「理由が小物」
シラアイは、澄ました顔でジャノメを見つめていたが、やがて、その表情が緩み、優しいものになる。
シラアイは、少女のふわふわとした白い頭に手を伸ばし、その頭を優しく撫でる。
「成長したの」
「……なんだ、今日は気持ち悪いぞ」
「なんじゃ、人がせっかく素直に褒めてやってるのに」
「……わしはそっちでもう少し“領域”の練習をする」
ジャノメはシラアイの手を振り切り、離れたところでその練習を始めたようだ。シラアイは、そんなジャノメの様子を優しい目で見送っていた。
「さて。次はそちの“領域”じゃな」
と、シラアイがこちらに向き直る。
大前提、俺はあまり魔力量が多いほどではない。まぁ、多少魔法も使う程度にはあるが、毎戦闘中に“領域”を展開するための魔力を用意するとなると、その魔力量の制限がさらに引っ掛かることになる。
「どうしよう……」
「なんじゃ、そちは弱気じゃの」
俺は地面とにらめっこしている、シラアイが寄ってきて隣に屈む。シラアイの匂いがする。
「“領域”で体全体を覆えるほどの魔力の余裕がない」
「肌をまとわせる程度の“領域”はどうじゃ? 消費量自体はだいぶ減らせるぞ。まぁ頼りなくはあるが」
「そんなのをずっと戦闘中維持できるほど器用でもない」
「じゃあ、網型のドームを作るのはどうかの? 大きい攻撃なら感知できるし、網の目を細かく出来るなら小さいのも感じ取れる。あるいは死角をカバーするために、背中側だけ展開するとか」
「うーん……」
なんか、なんか違う気がするんだよな……。こう、しっくり来ないというか……。
「そちがこういうことで詰まるのは珍しいの」
「まぁ、今回はそっくりそのまま真似できるお手本が無いから」
「とは言え、自分のことをよく分かっているのならそう難しくないはずじゃがの。そちは、自身のことになると目が眩むのか」
「うーん……」
俺が考えている間にも、風が吹いている。頭上で土手から生えている木々から伸びた枝葉が、風に吹かれて揺らされている。よく耳を澄ましたなら、向こうで流れている川の水音も聞こえてくるだろう。空の上では、白い綿雲がゆっくりと、風に流されていっている。
「まぁなんじゃ。考えてばかりもあれじゃしの。先に決め切らずに、実際にやってみて、好みの形に改造していくような方法でもいいしの」
「でも、魔力量が……」
いや……感知……感知? 魔法を使うことは前提にせず、感知範囲だけ広げればいいのか?
「“領域化”」
俺は体から魔力を生み出し、それは俺の周囲に広がっていく。風が吹き、魔力の素が流れていく。それは土手に当たり、巻き上がり、その上にある木に触れて細かく渦巻いていく。そちらではジャノメが魔法の練習をしており、近づけば荒々しく巻き込まれる。シラアイが、立ち上がった俺の顔を見上げた、そのわずかな動きから生じた風も、俺は感じ取ることが出来た。
これか、これは“領域化”だったのか。俺は最初からこれが出来ていて……いや、違うな。まだしっくり来ない。俺はまだ何か出来る気がする。
俺から流れ出した更なる魔力が、体を伝い、水飴のように地面を垂らして、それを押し広げていく。それは大きく円形に広がったところで止まり、そのまま薄く地面に染み込んだ。俺が足を動かせば、地面が踏まれたことを感じる。強く飛べば、強く地面を押されたことを感じる。
俺は再び地面に屈みこみ、隣でシラアイが見ている中、人型の絵を描く。周囲に流れる風と、足元に出来た水溜まり。
「これが俺の“領域化”だよ」
「何をしたんじゃ?」
「俺は近くの風の動きを感じ取る。それに、地面が踏まれたことも分かる。この水たまりと風が、俺の“領域”の形、だと思う」
シラアイは、俺の説明を聞いて、地面に描いた絵を見て、ふむと頷く。
「そちは何を言っているんじゃ?」
「なんで急に分かってくれないの?」
「今まで聞いたことのない“領域”の形じゃな。思うに、魔力を薄くばらまき、感知方向に振り切って、“領域”内の魔法の行使に関しては捨てた感じかの」
「いや……多分、水たまりの上だったらどこでも魔法を出せると思う」
「足元に薄く広げて魔力の泉を……足元から発生させる感じかの。それは今もやっておるのか?」
俺はこくんと頷く。
「ではそちの後ろに回るぞ。わらわの動きを当ててみせい」
「右足、左足、右足」
「そこまで細かく言わんでいい」
シラアイは、地面に屈んだ俺の後ろに回った。
「わらわは今何をしておる?」
「左手を水平に上げた」
「右手の立てた指は何本じゃ」
「人差し指と中指を開いた」
「……服の中は、分かるのかの」
シラアイが、背後でごくりと息を飲み込む。
「風がないから分からない。でも、シラアイの重さは分かるよ」
「乙女の秘密を勝手に測るな」
シラアイが強く動いた、俺は、後ろから蹴り出された足を、頭を下げて避ける。
「……誰が避けて良いと言った」
「だって見えたし」
「厄介な“領域”じゃな」
「俺が攻略対象みたいに言うな」
頭が疲れてきた。俺は周囲に展開した力の“領域”を解除する。
「……もう頭が疲れたから“領域”は解いたよ」
「ほう。ならばもうわらわのやりたい放題じゃな」
後ろから、がしと両手で頭を掴まれた。ふっと、彼女の軽い息の音がする。わしゃわしゃと、頭の髪を乱暴に乱される。
「合格じゃ。ここまでよく頑張ったの、キョウゲツ」
「……なんか今日のシラアイ、なまやさしくない?」
「頭は疲れたのかの、キョウゲツ。では体の方もいじめてやるとするかの」
「ジャノメさーん! そろそろこの人呼んであげてー! 暇を持て余してるよー!」
「まだよいぞー」




