第九話、落ちた雛
部屋に戻ってきて、転移剣の転移を踏んでミナモさんの部屋へと帰って来た。視界が切り替わって部屋の中を見れば、部屋のベッドでミナモさんが今もくつろいでいる。
「あ、おかえりー。ジャノメちゃんとこ帰ってきたー?」
「あ、え、ジャノメ?」
ミナモさんはベッドでうつ伏せになったままそう聞いてくる。こいつ、いつの間にジャノメと知り合って……って、黄金街に行ってたことも知ってる? 来てたんか? こいつ。もしかして俺が知らないだけで頻繁に来てる?
「ほら魔法陣、消費魔力高いから、ジャノメちゃんに魔力の補充を―」
「あーっと、それまた今度でいい? 今ちょっと急いでるから。外出てくるね!」
「えー? あ、おい、私んちを便利なワープポイントとして利用するんじゃ―」
俺は外に出てきた、部屋の扉を開ければそこは見慣れたアイリスの街の中だ。俺は各地への転移陣が置かれている、噴水のある街の広場へと足を急がせる。俺はギルドの受付さんに聞いた通りの最寄りの街へと目指し、移動の魔方陣を踏んで行った。
魔法陣のある街からさらにバスに乗り、そのギルドのある町を目指す。深度“ゼロ”内の、平和な田舎の地域にある町だった。
バスが停留所に着き、俺は弾かれたように飛び出し町の中のギルドへと駆けていく。
「すみません! ここに、“ツバキ・アークロイド”という冒険者は在籍していますか!?」
俺はギルドの受付でカウンターに両手を叩きつけてそう聞いた。受付さんは驚いていたが、俺が出した名前を聞いてはっとした様子を見せる。
「……すみませんが、あなたがどなたか、名前を伺っても?」
「“森林街のキョウゲツ”です! 彼女から伝言を受け取ってここまで! 今彼女はどこに居ますか!?」
と、俺の声が聞こえたか、おばちゃんの職員も向こうからやって来た。
「……ツバキさんなら、今も部屋で休んでおられますよ」
「……部屋で?」
何か危険なことに巻き込まれてるとか、あるいは大怪我して動けないとか、どこかから帰って来れないとか、そういう話ではないのか?
「その……あまり話せるようなことではないのですが……あの少女は、部屋の中にふさぎ込んでいて、ここの所しばらくギルドにも顔を出していません。彼女は、ギルド管理の建物の部屋を借りているのですが……」
部屋には居るが……出てこない?
「その……私からこのようなお願いをするのも、差し出がましいことなのかもしれませんが……よければ、あの少女に会いに行ってくれませんか?」
俺は教えられたとおりの道順を辿り、ギルド管理の無料の貸し部屋のある建物までやって来た。情報には号室もある。俺はその建物の一つの扉の前に行き、コンコンと、扉を叩く。
「ツバキ、居るか? 先生だ、キョウゲツだ」
返事が返って来ない、ノブを回して扉を押すと……カギは、掛かっていなかった。扉が開く。
そこには散らかった部屋がある。あの真面目そうな少女の部屋だとは思えなかった。部屋は狭く、ベッドとわずかな空間しかなくて、一瞥して簡単に見回せる。ベッドの上で、少女が膝を抱え毛布を被ってうずくまっていた。扉を開けたことで光が中に差し込み、それで気づいたのか、少女がわずかに顔を上げる。
「……ぇんせ……?」
「その……散らかってるな。入っていいか? あぁ……土産も何も持って来てないんだが……」
少女の頭から布団がずり落ちる、少女はよろよろと体を持ち上げ、こちらの方に這って歩いてこようとしている。俺は自分からベッドの傍まで歩いて近づいた。
「……どうした? ツバキ。風邪なんか引いたか?」
「……ぇんせ………せんせ……」
よろよろと少女は這ってきて、その頭をぼすんと俺の胸にぶつける。手が俺の服を掴んで、少女は俺の体にしがみついてくる。
「せんせ……わたし……わたし、がんばったのに……がんばったのに、何も出来なくて……」
少女は俺の胸に上体を預けながら、掠れて酷く聞きづらい声で喋っている。
「わだし……わだし…なにも、なにも……!!!」
俺は少女の頭に手を伸ばし、優しく触れて、ゆっくりとその小さい頭を撫で下ろしていく。
「大丈夫だよ。ほら、もう先生が来たよ」
「わだし……なにも……っ!!」
「先生が来たから。もう大丈夫だよ。ツバキが出来るようになるまで、俺が一緒に居てあげようね」
俺は柔らかく声を掛けながら、少女が落ち着くまでその頭を撫で続けた。少女の頭が俺の胸から離れた頃には、そこにあった服が少女の涙と鼻水でぐしょぐしょになっている。
「あ……わたし……先生の服を……」
「汚れちゃったねぇ。まぁ部屋も汚いし、まずは色々片付けながらにしよっか」
服を着替えて、彼女の顔を拭いて。部屋を片付けて、近くで、軽い食べ物も買ってくる。
「おかね……」
「あぁ、いいよいいよ。気にしないで。ちょうどいっぱい稼いできたとこなんだ。ほかに食べたいものあったらそっちも買ってくるよ」
「……それがいい……」
手元にはギルドの売店で買ってきた、軽食のサンドイッチと飲み物が二つずつ。値段は安いが栄養バランスも良くてカロリーがある。優秀な冒険者のお供。
少女は渡したサンドイッチを、はぐはぐと食べている。食べ終わり、渡したお茶もごくごく飲んでいる。その間はずっと無言だった。俺も、買ってきた自分の分を食べながら少女のそんな様子を眺めていた。
少女は食べ終わり、ベッドでへたり込んだまま、空っぽになった手元をぼーっと眺めている。
「まだ食べたい?」
俺が聞くと、少女は力なく首を横に振る。
「ここのところ、何があったか、聞いてあげる。ゆっくりでいいから話してみて」




