第五話、“黄金祭り”本祭―三日目―
「今日も来るよな?」
宿の扉の前に、ワカナが姿を現した。
「昨日はどうだったー?」
街と狩り場の間にある荒野、その上を伸びていく一本の道、それを見渡せるように俺たちは位置取り、今日も道行く冒険者を眺めている。
「お前こそどうだったんだ?」
と、ワカナは聞き返してくる。現地解散だったし、あの後ワカナとは会っていない。
「俺? 俺なら、負けたからさっさと退散したよ」
「そうか。なら良かった」
ワカナはじっと向こうを見ながら、俺との会話に応えてくれる。
「ワカナはどうだったの? 結構遅くまで残ってたみたいだけど」
昨日は少量の金塊を巡って冒険者たちの乱闘が起きていた。俺も参加したものの早々に負け、後は巻き込まれないよう街に帰っていた。
「あぁ。強そうなのが何人か居てな。そいつらと談合を組んでそれ以外を倒して、あとは、談合を組んだ仲間で山分けだ」
あの状況で金塊を持ち帰ったのか。すごいな、なんというか、稼ぎへの執着が。
「やっぱり兄貴はすごいっすねー」
「寝ぼけたこと言ってないでちゃんと見てろ。稼ぐのは日に日に難しくなってくる」
確かに。狩り場から帰ってくる冒険者たちも、毎回巻き上げられたままで居るほど馬鹿ではない。大抵は、実力不足を感じて祭りから抜けていく、そうすると弱い冒険者から居なくなっていく。もうただで狩らせてくれるカモはめったに見かけなくなった。
「今日はなんか作戦かなんかないの。いっぱい稼げそうなの」
「あったとして、俺だけが知ってると思うか?」
「ワンチャン」
はぁと、ワカナは小さく溜息を吐く。
「ご信頼どうも。この場で稼げるのは結局実力か運だ。作戦がいくらあろうが、それを実行できる実力がなければ動けない、あるいはせっかく金塊を得ても、運が悪けりゃ元気な大勢に囲まれて、あるいは早めに現れた強者に見つかって取り上げられる」
「つまり?」
「まぁ一応考えはある。ただ、今日は一日中勝ち目が見えないだろうな、ある程度賭けに出ないと、稼ぎは出ない」
「具体的には?」
ちらと、ワカナは俺の顔を振り返る。
「今日も昨日みたいな“乱闘”が起きる。ただし、昨日よりも掛け金が多い、それから、時間が昨日より遅くて、参加する冒険者たちのレベルも高い」
「経験則?」
「あぁ」
まぁワカナの言うことなら間違いないのだろう。今日は昨日より一段上のレベルの乱闘が起きる。
「そこに参加して、ワンチャン狙うってこと?」
「簡単に言えばそうだな。まぁ、その前にいいチャンスが来ればそっちを優先したいが」
ワカナは、来る冒険者来る冒険者を一人一人見送っていった。今日は空は曇っていて、どんよりとした銀色の雲が空全体を覆っている。風が吹けば、重く湿った空気が草原を撫で上げる。辺りは時間帯の割に少し暗く、意識も多少ボーっとしていた。
「……終わりだな」
と、ワカナが唐突に呟く。風が強くなってきた時間だった。
「終わり?」
「希望的観測は終わった。“乱闘”が始まる。危ないから下がってていいぞ」
ワカナの見ている先を見れば、確かに、ちらほらと待ち構えていた“冒険者狩り”たちが立ち上がり、道の近くへと集まって来ている。昨日の乱闘が始まる前と同じだ。
「俺も一緒に居ていい? 今日はワカナと一緒に戦いたいな」
ちらと、ワカナは俺の顔を見る。
「引き際は見極めろよ」
「うん」
間もなくして、静かだった荒野で冒険者たちの戦闘が始まった。
「あれ、意外と“乱闘”の規模は小さいね」
戦闘は始まったものの、戦っているのは最初の方に立ち上がった5チームだけだ。
「みんな漁夫の利を狙ってんだ。早くに参加するほど勝ち目は薄くなるからな」
「そんなこと言ったらみんな最後を狙うんじゃない?」
