授業:魔法実演
全員の身体属性を調べ終えた後、俺たちは校庭へと出てきた。先生は今も立ち並ぶ俺たちの前に立っている。天気は快晴、青い空と眩む太陽の下、校庭を囲む雑木林がひそかに揺れている。
「戦闘において魔法を用いるということは、実はあまりないのですよ。魔法は、体内の魔力を主に使用するという都合上、一日で使える魔法には上限があり、また体内の魔力を消耗すると人間は精神的に疲弊し、度が過ぎれば気絶します。戦闘において魔法を使うのは、切り札的な使い方か、あるいはその道に特化した魔法使いなどになります」
魔法は、戦闘において多くの場面で使われる訳ではないと。
「だから、今日魔法を覚えても、「明日からばんばん魔法を使って戦おう!」と、なる方は少ないと思います。ですが、魔法を使用するという感覚は、この世界の様々な場面で使うことになり、非常に重要な能力になってきます。早く覚えて損はないです。今日はその感覚を覚えましょう」
先生は、校庭に並ぶ俺たちの姿を見下ろす。風が吹いて足元の砂を巻き上げていく。魔法を使う感覚を掴む?
「また、今回みなさんが魔法を使う練習する際にも、もちろん魔力は消耗され、それに応じて精神的疲弊が発生します。留意しておいてください」
と、先生はどこからか袋を取り出した。ごわごわの袋の口を緩めれば、その中には、色とりどりの大粒の結晶が入っている。透明で綺麗な結晶だ、ミナモさんが飛びつきそう。
「魔法を使う、と言っても、みなさんにはまだその感覚が分かりませんよね。よって、まずはこの“魔石”を使ってみましょう。濃度の濃い“魔石”は、魔力を流し込むと反応し、“魔石”の属性に応じた現象を石から放出します。この一連の流れを“原魔法”と呼びます。この“原魔法”で、まずは魔法を使う感覚を掴みましょう。その次に、魔石なしで魔法を放てるようになります」
先生が抱えている魔石にはそれぞれ属性があり、自由に選んでいいといわれたので、俺は身体属性と同じ、黄緑色の“風”の魔石を選び、袋から手に取った。
「みなさん、それぞれ十分な距離を取りましたか? それでは、手の平の上に魔石を置き、目を閉じてみてください」
俺は言われた通り目を閉じる。俺は校庭の上直立し、片手を掲げ、その上に石を載せている。風が吹いて、その辺の木々の葉が擦れ、心地よい音が聞こえる。太陽は上からも、砂に反射して下からも光を照らして、瞼の裏の赤が目に焼き付く。
「体の中に流れるものを感じてください」
“体の中に流れるものを感じる”? 何言ってるの? よく分からないが、まぁ言われた通りやるしかない。俺は全身の感覚に意識を集中させ、徐々に深く、その感覚を伸ばしていく……どこかに何かないか……体の内に、流れるもの……。心臓の鼓動に、全身の血脈が波打つ。
と、それはすぐに見つかった。ざわ、と、手のひらだ。何かざわざわする。手のひらに乗る石の重さ、冷たさ、それら以外の……手のひらと石との接点に、穴が開き、そこから何かが流れ出ているように感じる。
それは、手の平のあたりの体内を満たす何かを吸い上げ、外に漏らしているような感じで……その流れ出す“何か”に気づいた途端、俺は俺の全身を満たしていた“それら”にも気づいた。
俺の体の中を、何かが均一に満たしていた。そして静かに、隙間風でも吹くように、俺の手のひらから、それは僅かに漏れて流れていっている。
「感じとれましたか? 感じ取れたなら、その力を石へと流し込んでください」
校庭の上、風の音と木々が揺れる音、そして穏やかな先生の声が聞こえる。
力を、流し込む……? 俺は、俺の体の中を満たすそれへとさらに意識を向ける、押し流す、押し流す……俺の体内に残っているそれを、さらに石の方へと、押し流す……。
体の中のそれが動き出した。俺が目をわずかに開けると、掲げた右手の手の平の上、乗せた石が輝いている。細かく明滅を繰り返し、透明な石の中に閉じ込められた黄緑色の煌めきは、徐々に、徐々に光を強めていく。
「それが出来たなら目を開いて……あとは、起爆してください。なんかこう……力任せに、こうっ!」
説明。起爆? 力任せに? とりあえず、ぐんと、手の平の上に力を込めた。石の中の光がひときわ大きく輝く、そして―
鮮やかな黄緑色の光の帯を残し、手の平の石から、真上に、突風が沸き起こった。
ふわと前髪が浮く、風の残滓に服がはためく。出来た、魔法……これが魔法……。
「ふむ。何人かはできたみたいですね。ではいったん別れましょうか、“原魔法”を一度成功させた人間はこっち側に来てください。そのまま、再び何度か“原魔法”を成功させてみましょう。まだ出来ていない人間も、慌てる必要はありませんよ。これはあなたたちの常識にはない、新しい感覚です。先生が出来るまで付いているので、みなさんゆっくりでいいですよ」




