第二十二話、宣戦布告
「あ! 守護神だ!」
「私を守護神と呼ばないでください! あなたが妙な呼び名を広めたせいでみんなしてそれで呼んでくるんですからね!? ちょっとそこの通りすがり! 私を見て手を合わせないでください! おばあちゃん、私は守護神ではありません!」
守護神が砂漠の上に湧いた大量のサンドワームを討伐して数日が経った。もし彼女が居なければ、俺たちは迷宮街の限られたメンツだけでそれを相手することになっていただろう。
ここは砂漠の孤立した町で、他の街からの救援は期待できない、今回攻めてきたモンスターの物量は、聞けばワカナ家の三人だけでは対処が難しかったという。
ワカナは、体の一部分を一時的に鬼のそれへと変化させる“鬼の術”が使え、それは芋虫の力を軽く凌駕するほど強力ではあるが、“鬼の術”は、体内を流れる“鬼の血”を消費して放つものであり、使い続ければ“貧血”に陥る。
彼らには消耗戦には向かない、多数のサンドワームには対処しきれない。モンスターはそれぞれコアを独自に隠し、体の同じ位置を狙って攻撃してもコアはそこになく、あれだけ巨大ならそれぞれに手間を強いられる。
別に比喩でもなんでもなく、アルメリアは町を襲う脅威を跳ね除けた。しかし当の本人はあまり大したことをしたのだと感じていない。お前主人公か?
「おはしゅごしん~」
「おはしゅごしんではありません! おはしゅごしんって何ですか!」
「しかし、そんな強いならわざわざ“隠されたお宝”なんて探さないで、その力に任せて稼げばいいのに。今回狩ったモンスターのコアだって、決して安くない値段で売れるだろ?」
「私は……だって、戦いたくありません。必要がなければ、何とも……」
彼女は井戸の水をバケツで汲み上げながら答えている。彼女は町で英雄気どりをするでもなく、以前と同じように町の中の仕事の一つを手伝っている。
「戦えば戦わなくて済むのに」
「何言ってるんですか?」
「お、おい! アルメリアちゃんはここに居るか?」
「ど、どうされましたか? また何か現れましたか?」
と、急いでここに現れたおじさんは、しかし次の言葉には詰まっているようであり。
「……? どうされましたか?」
「……多分だけど、あんたの“同族”が来てるよ。街の正面だ」
遺構の壁の上から、外に出ていくアルメリアの背中を見送る。向こうには旅の一団が来ていた。彼らは、彼女が初めにここに来た時に来ていたのと同じマントを羽織っていた。黒いマント、背中には、星型と、二本一対の内側に閉じた曲がり角。
魔王軍、“牡牛の魔王”の傘下の奴らである。そいつらは、アルメリアと違って複数でやって来ていた。俺たちは壁の上から、アルメリアとその集団が接触するのを見守っている。
彼女らは言い合っているようだった。
「どうする? 俺たちも行く?」
「あの子の問題に俺たちが口を挟んじゃ悪いだろ」
同じく壁の上に這いつくばって見物している隣のワカナに声を掛けるが、ワカナはあくまでここで見ている気のようだ。
俺は壁から滑り降り、砂の上に降り立つ。えっほえっほと彼女の元へ。アルメリアが、後ろから来た俺にちらと目を向ける。
「―ですのでアルメリア様。今すぐ私たちのもとへお戻りください。次なる戦の準備はもう始まっています」
「……私は戻らないよ。みんなを率いて戦う気もない」
「何の話をしてるんですかー?」
俺が会話に割って入ると、一斉に目がこちらを向いた。
「……あなたは?」
向こうの集団の一人、眼鏡を掛けたクールそうな女性が俺に聞いてくる。見れば、その髪の隙間から、アルメリアほど立派なものではないが、小さく角が生えている。
「俺は、通りすがりの……」
なんだ、なんと名乗ればいい? 勇者(仮)? いや、その単語を出せば余計ないさかいを招きかねないな。しかし、冒険者? ならずもの? 人間? 何を名乗れば有効的なのだろう。
