第二十話、雨の日の休息
俺は集落の中に歩いているアルメリアを見つけ、彼女に近づき話しかける。
「よっ。まだ居るんだね」
俺が話しかけると、彼女は露骨に嫌そうな顔をする。
「な、なんですか……?」
「財宝探しは順調? それとももう諦めたー?」
「べ、別に何でもいいじゃないですか……」
彼女の顔色を見るに、そっちが好調でないことだけは分かる。
「キョウゲツさんだって、よそものなのにずっとここに居るじゃないですか」
「おいおい、余所者の先輩であるところの俺に向かってその口の利き方はなんだい?」
「キョウゲツさんこそ、なんでずっとここに居るんですか? よそもののくせに」
「俺は……」
俺は……あれ、なんだっけ。と、ぽたりと俺の頬に雫が落ちてきた。見上げれば、重く銀色の空からはいつでも雨が落ちてきそうで。
「あぁ! おばあちゃんちの洗濯物が外に干しっぱなしです! 急いで取り込みに行かないと!」
彼女はぱたぱたと、俺の前から忙しなく去っていく。
この迷宮街は熱帯ではないものの、砂漠地帯である所を見るに降雨が少ないのだろう。俺が来てから雨を見たのも初めてだ。俺は今日の日の狩りをどうするか、とりあえずワカナ家の中に避難する。
開けっ放しの窓の外で雨音がする。湿った風が窓から入り込んでくる。そのうち小雨が砂漠全体を覆っていた。
ぼーっと窓の外を眺めていると、ギィと二階の扉が開く、そこからワカナ(姉)が姿を見せている。
「きょ、キョウゲツくん……」
「おやお姉さん。お目覚めですか? どうぞ遠慮せず降りて来てくださいよ」
屋内の壁に沿って付けられた階段を、フタバさんは一段ずつ降りてくる。
「今、何してたの?」
「なんでしょうね。雨の日は、何をしようと思って」
彼女は、俺に言われて窓の外を眺める。今も小雨が町の上に降っている。
「雨の日くらい、お休みでいいんじゃない?」
「居候の身で、あまり怠けるわけにも」
「いいよ。キョウゲツくんは毎日働いてきてくれてるしね。家主の私が許す」
「でもお姉さんこの家で権力無いじゃないですか」
「あー、言ったなー?」
フタバさんは冷蔵の魔道具から皿を取り出して、テーブルに着いてそれを食べ始める。人見知りのこの人は最初は顔も出してきてくれなかったが、最近は慣れたものだ。
「俺はいつまでここに居るんでしょうね」
俺は窓の外の雨を見ながら、お姉さんにそうぽつりと漏らす。
「……? いつまでも居たら?」
「そういう訳には。俺には、やることが……」
「そうなの?」
この町での暮らしは心地が良かった。束縛もなく、急かされることも、目に見える大きな危機もなく、俺には狩りという俺の役割を果たせる場所があり、集落のみんなは優しく、この町は居心地がいい。
「俺は……俺は、なんでここに居るんでしょうね」
「理由とか要るの? 別に要らなくない?」
俺は窓の外から目を離し、ぼんやりと正面のフタバさんに目を戻す。フタバさんはもそもそとなんかの葉っぱを食しており、まるで小動物の食事を見ているみたいだった。
「……俺は、そういう生き物なんです」
「そうなの? 難儀だねぇ」
要らない……要らないのだろうか? 俺は何の理由もなく、この町に居続けて……。
俺は再び窓の外に目を戻す。俺は、強くなりたいはずだった。強くなって、勇者に戻る? いや、違うな。強くなってもっとたくさんの人を助けられるようになりたい。でも、この町にはそうやって、俺が助けるべき人なんか見当たらない。
この小さな世界は俺が手を貸さなくてももちろん成り立っていて、俺も、何もせずともその中に入ることが出来る。この小さな世界に、俺を強くなれと急かすものは何もない、だから気楽で居られる。だから……心地が良いのか?
「わがままな妹が欲しいですね」
「いもうと?」
「妹が居たんです。小さい時はか弱い奴でした。ずっと俺の背中を付いて来て、俺もその手を握って引っ張っていて……でも、いつの間にか一人で歩けるようになっていた。それどころか、俺なんかよりも、ずっと立派に……」
……あれ、俺は何の話をしているんだっけ。“妹”? 俺に妹が居たのか? それは……こっちへ来る前の、記憶だろうか。思うに、俺の中のそれは消されていて、今は思い出せなかったはずだ。
「あぁ……分かる。と言っても、うちの妹は最初からずっと頼りになって、私はずっと頼りにならなかったけど……先に生まれただけなのにね、わたし。私が妹なら、遠慮なくミツバちゃんに甘えられたのかな……?」
「……いもうと? ミツバが? 女?」
「うん……あれ? まだ知らないの? ミツバちゃんは女の方が“元”だよ?」
「女の方が元?」
「うん。ほら、ミツバちゃん性別自由に変えられるじゃん……」
“じゃん”と言われても初耳ですね……。どういう体質? 鬼の血由来? それとも俺が知らないだけでこの世界みんなそうなの?
「……あれ? もしかして……まだ、知らなかった? うそ、これくらいの仲ならもう教えられてるものかと……お、女だったことは知ってるよね? この町じゃずっと女の方だったし……」
ぼかされてましたね。見ていれば、彼女は俺の反応を見て、あわあわとフタバさんがひとりでに慌て始める。
「こここ、このことは私から聞いたって言わないで! お願い! わたしがミツバちゃんに怒られちゃう!」
「いえ、その時が来れば遠慮なく。売ります」
「ねぇねぇねぇキョウゲツくんお願い! ミツバちゃんの何か欲しいものある? 私がこっそりとってきてあげるから!」
「あまり罪を重ねない方がいいですよ」
ふーん。ワカナが女かぁ。でもまぁ、本人から何か言われた訳でもないし、それを知って俺から何かを変えるのも違うのかな。俺たちが家の中で騒いでいる間も、外の砂漠では雨は無情に降り続けている。




