第二十三話、迷宮街の宝物 ーV
決着は一撃だった。
アルメリアは、膝を付いて地面の上に立っている。ぷすぷすと体から煙が出て、だがまだ意識があるようであり、彼女は倒れなかった。
「“降伏”しろ」
「……嫌……です……」
「そうか。ならば貴様は今ここで死ね」
「待ちな」
と、一つ声がする。見れば、あのアルメリアの面倒をよく見ていたお婆ちゃんだった。最初の方に“降伏”したはずだったが、お婆ちゃんは遺構の壁を離れこっちまで来てしまっている。アルメリアのことが心配で来てしまったのだろうか。
「……殺すなら、あたしからにしな」
お婆ちゃんは、いつにも無く険しい表情をして、彼のことを睨んでいる。
「あぁ? なんで俺がお前の言うことを聞かなくちゃいけないんだ?」
「おやおや、あんたは老いぼれ一つ殺せない腰抜けかい?」
彼は、お婆ちゃんの切った挑発に笑い出す。
「お前を殺して、それで?」
「……その子を、見逃してやってくれ」
「……」
「もうボロボロだろう? 彼女も、内心では負けを認めてるだろうさ。もうあんたに歯向かうこともない」
お婆ちゃんの言葉に、彼はにやにやと余裕を見せて笑っている。
「へぇ? あんた、ずいぶんこいつに献身的だな。あんた、こいつの親族か何かか? 人間に見えるが」
「違うよ」
「じゃあなんでそこまでする」
お婆ちゃんは、命の危機に晒され、それでもそこで不敵に笑っている。
「なぜって? その子は、私たちの町の一員。その子は、未来ある私たちの町の子供。私たちの町の子供はみんな、私たちが誇る”迷宮街の宝物”さ。守らない理由なんて、それこそ無いね」
彼は、お婆ちゃんの言葉を聞き終え、ふんふんと頷いている。そして、剣を構えてその切っ先をアルメリアへと向けた。
「嫌だと言ったら?」
「……あたしの手があんたを殺すだけだよ!!」
「待ってばあちゃん!!」
と、お婆ちゃんの掲げた手を抑えたのは、近くから駆け寄ったワカナだった。ワカナは必死にお婆ちゃんに言っている。
「俺たちは“ルール”の中で戦ってたんだ! あんたがあいつに手を出したら、それは“ルール”違反だ、あいつが“ルール”に従う理由も無くなる!」
「……ルール違反はあたし一人、死ぬのもあたし一人さ! みんなは関係ない!」
「“ライトニング”!」
二人が言い争っている中、俺の手が放った電撃が、過たず奴の体に当たる。彼は瞬き一つ変えなかった。ただ、無感情な目線がこちらに向けられる。ぞくぞくと、心の奥の恐怖が沸き立ってくる。
「お前……何の真似だ?」
「ルールを忘れたか? 俺はまだ、降伏してないぜ」
まさか……よう知らんこんな辺境の婆さんに先を越されるとはな。俺の勇気も鈍ったもんだ。
彼は返しに、ただ無造作に剣を振るった。巨大な斬撃が、死をまとう赤い縦の斬撃が俺に迫ってくる。俺の前にミツバが出た。ミツバは頭を膨らませ、頭を横にしてその斬撃に食らいつく。ガキンと、ありえない音がしてその斬撃の一部が折れ、空いた隙間が俺を通り過ぎていく。
「にーちゃん!! 無茶すんじゃねぇ!!」
「なぁ、人間は好きか? お前」
振り返り叫ぶワカナを尻目に、俺はそいつへと歩いていく。
「あぁ? 誰だお前」
「人間は好きかと聞いてる」
「なんで俺がお前の質問に答えてやらなきゃいけないんだ? 死ねよ」
「話す余裕もないか。まぁいい、じゃあ決着を付けよう」
ふん、と、奴は俺の言葉を鼻で笑い飛ばす。
「“人間が好きか”、だって? そんな訳がないだろう。ゴミみたいに弱い雑魚の群れだ」
彼は予想通り、俺の挑発にも乗ってきた。
「お前は彼女の代わりに、魔王の座に就きたいんだってな。魔王の座に就いてどうするんだ?」
「決まってる。争いを仕掛ける。まずは、魔王軍の中で一番強い奴を決める。もちろん一番強いのは俺だ。負けた奴は俺の言うことを聞く。そうして魔王軍を掌握すれば、今度はお前らの番だ」
「……俺たちの番?」
「あぁ。今度こそ、お前ら虫けらの人類を一匹残らず殺し尽くすんだ」
「また戦争を起こす気か。そこまで人間が憎いか?」
「人間が? どっちかと言えば、どうでもいい。調子に乗っているのは苛つくが、俺はただ殺したいだけだ」
「平和な世界は好きか?」
「いいや。俺が好きなのは互いに争い合い、殺し合う世界だ。もうすぐそうなる、おれがそう導く」
「答えてくれてありがとう。お前のことがよく分かったよ」
俺はただ砂の上を歩いていく。砂の上にひざまずいて、何とか意識だけは保っている、アルメリアの隣を通り過ぎ、俺はまだ前へ。ワカナはもう後ろに居る。もう、こいつに何をされてもワカナは俺を守れない。
「で? お前は何なんだ?」
彼が俺に問うてくる。俺は、魔王軍の奴の目を見据え、答えを返す。
「俺は勇者だ。通りすがりの流れの勇者だ。名前なんて覚えなくていい」
「……ほう! 勇者か! こいつはいい! 一度お前らの中の誰かをやってみたかったんだ!」
