第二十三話、迷宮街の宝物 ーII
「ははは!!! まるでネズミのようだな!! ちょこちょこと逃げ回るだけが能の不快なネズミどもが!! 一匹残らず焼き尽くしてやる!!!」
あっちの“大将”は炎の魔法使いか? あるいはそれが戦闘手段の一つか。もう少しで、迫る魔王軍たちの軍勢とこちら側が接触する。
激しい剣戟と魔法の光が飛び交う。気を抜いていたら流れ弾がこちらまで飛んでくる。
俺たちは事前に話し合って陣形を決めていた。と言っても、大したことは決めてない。大将であるアルメリアは最後に、俺たちはアルメリアが出るまでに出来る限り相手の戦力を削っていく。力の弱いものほど前列に、強いものほど後方に。全体的に弱い手札を先に消費し、強い手札を温存していく作戦だった。
「きえーーー!!!」
いつも農地で見かけるタオルを首に掛けたおじさんが鍬を掲げ、敵の、ゾウのようなサイのような大きなモンスターへと立ち向かっていく。
集落の者の多くは一般人、とは言え、ここは龍脈に侵された大陸上の、砂漠の上に孤立して位置する町だ。ここに居るものは、ここに流れ着くまでの過程でみなモンスターのはびこる魔境の上を渡って来ている。子供から老人に至るまで、最低限の自衛の術を身に着けたものばかりだ。
とはいえ、あちらは魔王軍。彼らは、遊びで集められたのではない、一族の長を決める戦いに引き連れて来られたモンスターたちの精鋭。先発の町の雑兵たちは魔法や武器を手に健闘するものの、魔王軍側で倒れた兵力はいまだない。あちらのリーダー格の男はあちらの最奥に篭もり、戦闘の行き先を笑みを浮かべて見守っている。
こちら側で、最初の脱落者が出た。それから、ちらほらと人間たちが戦線を離脱し、遺構の崩れた壁の方へと歩いていく。迷宮街側の先兵たちが散っていく。向こうのモンスターたちは、いまだ離脱する影は見えない。
「アルメリア! 出てきなさい! あなたを思う仲間が次々と目の前で散って行く、そのさまを安全な後方にこもって眺める気分はいかがですか!?」
先日街を訪れた、クールな小さい牛角の女性も向こう側の戦力の一人に入っている。今も戦線の最前線に立ち、その優れた膂力で向かってくる人間たちを蹴散らしている。
「あなたはいつもそうだ! そうやって逃げてばかり!」
「アルメリア、聞くな! 俺たちの献身を無駄にしたくないのならな!」
やがて、迷宮街の先兵たちがすべて“降伏”し、砂漠を走って遺構へと逃げていく。向こうのモンスターたちは、十八。まだすべて残っている。
こちら側には、アルメリアを合わせて十五の人間が残った。俺たちはまだ動いておらず、向こうで待ち構え戦っていた魔王軍のモンスターたちの位置とは距離が空いている。
「おいおい、ずいぶん少なくなったなぁ! もう半分かぁ!?」
「俺たちは戦闘のプロでも何でもない。言っちゃ悪いが、弱い味方が前に居たら思いっきり暴れられない、そんなこともある」
「虚勢を張るなよ一般人。俺たちはまだ一匹も落ちてないんだぜ?」
いつも家の中にこもって土を捏ねていた青年が、手を前に掲げる。彼の前に水球が生まれ、宙に浮かぶ水球は、見ている間に、徐々に徐々に膨らみ大きくなっていく。
「じゃあもうこっちも手加減しなくていいよなぁ」
彼が暴力的に笑い、こちらに手の平を向けた、まずい、あの青年は魔法の詠唱中で動けない、さっきの炎の大蛇が来る!
