休み時間、お隣さん
ピンポーン、と呼び鈴が鳴る。
「はーい」
と、だれかと思えばお隣さんだ。同じ境遇の生徒の、ミナモさん。扉を開けると、外廊下に彼女が立っていて、その両手にはいっぱいの荷物を持っている。
「えっと……どしたの?」
「あの……荷物……」
「うん。え? 俺あて?」
「いや、そうじゃなくて、全部私のなんだけど……買い過ぎて……」
買い過ぎて……? ちら、ちら、と、彼女は俺越しに俺の部屋をのぞいている。なんだろう、入りたいのだろうか。大したものないんだけど。
「部屋に……入りきらなくて……」
「うん」
「スペース……貸して」
「うん」
……うん?
「置き場所無いから、こっちに置かせてってこと?」
「……うん」
よろ、よろと、大荷物を持った彼女は今にも倒れそうだ。
「……ま、まぁ、とりあえず入る? ほら、ちょっと貸して」
俺は彼女の手荷物を受け取り、部屋の中へと彼女を誘う。彼女はえっちらおっちら玄関の脇に荷物を置いた。俺たちは、そこに置いた荷物を二人して見下ろす。
「いっぱい買って来たね」
「……うん。新生活だし」
「で、加減分からなくて、部屋がいっぱいになっちゃったんだ」
「……うん」
アホの子。おそらく同じ間取りだし俺の部屋も狭いんだが。まぁ、一角に彼女の荷物を重ねて置くぐらいのスペースはある。彼女は玄関に立って俺を見ている。
「部屋片付いたら、全部はいりそう?」
「……」
彼女はぎぎぎと顔を逸らした。
「えっと……ここにずっと置きたい感じ? 部屋足りない?」
「……」
彼女は表情を硬くして押し黙る。じっと彼女の返答を待っていると、
「……冷蔵庫……」
「うん? うん。冷蔵庫が?」
「……こっちに入れていい? その……壊れちゃって」
冷蔵庫をこっちに入れる? じゃないな。入れたいのは食べもの。彼女の視線の先には、冷蔵庫、とこっちでも呼ばれているかは知らないが、中が冷える魔法の棚。
「壊れてって……え? 冷えなくなっちゃったの?」
「……うん」
「一大事じゃん。先生に言ったら?」
「いや、その……もうお金ないし……」
俺達には、勇者としての生活費とかいろいろ先生から渡されている。
「故障? 初期不良かもだし、部屋の設備だし、言ったら先生がどうにかしてくれるんじゃない? こっちでお金出さなくてもいいかもしれないよ?」
「……貸して」
なんだろう、彼女にはなにか、先生に正直に言いたくない理由でもあるのだろうか。まぁ冷蔵庫はぶっちゃけでかい、空きはある。
「冷蔵庫は俺の部屋のを使うの? いいけど、俺の部屋までいちいち取りに来るの、手間じゃない?」
「……私は大丈夫」
「そう」
「あと……」
まだ何かあるのか。彼女はぼーっとどこかを見つめていて、なかなか言葉を出せない。
「……?」
「一緒にご飯……の、買い出しも行って。……私と一緒に。毎回」
「ご飯? そっちの三人で行ってたんじゃないの?」
二階は四部屋あり、俺以外の三部屋は全員女の子の部屋だ。彼女らで固まって行動している所も何度か見かけていた。初日の夜はこの子と市に行ったが、それ以降は音沙汰なく、だからそっちの三人で行っているものだと思っていた。
「……生活の時間が、合わない」
「そーなんだ」
「……そっちには合わせられる」
俺には? 俺の生活の時間知ってるのか、それとも知らずに合わせると言っているのか。まぁ隣だし音聞こえてんのかな。
「まぁ別にいいけど」
俺は何とはなしに返した。と、それを聞いて、彼女は心底ほっとしたような様子を見せる。あっちの二人と特別にうまくいってない……ことはない気がするんだけど、なんだろうか。毎日一緒は距離が近すぎるとか? まぁいいか。俺が考えることじゃない。
「荷物は……そのうち片づける」
と、彼女は続ける。俺の部屋に置いた荷物か。
「うん。頑張ってね」
「あと……」
と、彼女は虚空を見上げる。まだあるのか。
「あと……は、また今度」
「……そう」
「じゃあ……」
と、彼女はこの場を去る様子を見せる。
「えっと、今日の分の食材は大丈夫? 冷蔵庫、壊れてるんでしょ?」
俺が聞くと、また彼女の体がこわばる。
「実……は……」
彼女はまた言いよどむ。なんだ、まだ何かあるのか。
「冷たくなるスイッチを……どこかの拍子で、消しちゃってて……」
「うん」
「中にあったもの全部、腐らせちゃって……」
「うん」
「中が今……たいへんなことになってる」
「うん……うん? 冷蔵庫の中が? 今も?」
彼女はギギギと首を回す。冷蔵庫、壊したっていうか、自分で失敗して大変なことになってんのか……だから先生には言いづらい。食材を中で腐らせてるのなら……大変だな。
「掃除……てつだって」
と、彼女は気まずけな顔でそう漏らした。こいつ、突けば突くほど……まぁいいや。慣れない異国で一人暮らし、知らないことも失敗もたくさんある。ここは隣人として、親切を売っておくか。
「いいよ。一緒にやろう? 部屋には、入っていいの?」
「うん」
「じゃあ今からやろっか」
「……お腹すいた」
お腹すいたか。
「あー……冷蔵庫に残り入ってるから、適当に食べていいよ」
「うん」
彼女は靴を脱ぎ、ぺたぺたと部屋に上がり、さっそく冷蔵庫の扉を開けて中を物色している。もう遠慮ないな。まぁいいけど。
「サンドイッチない?」
「サンドイッチは、無いね」
「サンドイッチがいい」
「文句言うな」




