第四話、氷河海調査団 ーII
「どぅどぅどぅんどぅん、どぅどぅどぅんどぅん、どぅどぅどぅんどぅん、どぅどぅどぅ♪」
「獲ったどー!」
無人島に帰ってくると、二人が楽しそうに何かをやっている。ジャノメの腕には、大きく丸々と太った一匹の魚が抱え上げられている。
「なにしてんだー、おまえらー」
「あ、おかえりー」
「おかえりー」
ミナモさんとジャノメの視線が歩いてきた俺たちの方向を向く。綺麗な水色の髪と白いふわふわの髪が、暗い砂浜の上でそれぞれ揺れている。
「ずいぶん楽しそうにやってんな、そっちは」
「私は一日中ジャノメちゃんの面倒見てあげてたよ!」
「わしは一日中ミナモの面倒見てあげていたぞ」
こいつらの中で需要と供給が回ってる……。
今日の日はもう店じまい、世界は夜へと移行し、俺たちは今日を終える準備を始めている。
テントの前でぱちぱちと焚火が爆ぜる。空は夜、波打ち際を、遮るもののない潮風が容赦なく吹いている。
「今日は何か収穫あったのー?」
「今日も私は何の成果も得られませんでした」
焚火を囲んで四人で座り、そこら辺で拾った大きめの岩に座り、マコモは虚ろな目で今日の成果を報告している。
彼女は、それを何日繰り返しているのだろうか。俺はまだ一日目だが、それでも、歩きにくい氷海を渡り、海に落ちないように終始気を付け、白い氷を目が痛くなるまで見て回り、しかし記していった地図は数日後には波に揺られて変わっているかもしれない。胸に徒労感と、体には色濃い疲労が残っている。おまけに寒い。
「わしはでっかい魚を獲ったぞ!」
「……そうかー。ジャノメさんはえらいねー」
元気に報告するジャノメの頭を、マコモは手を伸ばして、その白くふわふわの髪を撫でている。
「私は調理したよ」
と、ジャノメに張り合っているつもりか、ミナモさんもマコモへとそう報告している。
「……」
「……」
マコモとミナモさんが無言で向かい合っている。
「はいどうぞー」
俺にも鉢が回ってきた。器の中には、豪快に焼かれた焼き魚、魚は汁の中に埋まっていて……これは、味噌汁か? 湯気とともに漂ってくるのは味噌の香り、汁に口を付ければ、温かい、汁の中に味噌の塩気と魚介から流れ出した旨味が溶け込んでいる。美味しい。
「ごはんもあるよー」
ミナモさんが、中身が半分になった飯ごうを差し出してくる。中には白く輝くつやつやのご飯。俺は魚の味噌汁を味わい、白いご飯を口にかきこむ。……くぅ、美味い……! このところ持ち込んでいた携帯食料ばっかりだったから、新鮮な食材が喉に染みる……!
「簡単なものだけど、どーぞ」
「お米と味噌は持って来てたのか」
「お漬物もあるよー」
無人島でのQOLが高すぎる。俺は飯ごうの上に漬物を貰った、ポリポリとそれを齧りながら白米を食べ進めていく。うめー……。
「っていうかなんで味噌あんの? どこに売ってんの?」
「先生が持ってるよ」
確かに、和食好きそうだなあの人。隣を見れば、マコモも静かにそれらの食事を口に放り込んでいる。
「どーお? 美味しかったー?」
食事に口を付けてから一言も発していないマコモに、ミナモさんが話しかけている。
「とても美味しいです、先輩」
「よかったー」
「私のお嫁さんに来て欲しいくらいです」
「うーん」
冗談で言ったんだろ。快諾してやれよ。マコモは気まずそうな顔で手元の器に目を戻した。
「船は今日も来ておらんかったぞ」
食べるのが早い者はもう食べ終わった頃合い、ジャノメがそう口を開いた。二人は船の方を見に行ってくれていたのか。
「持ち込んでいる食料も無限にある訳じゃない。狩りをすれば食べ物は得られるが、いつまでもここでの生活を安定して続けられるとは思わん。自力での脱出の方法をこっちで考えておきたいぞ」
今日のジャノメはなんか賢そうだな。無人島の一角で、張ったテントの隣、薄暗い空の下、焚火を囲みながら俺たちは座っている。
「そうは言っても、俺たちは先生に言ってきてるし、心配した先生がそのうち迎えを寄越してくれるんじゃない?」
「かもな。だが、それはいつのことになるのか、明日か、一週間先か、それとも一か月先か。ここは人の手の入っていない未開の土地の上じゃ、安定した未来は見えない。明日から猛吹雪がこの土地を襲って、わしらはその雪中車に籠もって外に出られず飢えていく。そんな未来もあるかもしれん」
かちゃかちゃと、誰かが食事をする音が鳴っている。向こうの海で、押しては引いていく波の音がしている。
「私は、無茶に自分たちで脱出するよりかは、まだ先生が送ってくるだろう次の助っ人を待った方がいいと思うよ」
と、ミナモさんは発言している。
「確実に、向こうの陸地まで渡れる方法があるならいいよ。でも、私たちがこの場で新しく考えられる方法なんて、無茶なものしかないでしょ。余計な体力を消費するより、助けを待つ方向に体力を振り切ったほうがいいと思う。先生なら次の助けを送ってくるよ」
ジャノメとミナモさんの意見は二つに割れる。それは、頼みの綱となる“先生”を知っているどうか、悲観的か楽観的か、能動的か受動的か。
「私はどちらにしろ、ここの調査が終わるまでは帰れませんよ。私はここの調査の目的でここに来てますし、もし、通信器の障害を起こしてる原因を発見できればそれで事態は解決です。私の仕事も終わるし、帰る手段も復活する」
と、マコモはこの期に及んで仕事のことしか考えていない。仕事が終わるまで帰る気もないようだ。自力での脱出、状況の遅延、現地の調査。三人はそれぞれ異なる意見を出してくる。どれが正しいとも言えない、一つの考え方だけで助かるとも思えないから、言ってることはみんな正しいんだろう。
「アオイくんはどう思う? 明日からどうすべき?」
と、ミナモさんが俺にも話を振ってくる。
「え? あぁうん。俺も大体そんな感じだと思う。みんなとおんなじ気持ちだよ」
「こいつも煮出せば考えが滲み出てくるか?」
「お湯しか出ないんじゃない」
ミナモ「仕事と私、どっちが大事?」
マコモ「そんなの仕事に決まってるじゃないですか。仕事がなければ私もあなたも生活がままならないんですよ? そんなことも分からないんですか?」
ミナモ「うーん」




