授業:一人前の勇者
「さて。これでみなさんは、その手に武器を持ち、魔法を扱えるようになりました。みなさんは、勇者としての道を一歩踏み出すことが出来ましたね。そこで、今日は今一度、勇者とは何か、一人前の勇者とは何かを確認していきましょう」
今日は教室の中で座学のようだ。話を聞くだけの授業は少し眠くなる。俺の視界の脇で、曇ったガラスの向こう、校庭の樹が風に揺れている。
「端的に言えば、勇者は魔王に対しての切り札です。”魔王”とは、”魔物の軍勢を率いる魔物たちの王”であり、時に魔王率いる魔王軍は人類と衝突します。人類の敵の魔王を倒すのが、原理的な勇者の役割となります」
先生は黒板に”勇者”や”魔王”といった単語を書いていく。
「ただし、現在は人類と魔王側は停戦状態にあり、小さい視点で見ても勢力的な争いは発生していません。しかし、平和なこの世の中でも我々人類は勇者を育成します。なぜなら、勇者は人類以外への敵対的な勢力に対する抑止力であり、その役割は今や魔王の討伐のみに縛られません。今の世の勇者は、人類を守るための盾であり、矛であり、人類に襲い掛かる災難に対処するための役割を負っています。あるいは、またいつか来るかもしれない恐ろしい魔王への対抗策として、我々は勇者を育て続けている訳です」
勇者とは何かを先生は淡々と説明している。眠くなってきた……要点どこ? 簡単に言うと、最近の人類は平和だが、それでも備えのために勇者を育てていると。
「昔で言えば、勇者は魔王を倒すことがゴールですが、今は倒すべき魔王が居ません。それでは、私たちが育てる”勇者”のゴールはどこでしょうか?」
そこまで言うと、先生はこちらを振り返った。
「勇者をもっともよく育ててくれるのは現場です。現場とは、モンスターとの戦闘です。しかし皆さんも知っての通り、冒険者を始めとする、モンスターと戦う職業の怪我は多く、それは、戦う能力の低い人間ほど顕著になります。平和な世に、死者が出るような勇者の育て方は必要ありません。ということで、我々勇者協会の役目とは、勇者をその辺に出しても死なない程度まで大事に守りつつ育て上げること、です。よって、我々の育成のゴールも、“簡単には死なないくらいに勇者を強くする”こと」
ある程度強くする、それがこの授業のゴールな訳ね。
「とはいえ、我々教育者の戦闘力は必ずしも高いとは言えません。人間の現実的な強さ、そして我々の教育で与えられる強さにも限りがあります。そこで、勇者協会が設定した、一人前の勇者となるラインの強さは―」
先生は、かつかつと、黒板に一つの単語を書き記す。
「“千人級”。これは、”一般に戦闘の訓練を経ていない成人”千人相当の戦力を所有する、一つの個人の戦闘力、です。我々が押し上げることの出来る強さはここまで。まぁ個人の強さには個人差がありますし、すべての過程を終えた勇者たちの戦力にもばらつきがありますが、目指すラインは大体ここら辺ですね。今から高みを目指していくあなたたちは、ここらへんを意識しておくといいかもしれません」




