第十三話、迷宮街の噂
彼の黄金街で、俺は俺の知らない強さに触れた。俺はどうすればあれらが手に入る? お金を積めば? あるいは経験を積んでいけば、俺はあの人たちと同じ高みへ行ける?
分からない……が、彼らの身に着けているそれらは、俺が持っているものとは明らかに質が違った。彼らと同じ装いを身に着ければ俺もまた強くなれるのだろうか。分からないが、一個ずつ、手に入る所から身に付けて行こう。そのためには……そう。
まずはお金が要るな。
*
今日は久々に部屋の中でゆっくり寝ることができた。森林街に取っている宿の部屋の中で、黄金街での出来事や、ツバキの顔を思い出しながら、俺はゆっくり眠りの中に落ちていった。
窓の外から通りの賑わいが聞こえてくる。どこかで鳥の鳴く声が聞こえ、まぶたの裏には、部屋の中に差し込んできている陽光が焼き付いている。目を開けば知っている天井だった。
俺は目を開き、上体を起こす。部屋の中を見渡せば、そこにジャノメが座っている。
「おはよ……あれ、鍵掛け忘れたっけ……」
俺は寝ぼけ眼でそこに座っているジャノメの顔を見つめる。夢ではないだろう。
「おはよ。鍵ならミナモが開けてくれたぞ」
「……そのミナモさんは?」
部屋の中を見渡すがそいつは居ないし、部屋の中に彼女が隠れられるような場所はない。
「もう帰った」
あいつ……次から来たことが分かるようにトラップでも仕掛けておくか……。
「ジャノメは、もう朝ごはん食べたー?」
「まだ」
「じゃあ一緒に食べに行こー」
宿を出て通りの向かいには、朝食の美味しい喫茶店がある。俺たちがそこに入っていくと、店の中にシラアイの顔を見つける。
「あ! シラアイも帰って来てたんだー」
「……なんじゃ。せっかく静かな朝を楽しんでおったのに」
俺はシラアイが座っている席へと押し入り、俺たちの分も朝食を頼んでいく。
「シラアイ、帰ってくるの遅かったねー」
「……わらわがどこで何をしてようが、わらわの勝手であろ」
「別に駄目とは言ってないよ」
「……そちの方こそ、街へ帰ってきてからも忙しなくどこかへ出掛けておったそうじゃな」
「ちょっと人助けをねー」
と、俺たちの分の朝食も運ばれてくる。籠に入った美味しそうなパン、ジャム。香りのいいコーヒー。
「シラアイ、稼いで来たんだろ? ここはわしの分まで出してくれ」
と、ジャノメが机の上に手を出してバンバンと叩いてそう言っている。行儀が悪いので止めさせた。
「調子に乗るな。わらわが稼いだ金はわらわのじゃ。金がないのなら、そこの、頭と口と財布の紐が緩そうな男に頼むがよい」
「俺かねないよー」
俺がそう返せば、シラアイは小首を傾げる。
「……なんじゃ。あのワカナとかいう小僧と一緒に稼いでいたであろう。……まさか、そちはもう使い果たしたのか? 少なくない稼ぎを得たろうに。金遣いの荒い男じゃの」
「……あー、その事なんだけどねー」
俺は、ワカナに報酬の持ち逃げをされたことをシラアイに話した。
「……それは、災難であったの」
「まぁどうせ稼ぎをアテにして行った訳じゃないし、あの子が居なかったら俺はろくに稼ぎを得られなかったのも事実、なんだけど……」
どうにも割り切れない感じがある。なんと言っても金は金、それがあればまた俺は前に進めた。あるいは、あの子から説明があって、「やっぱりお前の働きにしてはあげすぎだから報酬の割合は再考な」と言ってくれたなら、俺も素直に受け入れられた。別に減らされる分にも文句はない。
なぜ何も言わずに持ち逃げなんてして行ったのだろう、一度だけ使えるというナイフも、使い所が分からないし触れずじまいだ。
俺が渋い顔をしていたのか、シラアイの方からまた聞いてくる。
「あの小僧の行方は掴めなかったのか?」
「掴もうにも、誰に聞いても知らないって言うしね。あの街で一番一緒に居て話してたのは、たぶん俺だろうし」
「割り切れんの」
俺がうんうん唸りながらバスケットの中のパンを摘まんでいると、ふと思い出す。
「そう言えば。シラアイ、迷宮街って知ってる?」
「“迷宮街”?」
「そう。たしか、ほかの冒険者から、“迷宮街のワカナ”って呼ばれていたのを聞いた気がする」
確か、鎧を着て密輸を行おうとしていた運び屋の強い青年だ。あいつがワカナをそう呼んでいたのを聞いた。
「“迷宮街”……か」
シラアイは再び、その単語を繰り返す。
「知ってる?」
俺が聞けば、シラアイは語りだす。
「……砂漠の上に残っている、岩で出来た昔の街の遺構じゃな。街とは言うが、今はもう街ではない」
「じゃあここみたいな、ギルドのある街じゃないんだ」
「そうじゃな。どちらかと言うと異界に近い、モンスターに奪われた土地の上じゃ。じゃが……そうじゃの。その遺構のどこかには、地下への入り口があり、そこから続く地下迷宮の奥深くには財宝が眠っている。そういう噂が出回っておる」
迷宮街の財宝。俺が黙っていると、シラアイはさらに説明を続ける。
「街ではないが、地上の遺構には少数の流れ着いた民族が隠れて暮らしておるという。それらの遺構はそいつらの縄張りであり、許可がなければ、地下への入り口はおろか地上の遺構の中すらうろつけん。そういう場所じゃの」
「……じゃあ、その地上の遺構に住んでるっていう民族の中に、ワカナが居るかもしれないってこと?」
「あくまで推測じゃが、その可能性が高いの」
迷宮街のワカナ。少しだが、あの子に繋がる情報が出てきた。
「どうする? 行ってみる気かの?」
……どうしよう。でもまぁ、
「やっぱり気になるしね。黙って居なくなられたのも癪だし、やっぱり本人から話が聞きたいよ。何か深い理由があるかもしれないしね」
「しかし、言った通りあの街は排他的じゃぞ、余所者は入れん。どうする気かの?」
「うーん。ワカナの知り合いって言ったら入れてくれないかな? 本人もそこに居るかもしれないし」
「……まぁ止めはせんが。行く気なら気を付けて行くのじゃぞ」
「うん。ありがと」
と、もくもくと籠の中のパンを食べていたジャノメだったが、話がひと段落したのを見て、隣の俺の顔を見上げている。
「なんじゃ、またどっか行く気か」
「……ジャノメも来る?」
「行かん。砂漠は暑い」
どこなら来るんだよお前。俺がシラアイを見れば、彼女も首を横に振る。
「わらわもパスじゃの。最近は落ち着かなく飛び回っていて疲れた。しばらくは、居場所を一つところに絞って、ゆっくりしたいの」
「おっけー。じゃあまぁ、一人で行くかー」