「俺たちの望む平和な世界に、お前の居るべき場所はない。お前が無くした正義と勇気」
俺は胸元にしまった“願いのお守り”を握りしめ、引き抜く。そこには、次の瞬間には剣の形をした何かが握られている。白く無機質な薄い刃、片刃の刀。見慣れたいつもの様相ではない、おそらくは別の形態の何か。
「この俺が引き受けよう」
俺の周囲に風の刃が渦を巻く。
「っ“炎剣”!!!」
奴が黒い剣を振る、その瞬間巨大な斬撃が生まれる。砂が二つに割れて行くのでその進行は分かりやすいが、速度が速く、それは俺の目の前に一瞬で到達する。
ちっ、と、俺の目の前で、何かが擦れる音がした。俺の体は弾かれる。斬撃が近づき、その斬撃が俺の体に到達する前に、俺の体は強い力でずらされ、その進行上からどかされる。
「はっ、避けたか! まぁこれで終わりじゃねーよな!!」
俺は何かに体を飛ばされながらも、刀を後ろに構え、一気に振り抜く。刃の表面から、刃を模した風の線が剥がれ、それはくるくると弧を巻き渦巻いていく。刀から生まれた風の刃は、小さく渦巻き、丸く小さな竜巻となって剣を離れる、飛んでいく。
「“疾風陣”っ!!」
「……なに?」
小さな竜巻は一直線に彼の元へと飛んで行く、速い。彼は黒い剣を盾にして、それを防ごうとした。
衝突、そしてけたたましい音が鳴り響く。回転する風の刃が、何度も、無数に奴の剣を切り付ける、奴の剣がその竜巻を受け止めている音だった。風の刃は回り続ける、が、受け止められれば少しずつその勢いを緩めていく。小さな竜巻は徐々に弱まり、そして、最後はつむじ風のように空気に溶けていった。
「……ははっ。やるじゃねーか坊主」
彼は笑っていた。彼の顔にはいくつかの線が付き、そこから血がにじみ出てきている。それだけじゃない、彼の服や、体には、飛び散った斬撃により与えられた浅い傷が、無数に付けられている。
彼は縦に構えていた黒い剣を、ゆっくりと体の前から外す。切っ先を下ろした。
「この“炎剣”アルケイドが、貴様の技を認めよう。見事だった」
「……」
「さぁ、負けを認めるか? 勇者が、この俺に」
俺は片膝を突き、剣を地面に刺してどうにか体を支えている。一気に体内の魔力を使いすぎた、意識が朦朧とする。視界が霞んで滲んできている。
「俺は……魔王軍のお前に、“勇者”を名乗り、戦いを挑んだ……。これは……お前が死ぬまで、終わらない戦いだ……」
「そうか。俺がお前のその正義と勇気を認めよう。お前はその正しさの中で死んでいけ」
彼がこちらに歩いてくる。俺は剣を支えに、どうにか立ち上がる。彼は、もう目の前に立っていた。彼は剣を掲げている、その構えから、俺の首を落とそうとしていることが分かった。
「じゃあな、小さな勇者」
彼が剣を握り、力を入れる。俺は懐に手を入れ、それを握りしめる。
「“炎―」
「“迷宮の(メイズ・)―」
俺は懐のナイフを確かに握りしめ、“鋭い目”で見極め、奴に向けてそれを一気に振り抜く。
「―け“」
「―一撃”っ!!!!」
奴は、黒い剣を後ろに掲げたまま、立っている。彼の体は縦に割れる、真っ二つに割れていく。彼の黒い剣はそこに構えられたまま、そこから俺の首を落とす斬撃はついぞ放たれなかった。
「奥の手は最後まで……定石だよな、アルケイド……」
「……おいおい。しかも、一撃でコアを当てるかよ。運の良い奴だぜ」
彼が見下ろした、割れた体の中には、赤く小さな丸い石が見えている。それすらも、俺のナイフの放った斬撃は到達し二つに割っている。
「運……? お前の体に、たくさん傷を付けただろう……それぞれの傷の治りの速さを見れば、お前のコアの位置は割れる……」
「……やられたな」
彼の手から黒い剣が滑り落ちる。それは砂の中に刺さった。見れば、彼の指先から徐々にその体が、燃え尽きる灰のように空気に溶けて、消えていっている。彼はもう死ぬようだ。
「……おいおい、なんて顔してんだ。俺の門出だぜ? 勝ち誇って見送ってくれ」
彼は、軽い調子で俺に話しかけてくる。彼はこれから死ぬのだろうに。
「……死ぬ間際に、ずいぶん呑気なもんだな……。お前をやった俺に、恨みとか、ないのか……」
「はっ、恨みか。そんなもんはねーよ」
彼は、俺の予想とは裏腹に、晴れやかな顔をして彼は笑っている。
「好き勝手生きて、最後には派手に散るのが俺たちの運命だ。生きていれば突然そんな日も来るだろう。まぁ、今回は、予想より少し早かったか」
「今回……」
「俺たちモンスターは、死ねば記憶を失い、またどこかで生まれてくる。次の生では、今度こそ俺の世界だな。またやろうぜ、勇者。次は俺が勝つ」
「……ぜひ、次は小さな虫とかに生まれ変わってくれ」
彼の体がどんどん宙に溶けて消えていく。やがて、ぽとりと、小さく、真っ二つに割れた赤い石が、地面に落ちた。もうそこに彼は居なかった。