「ははっ!! 砂漠にはミイラも欲しいよなぁ!! ほら、“焼き尽くせ”!!!」
向こうの奥、彼の手から大蛇のような巨大な炎が放たれ、こちらへと迫ってくる。
一人の小さな影が前に出た。子供の小さな影は、突然その頭部だけを異常に膨らませ、大きく歪な顎が口を開く。砂を溶かす炎の大蛇は、その頭から尻尾まで、その青く大きな口の中へと吸い込まれていった。
ワカナのシルエットが元に戻る。
「……なに?」
ワカナの後ろ、その空中で、水の玉は際限なく膨らみ大きくなっている。プールの水を吸い上げ無重力でまとめたらそれくらいの水球になるだろうか、巨大な魔法の水の玉が青年の手に操られ、宙を浮いている。
「“一夜沼”!!」
青年の掛け声に、魔法の水が地面を打った、水は砂漠に押し付けられ、徐々にその地中に染み込んでいく。そこにあったはずの水球がすべて消え去り、ただ砂漠の色を濡らして変えるのみとなった。
無論、それだけでは終わらない。砂漠の濡れた箇所の砂が、まるで見えない巨人に引っ張らているかのように持ち上がっていく、持ち上がった砂が作る大きな影が、俺たち全体を覆った。
巨大な砂の入道が、魔王軍の集団の前に頭を出して、今襲い掛かる。
「……ちぃ! お前ら、避けろ!!」
砂坊主が倒れていく、着地点に居た魔王軍たちは、放射状に散り散りに逃げて行く。
俺もそろそろ行くか。あんまり出遅れると活躍する場が無くなっちゃうし。
「フタバさん、俺を持って思いっきり投げてくれませんか?」
「え?」
「着地のことは考えないでいいですよ、こっちで上手くやるんで。奴らの手前くらいに落ちるように」
「わ、分かった」
フタバさんが俺の服の襟元を掴み、背負い投げのような要領で思いっきり空に投げられる。俺は武器を握りしめる、視界が砂の上を飛んでいく。
“潜影”、俺の視界は砂に落ちて地面を潜り、地上の音は遠ざかる、俺は投げられた勢いのまま地面の下も進んでいく、やがて上向きの引力に引かれて俺の体は再び地上へと浮上する。
出たのは奴らが散り散りに去った後の、魔王軍のモンスターたちの真ん中だった。濡れた砂の山を囲んで、奴らは弧を描いて散らばっている。砂の山が視界をふさいで、弧の向こう側はこちらから見えない。
「近づかれてるぞ!」
地上に出た俺の体はそのまま砂を蹴って地上を駆ける、進行方向に居たトカゲのような亜人に向かって剣を構える。
「“溜め切り”!!」
脇腹から反対の肩に掛けて俺の剣が光の軌跡を描く、傷が深く入り込んだ、俺はそのまま彼の顔に向けて手の平を掲げ―
「ま、待ってくれ! 俺はもう“降伏”する!」
俺はすぐさま視線を切り替える、手の平を掲げる、俺の視線の先には、大きな四つ足のゾウのようなモンスターの尻が、その向こうから迷宮街のみんなが走ってくる。俺はそこのゾウの尻に手の平の照準を向ける。
「“ライトニング”!」
「あぁ!? なに、後ろ!?」
ダメージはなさそうだが注意は引いた、あっちはみんなに任せるか、と、視線を前方に戻せば、視界の奥、俺に向けて奴が笑っている、その手が俺に―
「“焼き尽くせ”!!!」
炎の大蛇が視界の先に生まれる、俺は再び“潜影”を発動させ地上から行方をくらませる。再び地上に顔を出したなら、俺の上に、今振り下ろされる巨大な斧がある。
「死ねぇ!! モグラがぁ!!」
嫌な音がする、俺の体は地上に出て、上から背中を斧に抑えられ、砂の上から起き上がれない。俺は剣を振り奴の両足を切る。
「あぁ? なんだ、すり抜け……なんだこの跡は。お前何しやがった!」
両足に出来た白い塗り後は徐々に赤く色づいていく、それが爆発して斬撃を与える瞬間、俺は斧の真下から抜け出し、起き上がり、光を湛えた剣を奴の腹に突き出す。
光の剣が、大きく奴の体を貫いた。俺はそのまま奴の顔を掴んで、魔法を発動させようと―
「こ、“降伏”だ! ……ちぃ、ヘマしたな……」
俺は剣を引き抜き奴の顔から手を離す。腰の枝豆、もとい三つの宝石が付いた護身の魔道具を見れば、緑色が二つ消えている。残るダメージの肩代わりは一回、二個分持っていかれたか……それさえ無くなったらあとはもう生身だ。
「入り込まれてるぞ! そいつから叩け!」
弧に展開した奥の方の魔王軍が、俺を指さし言っている、だが弧の両端へと、迷宮街のみんなも到達し始めている。
ヘイトを稼ぎすぎたな……いったんみんなと合流するか。俺は奥に居るリーダーとは逆、弧の端の方へと向かい、そこに居たモンスターを背中から強襲する。
そこに居たのはゾウのような巨大なモンスター。“溜め切り”を使ってそいつを後ろから思いっきり切りつけるが、タンクタイプなのかほとんど効いていないように見える。
「ちぃ、雑魚が俺に触れてんじゃねぇ! おい攻撃役はどこだ! 俺を助けに来い!!」
「雑魚じゃないなら触れてもいいんだよね!!」
向こうから到着した迷宮街の、フタバさん、彼女の振り上げた両腕が、大きく青く膨れた歪なものへと変化する、それをゾウの背中の上で両手を一つに組んで、ハンマーのように真下に振り下ろす。
一瞬視界が揺れた、ゾウのモンスターは両足を広げて地面に伸びている。
「こ……“降伏”……」
「つぎ!」
迷宮街の精鋭たちが、次々と魔王軍のモンスターへと襲い掛かっていく。今度は俺たちが優勢だった。俺は迷宮街のみんなと合流し、一緒に行動していく。
「ここは通しませんよ」
と、向こうで立ちはだかるのは、あのリュエルとかいうクールな女性。その髪から、小さく生えた牛の角がのぞいている。