「戦闘が起こってる場所を見ろ。街までの距離をだ。街に逃げ込まれたら強奪はもう出来ない、それが出来るラインまで来る前に俺たちも“乱闘”に参加……したかった、が」
と、見れば方々からぞろぞろと冒険者たちが集まってきている、また、森の方からも新たに金塊を抱えた冒険者が帰ってくるのが見えた。
「……こうなりゃ戦略も何もないな。全員強制参加の乱闘だ。隠れていても巻き込まれる」
「どうするの?」
「負けるまで勝つだけだ」
ワカナも立ち上がり、俺も倣って立ち上がる。
程なくして“乱闘”の規模が拡大、激化する。中心は、森の狩り場から帰って来た、金塊の袋を持っている運び屋の冒険者。彼らは、街からまだ遠い道の上で一か所に集まり、その仲間であろう冒険者たちが“冒険者狩り”と戦っているのを見守っている。
俺たちは自分からは動かずその“乱闘”を見守っていたが、やがてほかの冒険者がこちらに寄ってくる。
「よぉおめーら、俺たちと“決闘”しようぜー」
そっちの冒険者のリーダー格らしき男が、俺たちに話しかけてくる。
「見えねーか? 俺たちは今“金塊”を持ってねーんだ、お前らもな。賭けるものがねーよ」
「そうか、じゃあ“喧嘩”だな。怪我したくなかったらさっさと街まで逃げ帰んな、貧乏人ども」
恐らく彼らは、金塊を得た後に漁夫の利のような強奪が起こることを恐れ、周囲の“見学者”たちを“掃除”したいのだろう。
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」
「けっ、おこぼれを待ってる臆病者のくせに、威勢だけは一丁前にありやがる」
彼らは一斉に武器を取り出す、俺もペイントソードを呼び出し握った。
「……お? そっちの弱そうなのもやんのかい?」
と、あっちのリーダー格の男が武器を握った俺を見ている。おそらく俺が運搬役、非戦闘要員だと思っていたのだろう。ワカナもこちらを見ており、俺はこくんと頷いた。
「俺たちは二人だ」
「そうかい。こっちは四人だ、せいぜい頑張りなぁガキども!」
俺は、短刀を構えるワカナの隣を追い抜き、前に出る、そのまま思いっきり跳躍し、スキルを発動させる。
「過ぎた勇気は早死にするぜぇガキ!」
先頭の男の剣が、構えられた杖が、一斉に俺を向いた。
「“潜影”」
飛んだ俺の体は地面の影に沈む。視界が地面をすり抜け暗闇に埋もれる。水中のように、地上の音がくぐもって聞こえずらい。頭上に彼らの足がある、俺はとんだ勢いのまま地中を深く潜って進み、やがて上向きの浮力に引かれて再び地上の草原の上に飛び出す。
「ちっ! 後ろを取られた!」
集団の四人のうち、二人が武器を持った前衛で、後ろの二人がおそらく杖を持った魔法職の後衛だ。俺は詰めて戦うタイプの前衛であり、後衛には近づかれたくないだろう。俺がここでヘイトを狩ってワカナへの負担を減らす。
「小賢しい……“ファイアーボール”!」
杖持ちの一人が火球を生み出しこちらに放った、だが俺に向けられたのはそれだけだった。俺は素早く隣に避けて、火球が地面の草を焼き焦がしながら隣を過ぎ去っていく。追撃は無し、ほかの三人の注意はあっちのワカナに向いているようだった。
向こうで盾持ちの鎧の男が、肩の高さまである大きな盾を掲げてワカナに突っ込んでいくのが見えた。鈍い音がする。突き飛ばされたのは、盾の男の方だった。俺から見て手前へと、盾の男がなんらかの重い衝撃を受けて吹き飛ばされているのが見える。
「……おいおい、青髪のガキはこけおどしなんじゃあ無かったのか……?」
「情報が遅いな、おっさん。俺の怪力は初耳か?」
向こうで彼らは言い合っている。四人の注意がワカナに向き、俺はその隙に魔法使いへと距離を詰めている。
