第九話、落ちた雛 ーII
「ここのところ、何があったか、聞いてあげる。ゆっくりでいいから話してみて」
少女はしばらく動かないままだったが、俺は少女が何か言うまで、辛抱強く待ち続けた。
「……うまくいかなかった」
「何が?」
「狩りが。私は……私は、魔法を扱うセンスが無くて、武器を扱うセンスも無くて、そのまま……」
「そんなことないよ。なんでそう思ったの?」
「私は……モンスターを倒せなかった……一匹も! 私は、叔父さんから貰ったロッドを使いこなせることもなく、ただ……」
少女はベッドの上でへたり込み、俯いたまま、少女の目からぽろぽろとまた、大粒の涙が零れてくる。
「そんなことないよ。君は、ただ戦場に出るのが早かっ―」
「わだしは!!!」
俺は、顔を上げた少女の顔を、両手で挟んでそのまま固定する。少女と目が合った。
「君は、あの銀色のロッドだけで戦おうとしてたの?」
「……」
「“天使の技”は、使わなかったんだ」
「……」
「えらいね。ちゃんと言い付けは守ってて。でも、ロッドを上手く使いこなせなくて、ロッドを使うだけじゃ上手くモンスターは倒せなかった」
「……」
「今の君は、誰の庇護も受けずに一人で出てきて、一人で冒険者を始めたんだ」
「……」
「お金も大して持ってなかったんでしょ? でも、モンスターは倒せなくて、日に日に手持ちのお金は無くなっていく。この町では縁もない、助けを求めようにも知らない大人ばかり。自分でも声を掛けられそうな同年代の子供なんて見当たらない。君は一人でどうにかしなきゃいけなかった。でも、出来なかったんだ」
少女の目から、またぽろぽろと涙が零れていく。
「せんせ……せんせ……わたし、わたし何も出来ない……」
「そんなことないよ。また、ツバキが出来るようになるまで、先生が一緒に居てあげるからね。前だってうまく行ったでしょ? 今回もそう」
顔を両手で挟んで、上げさせたままだったが、少女の目線は落ちて行く。俺が、彼女の視界から外れていく。
「でも、方法は選ぶべきじゃなかったね」
「……」
「君はまだ子供だから、なんて、周りの人間はもう言ってくれないね。こっちの世界に来たからにはね」
「……」
「君の思う高潔なやり方だけじゃ、君は今日を生きていけないよ」
少女の目から、再び大粒の涙が溢れてくる。
「わたし……叔父さんみたいに……人を守れる冒険者に……」
「馬鹿だね。それは強くなった後の話。君が、君のしたいことを、人を救うためには、まずは自分のことを考えて強くならなきゃいけないんだ」
「わたし……でも……」
「ここは、君の成長を待ってくれる学校じゃない。君は何よりもまず、君が今日を生きていくために日銭を稼がなきゃいけないんだ。方法なんて選んでいる場合じゃない」
「わたし……わたしは……」
少女の目からそれが流れ落ちて、ぽとぽとと、ベッドの上に染みを作っていく。
「天使にならなきゃ、いけないの……?」
あぁ、そうか。なるほど。この子の思考はそこで止まってしまうのか。
「違うよ。ガリウスさんも言ってたでしょ、君は君のために、そして君を求める人のために、その力には頼っちゃいけない」
「でも……このロッドだけじゃ……」
「そうだね。君に、その導器はまだ難しかったかもしれないね。ほかの、使いやすい武器に……」
俺がそう言い掛けると、少女はふるふると首を振る。
「いや……」
「……ツバキ」
「いや……だって、これは叔父さんが私にくれた、大切なもの……これを手放したら、私は冒険者になった意味がない……」
少女は俯き、震える声で、そう言葉を漏らした。
なるほどね。問題はここかぁ。俺は少女の顔から手を放し、再び頭を撫でて慰める作業に入る。
少女は今、“氷”の棒の導器という武器を手にしている。導器とは、魔力と親和性の高い特殊な素材で出来ており、またそれぞれが属性を持ち、流した魔力を固有の属性に変える“変換器”の機能も持っている。
しかし高価で優秀な武器とはいえ、何もしなければそれはただの銀色の軽い棒。振り回してぶつけても相手に大した痛手は与えられない。これで戦うためにはまず、彼がやってくれていたように、魔力を通して氷の刃を作ったりと、氷の武器を付けてから使わなければならないのだ。
しかし、彼はいとも簡単にやってのけていたが、もちろんそれは簡単に真似できるような技じゃない。
まず、棒に十分な硬度と適した造形を持った“氷”を作らなければならないし、その上で戦闘中はそれを維持しなければならない。難易度で言えば魔法の難度は中級魔法に当たり、実際にそれをやるなら、さらに剣を振るいながら魔法を維持する必要がある。
形の指定まで行う中級魔法は、時に詠唱が必要な集中力の要る作業である。それを片手間に行うには魔法自体の練度も必要で、マルチタスクの才能も要る。到底、今日冒険者を始めようという人間が手に出していい技術ではない。
そして、ツバキもその習得にあたり躓いたのだ。
だが、ツバキ自身はこの導器を使わなければいけないと思っている、そうでないなら、つまりガリウスさんの言うことを聞かないというのなら、“天使の技”に手を出して戦わなければならないという思考に陥っている。
やりたいことの挫折、それを回避しなければ禁忌の技。少女はその二つの板挟みにあって、動けなくなってしまったのだ。
もちろん解決策は簡単だ。ロッドを手放しても別に“天使の技”を使う必要はない。ほかの、戦いやすくて使いやすい武器を手にしてでも戦えばいいという話。だが、少女の頭の中では、それはすでに決まってしまっていて、ロッドを使うか、それとも“天使の技”を使うか、の二つだ。
じゃあ、そうでない、三つ目の選択肢を少女に受け入れさせるには、俺はどうすればいい?
「あー……」
俺は少女の頭に目を戻す。少女は今も俯いてベッドに座り込んでおり、ただ撫でられるがままにされている。そうだな、俺への信頼を利用するか。
「……ツバキに、さ。新しい武器をプレゼントしようと思ってたんだ」
少女は重く、頭を上げる。
「本命のじゃないよ、ロッドはすでにあるしさ。そうじゃなくて、サブの、練習用の武器とかあったら便利でしょ? ほら、俺も二本持ってるんだよね。ギルドのロングソードと、ペイントソードと」
「れんしゅうようの……ぶき?」
「そう。受け取ってくれるよね? ツバキ」
少女は俯き、目を泳がせる。
「……貰えない。先生には……ただでさえ、貰ってばっかりなのに……」
「いやいや、冒険者が先輩から後輩に物を贈るのは普通のことなんだよ? 俺もシラアイ……俺の冒険者の先輩から“溜め切り”っていうスキル石を貰ったし、ツバキもガリウスさんからもう武器を貰ってるわけでしょ?」
「ふつうの……こと……?」
「そう。普通のこと。このことを恩に思うなら、いつか出来たツバキの後輩に、また何かを送ればいい。もちろん、ツバキが独り立ちした後でね」
なんかこの感じで押せば行けそう。少女はぼーっと俯いたまま何かを考えているようだ。
「じゃあ、さっそく武器を選びに行こっか。どんな武器がいいかな? せっかくなら、今のツバキが使いやすいものを選びたいし、一つずつ握って試して行こう?」
「いま……から……?」
「そう。今から。俺も、いつまでもツバキと一緒に居られる訳じゃないよ、ほら、立って」




