第一話、氷海の地図
「あぁ、別にそんな急がなくてもいいですよ。あの子は超強いので。通りすがりの魔王くらいなら出会いがしら首を取って帰ってくるでしょう。ただ、連絡が途絶えているし、私が個人的に心配しているだけです。何もなくともそのうち帰ってくるでしょう……けれど、もしキョウゲツさんさえ良ければ、あなたが彼女の顔を確認しに行ってきてくれませんか?」
久々に森林街に帰って来た。朝焼けが通りを照らしている、大通りはまだ人通りも少なく、店の前に出ている店員さんが箒で通りを掃いている音が、通りに目立って聞こえている。俺は朝早くに、彼女たちの居るホテルを訪ねると、寝起きの彼女が部屋を出てくる。
「なんじゃ、こんな朝っぱらから……」
「ただいまー。あー……実は悪いんだけど、またすぐに出なきゃならないんだ」
「なんじゃと? せわしない奴じゃな……」
寝ぼけたような顔のまま、彼女は器用に呆れたような表情も示す。
「その間、俺の荷物を預かっててくれない? たまに人が湧くけど気にしないで」
と、シラアイは俺の襟元を掴み、ぐいと引き寄せる。
「今抱えている案件は一つか?」
俺は前のめりになり、シラアイの整った顔がすぐ目の前にある。彼女の、眠そうな目の奥の鋭い瞳が俺を捉えている。
「……そうだね。一緒に来る?」
「行かん。それから、その次はわらわのものじゃ」
そう言って、彼女は俺の襟元から手を離した。
「それまでわらわはこの街に居る。さっさと帰ってこい」
「……分かった」
「まったく、一緒に過ごすのに予約が必要とは、ずいぶん人気者になったの」
彼女はさっさと踵を返して部屋の奥へと歩いていき、ベッドに戻って、ぼすとその体をベッドに投げる。
「ただいまー、ジャノメー」
俺を玄関先で出迎えたジャノメは、黙って両手を俺に広げる。
「……?」
「ただいまの、はぐ」
ジャノメは無言で俺のアクションを待っている。……。
「……寂しかったねー」
俺は膝を折って彼女と頭の高さを合わせ、その小さな体を抱きしめる。真っ白い、ふわふわの髪の感触が腕に触れる。
「そんなジャノメに、悲しいお知らせがあります」
「なんじゃ、またどっか行くのか」
「ご名答」
「ならば……わしも行こう」
ジャノメは、小さく欠伸を漏らしながらそう言う。意外な答えだった。前回は暑そうだから無理とか言ってたけど。
「いいの? 次行くとこはめっちゃ寒いけど」
「構わん。寒さには着込めばいい。暑いのは裸になっても無理じゃ」
俺はジャノメの頬を両手で挟む。
「確かに。このもちもちは脱げないもんね」
俺は脛を蹴られてその場にうずくまる。
「点呼。いち」
「に」
「さん」
集合場所に集まった三人。もこもこに着膨れたジャノメと、そして彼女の手を握り、上機嫌に引いているのはミナモさん。
「ミナモさんは、勇者の授業は今は良いの?」
「いったん」
ふーん。余裕のある時期なんだろうか。
ジャノメとミナモさんはすでに顔見知りであり、なんなら仲良しであり、さっきからミナモさんがジャノメにちょっかいをかけているが、ジャノメはなすがままにされている。どうでもいいが髪色が水色と白でこれから行く場所とも合っているな。
俺たちはまず、森林街から出て行く魔導のバスに乗る。いくつか街を過ぎて、そこからは船だ。マコモが消息を絶った場所は、氷塊の集まる氷の海の中の島にある。
「……なぁ。一応聞くけど、お前らは遠足に来たわけじゃないんだよな?」
後ろを振り向けば、バスの一番後ろを占拠し、いやに上機嫌に体を揺らしている二人、特にミナモさんに問いかける。
「私はそうだけど」
「おい。どっちだ」
「私たちは拠点作って待っとくから、アオイくんはマコモちゃん探しに行っていいよ」
これから俺たちが行くのは無人の島、というか、氷海の上である。そこに人里はなく、街や家や、そもそもまともに人類が上陸した跡がない。
当然といえば当然だ、そこを構成する地面のほとんどが、どこかから流れてきた浮かぶ氷の塊。それらは仮の大地であり、氷海の中心にある無人島も頼りなく、周りに浮かぶ氷塊を抜けば、人が生活できるような規模じゃない。
そこで、俺たちは消息の絶ったマコモを探す。一日二日で見つかるならいいが、そうでないなら継続的にそこで生活するための“拠点”が必要だった。食料も、持って行った分で足りなければ、現地で狩るなどして調達していかなければならない。
ミナモさんの提案は現実的であり、理に適っていると言える。俺もマコモの捜索に集中できるから助かる。……だが。俺は二人の態度を見て、さすがに水を差さざるを得ない。
「……一応、音信不通の人間を探しに行くんだから、そんなお遊び気分はどうかと思うけど」
「マコモちゃんなら大丈夫でしょ」
「マコモちゃんそんなに大丈夫なの?」