「……なっ!! 後ろ来てるぞ!」
遅い! 俺は峰打ちで、魔法使いの一人の体を杖ごとペイントソードで真一文字に切りつける。
「あぁ!? なんだ、すり抜け……―」
もう一人の魔法使いが杖を俺に向けている、俺は咄嗟に、敵の仲間が間に入るように影に飛び込む。
「ちぃ邪魔が……リカード後ろ!」
「あぁ!? こっちは忙しいんだが―」
振り向いた瞬間には俺の体は地面の下に潜っている。地上で、俺に気を取られたリーダー格の男に向かってワカナが走っていくのが見えた。俺はやがて地上に浮上する。
ワカナはリーダー格の男の持っていた剣を強く蹴り、剣は手を離れくるくると宙を舞っている。
「リカード、一旦避けろ!」
「……ちぃ!」
リーダー格が引いた、俺に魔法を撃つはずだった後衛の一人は、抱えた魔法をそのままワカナへと向けている。
「“アイスウィング”!」
魔法の光は地面へと放たれた、それは草原の一点に触れた途端、氷の波となり地面を凍てつかせ、ワカナの足元まで凍らせた。
「うぉぉぉぉおおお!!」
盾の男が態勢を立て直し再び盾を掲げてワカナへと突進してくる。
「“ライトニング”!」
俺が放った電撃は過たず盾の正面に命中、だが魔法除けでも施されていたか、金属製の盾は電気を受け取らず、電撃は盾の上を分散し滑っていく、盾の男の勢いはまるで削げなかった。
ワカナの頭が膨張する、ワカナは足元の氷を草原ごと丸く嚙み砕き、すぐさま頭部は元に戻りそのままの勢いでくるんと空中で前転し一回転、ワカナの両腕が男の肩を掴んだ。
「アルフ!!」
ワカナの膝が、男の首を真横から捉えた。鈍い衝撃、盾の男はそのまま地面に昏倒する。
残りの三人に目を戻せば、二人が杖を構え、リーダー格は再び手に剣を取り戻している。
「まだだ!!」
後ろの二人が同時に杖を掲げた。
「“フレア”!」
「“ウィンド”!」
片方の杖から炎が噴き出し、もう片方の杖から風が吹いて炎を大きく増幅させる。ワカナの正面から、壁のように迫る大きな炎の波が襲ってくる。ワカナは動じず、その場で頭部を膨張させ。
ばくり。炎の壁に穴が開く。炎はそのまま小さく戻ったワカナの周囲を通り過ぎていく。
「ぉぉぉおおおおおらあああああ!!」
炎の波の向こうから男が見えた、剣を振り上げ、リーダー格の男がワカナに突っ込んでくる。
「“強打”!!」
振り上げた剣がワカナに振り下ろされる瞬間、赤く強く光る、ワカナは何かを察して素早く引き、奴の剣が地面を打った、赤く光る剣は大きく地面を抉り土をまき散らす。
「ちぃ、今のが当たってたら―」
ワカナの体が反転、転進し身を捻って剣を踏む、男は剣を掴んだままだが、ワカナはさらに前進して拳を男の胴体に叩き込んだ。
「ごふぅぁっ……!!!」
がく、と、男が膝を付き、腹を抑えてそのまま横に倒れこむ。
再び向こうを見れば、二人の杖の魔法使いは杖を地面に投げて両手を挙げている。盾の男が地面に倒れ、リーダー格の男は腹を抑えたまま起き上がれない。
「“降伏”だな。二人を連れてさっさと行け」
動ける魔法使い二人が戦士二人に肩を貸し、彼らはその場を去っていった。
「俺が居なくても勝てそうだったね」
俺はワカナに近寄りそう声を掛けた。
「んなことねーよ。俺を倒せるだけの攻撃はあっちは持ってた、長引いたり、上手く連携取られてたら当てられてたかもな。早く事が済んだのはお前が攪乱したおかげだ」
「俺を兄貴と呼んでいいよ」
「調子に乗んな。あくまで居ないよりはマシって程度だ」
周りを見渡せば、冒険者たちの数はまだまだ残っている。
「おいこっち来てみろよ!! お前の好きそうな若い男のガキが居るぜ!」
と、どこかで聞き覚えのする声がする。その声は、どうやら俺たちを向いているようだった。




