第六話、“黄金祭り”本祭―四日目―*
「今日は狩り場に行くぞ」
宿の部屋の前に姿を見せたワカナは、突然そんなことを言い出す。
「急にどうして?」
「とにかく、今日はモンスターと戦える準備をしといてくれ」
俺たちは、見慣れた狩り場までの道の上を、今度は俺たちの足で歩いて狩り場まで向かっている。
「今日はモンスターをたくさん狩って金塊を稼ぐぞ。もちろん、街まで無事に帰りつけるまでが成功だ」
彼は狩り場までの道を歩きながらそう説明してくれる。
「どうして急に真面目に働く気になったの?」
俺が聞けば、ワカナは答えてくれる。
「ほら、祭りは下から弱い奴が抜けてくだろ? もう俺たちの下に冒険者が居ないんだ、次は俺たちがモンスターを狩って、そして帰りに冒険者に狙われる番だ」
しばらくすると、荒野の上から森の中に入っていく。どこかから水の音がする。緑の木々は鮮やかに生い茂っている。
「意外だね。俺たちが狩られる側ってことは、稼いでもどうせ金塊は取り上げられるじゃん」
「今まで見て来なかったか? 俺たちが、金塊の量に対して倒すのに見合わない実力を持ってたら見逃される、街まで無事に持ち帰れる」
まぁ、それは幾度となく見てきたけど。
「じゃあ、金塊は控えめに持って帰るってこと?」
「違うな。吊り上げるのは、見かけの実力の方だ」
そんなん出来んの? まぁなんにせよ、話は金塊を集めてからだ。森の中を歩いていれば、やがて幅の広く浅い河川に出た。川の水はえらく濁っており褐色で、褐色の川が森の中を開いて横たわっている。
「見えるか? あのトカゲみたいなの。あれが今回の対象だな」
ワカナの指のさす先を見れば、トカゲ……輪郭はトカゲだが、本体はウナギに腕と足の生えたような見た目の、水棲のモンスターがぴちゃぴちゃと川を歩いて渡っている。
「にーちゃんの今の実力なら、三発か四発入れれば倒せるだろ。反撃に気を付けて、出来るだけたくさん狩って行くぞ」
モンスターは、多少反抗心のある大型の魚くらいの強さだった。現実に換算すれば、ブラックバス十体分くらいの強さだろう。ブラックバスと戦ったことないけど。俺たちは川の上にそれを見つけ次第、難なく狩って金塊を集めていく。
「言われていたけど、簡単だねぇ」
「あぁ。そのくせ高く売れるものを落とす。だから人がこれだけ集まる」
しばらくして、モンスターから落ちた金色の石が、支給された袋の中に三分の一ほど溜まっている。
「昨日は結局あんまり稼げなかったし……最低でも、これくらいは持って帰りたいな」
ワカナはそう言って、濡れた袋の中を見下ろしている。
「でもこの量じゃ、俺たちは太ったカモじゃない?」
「そのまま行けばな」
袋は所定通り、俺が運搬を請け負うことになった、場のレベルは上がっており、すでに俺の手が出せないところまでレベルが上がってしまっている。俺は今日は戦闘に参加するつもりはない、ただの後ろで袋を運ぶだけの荷物持ちだ。つまり、戦闘面はワカナに丸投げ。成功するもしないもワカナ次第。
もうすぐ天を遮る森の覆いが切れる。そこからは荒野、道行く冒険者たちを狩ろうと数多の冒険者たちが待ち受ける、欲が渦巻く黄金街の一番通り。
街までの道のりは結構ある、全力で走っても息が続かないし、脇に居る冒険者たちが次々行く手を遮るだろう。ごり押しでは通れない。もうすぐ森が切れる。
俺たちは荒野の上に出た。後は、街まで道の上を歩いていくだけだ。虎視眈々と、俺たちを品定めする冒険者たちの目が俺たちを狙っている。
緊張するな……昨日まで何度も見送った、肩を縮こまらせながら道の上を歩いて行った冒険者たちの気持ちが今ならよく分かる。猛獣の入った鉄格子の合間の道を歩いているような気分だった。そしてその鉄格子は、彼らの気分次第でいつでも押し倒される。
「よぉ」
……声が、掛かった。掛かってしまった。俺とワカナは、声の掛かった方を見返す。
「二日ぶりだな」
改めて顔を見れば、そいつは二日目に見たあの運び屋だ。最初は全身鎧の中に金塊を隠し持って運んでおり、ばれてもワカナに実力で圧勝し、街まで大量の金塊を運び通した。
身軽な青年は気さくに俺たちに声を掛けてくる。
「お前らいいもん持ってんな。また俺に稼がせてくれよ」
「……もうあんたは十分稼いだだろ」
ワカナは苦い声で言葉を返す。
「あぁ。そして、お前のおかげで今日も稼ぐさ」
ふっ、と、突然ワカナが笑いを漏らした。ワカナを見れば、彼の肩の力は抜けている。
「いいぜ。やられたら、やり返さないとな?」
「おいおい、今日は降参しなくていいのか? 今ならまだ怪我をしなくて済むぞ」
「あんた、何か勘違いしてないか?」
ワカナは片手を動かし、ゆっくりと腰元のそれを外す。鞘に入った、小型のナイフだった。
「……なに?」
「俺が、前と同じ装備で、あんたに狩られるかもしれないと怯えながら、わざわざこの道の上を歩いてくると思ったのか?」
「……なんだ、そのナイフは」
「特注のナイフさ。気を付けた方がいい、このナイフを鞘から抜いたら、今あんたが立ってるその地面ごと、あんたの体は右と左に真っ二つ」
「ははは、嘘こけよクソガキ、そんなナイフあるんなら最初から―」
少年がナイフを引き抜き素早くそれを縦に振った。その直後。
大地が割れる。少年から目の前の地面が真っ二つに割れて、その亀裂は向こうの彼へと続き、その隣を過ぎてまた荒野を伸びていく。
「ほら、ここには未熟なガキばっかりだろ? 巻き込んでケガさせちゃ悪い。このナイフは、あまり手加減が出来る代物じゃなくてな。出来ればあまり振らせないでくれ」
青年は、隣に出来たその亀裂をのぞき込み、ごくんと生唾を飲み込んだ。
「……はは、そんなもんを隠してただなんて、人が悪い」
「隠してただなんて言うなよ。危なくて使えなかっただけだ。今まではな」
「……」
「どうする? 俺に“喧嘩”を売ってくる気か?」
青年は、じっとワカナの握るナイフを見ていたようだったが、やがて、ゆっくりとその両手を上に挙げた。
「……いや、やめとくよ。俺は“降伏”だ。カモはあんた以外にたくさん居る」
「賢いね。長生きするよ、にーちゃん」
「……そいつはどうも」
青年は、踵を返してその場を戻って行った。大地には、今しがたワカナが付けた大きな傷跡が残ったままだ。
「じゃあ行くぞ」
ワカナは俺に声を掛けてくる。俺は再び金塊の入った袋を背負い、道の上を歩いていく。たくさんの冒険者たちが遠巻きに俺たちを見ていたが、もう誰も声を掛けて来ることはなかった。
「……すごいもの持ってたんだね、ワカナ」
「油断するなよにーちゃん、街に入るまでがこの祭りのルールだ」
≪ひとくち魔物ずかん≫
黄金トカゲ
土気色のトカゲに似た生き物。水棲であり、体は常に濡れ、その手足や背中にはひれがある。金とは異なるが、魔道具に有用な黄金の石を落とすため、目の色を変えた冒険者たちに狙われる。