「……通りすがりです」
「そうか。では存分に通りすがっていけ」
「何の話をしているんですか?」
クールな女性は、俺と、そしてアルメリアの顔とを順番に見る。
「部外者には関係のない話です。さっさと通り過ぎてください」
「いやいや、うちの守護神を持ち帰るだの聞こえてきたよ。困るなぁ、勝手に連れて行ってもらっちゃあ」
「……守護神?」
クールな女性は真顔で俺の言葉を繰り返す。
「そう。このアルメリアさんはこの迷宮街に鎮座し、迷宮街を守護する神なのです」
「違います」
「本人は違うって言ってますけど」
「本人が違うって言ってるだけですよ。それに、アルメリアがうちの町の一員であることには変わりません。無理矢理に連れて行くというなら、それは少し困りますね」
「……キョウゲツさん」
あちらの女性は、再びアルメリアと俺の顔を見て、ふむと頷く。
「ならば、アルメリア様は我々のもとへ帰る気がないと?」
「……それは、違います」
アルメリアは静かに否定する。が、あちらの女性は厳しい口調でアルメリアを問い詰める。
「変わりませんよ。あなたが欠けた所で、我々の一族が辿る運命は変わりません。我々は再び争いの渦に巻き込まれる、それを、誰が指揮するかという違いしかありません」
「……それも違います。私が、どうにかたくさん稼いでくるので、みんなで争いのない場所へ引っ越しましょう」
「どこへ行くと? 我々一族が移り住めるだけの土地がどこにあると?」
「それは……」
「お金も手元にない、行く当てもない。あなたはただ逃れて夢を見ているだけです。そうしている間にも、隣では我らが同胞たちが力を磨き、“上”を睨んでその座を狙っている。争いが始まったとき、私たちが何の準備もしていなければ他に巻き込まれ、敗北し、尊厳を奪われ、その下につき、より低い位置で争いに使われるでしょう。我々は我々を守るためにまず力を磨かなければならない、そのためには優秀な頭が、一族を取りまとめる頭が、あなたが必要なのです。アルメリア様」
うわぁ、思ったより重い話だぁ。俺が軽く頭を突っ込める話題では無かったな……。
「……逃げればいいんですよ。私みたいに。みんなで、争いのない遠い土地まで」
「……あくまで、それがあなたの意志ですか」
「……すみません。でも、お金は必ず持って帰りますから。それまで……」
「待っていてくれと? 私たちが? それとも、我々の周りの一族が?」
「……」
クールなあちらの女性は、ほうと息を緩める。
「そうですね。私はあなたと話していて、考えを改めました」
「……リュエル」
「私はあなたを、力ずくで連れ帰りましょう。一族がまとまるならお飾りの頭でも構いません、あなたは、私たちの指示にただ従えばいい」
魔王軍の彼女らは、一斉に黒いマントを脱ぎ去った。
「私たちは……私たちは何も間違ったことなど言っていない……」
アルメリアが薙ぎ倒した魔王軍の集団が、あちこちに砂に刺さっている。
「……リュエル」
「あなただけではないのですよ、“頭”の候補は。後日、“その人”を連れて再びあなたの元を伺います。必要なのは一族を取りまとめる“頭”だけ……“その人”は、今のままでは足りないが、あなたを、“タウロス・アルメリア”を倒したという称号があれば、それも事足りる……」
「……」
「あなたは“その人”に負ける。我々の一族は再び争いの場に向かっていく。あなた一人で逃げればいい……どこへだって逃げて、好きなように夢を見て暮らしていればいい……」
「……」
「また後日、会いましょう、アルメリア。それでは」
ぼろぼろの彼女らは、風に飛ばされたマントを拾って羽織り直し、再び砂の上を歩いてどこかへと去って行った。




