第十九話、天使の羽 ーIII
100話記念ということでいっぱい投稿します。
街の近くまで戻ってきた。俺は彼女から少し離れる。
「魔法を解いた状態で、俺に殴り掛かってきて」
俺は両手に何も持ってない状態で、ひらひらと手を彼女に見せる。少女は武器を手に取り、じりと足元を滲ませる。
「……行きます」
お? さっきと動きが違う、彼女は棒を握ったまま振り上げ俺に詰めてくる、俺は避けたが、俺の居た位置に棒が振り下ろされた、彼女はきっと目線をこちらに向け、棒を下から跳ね上げ、おそらくは俺の顎を狙ったのだろう、俺は上体を後ろに反らし、俺の顎があった位置を棒の先端が過ぎ去る。
「おっけー、もういいよ」
俺は二、三歩下がって距離を取る。
「次は“魔法を付けた状態”で俺に殴りかかって来て」
少女は棒を構えたまま、鋭い目のままで首を傾げる。
「……いいんですか?」
「まぁ大丈夫。万が一当たったとしても安心して、俺には、ダメージを肩代わりしてくれる魔道具もあるから」
俺は、腰元の“えだまめ”をぽんぽんと叩いて見せる、嵌まった三つの宝石は濃い緑色を浮かべており、どれも魔力が充填済みである。これは三回はダメージを受けてくれる。
「……行きます」
きらきらと、少女の体の近くに煌めく光が現れ、それは少女に吸収されていく。途端、少女の足が地面を打った、少女の体が歪み、大きくなる、俺は咄嗟に左に避けた、おそらくその場に居たら少女の、棒を持って掲げた肘あたりが俺の胸に突き刺さっていただろう。少女はぎゅんと振り返り、棒を振り回す。俺の体は彼女から離れていて、棒の旋回には当たらない。
「おっけー分かった。魔法は掛けたままでいいよ」
少女の動きが止まった。風が吹いて、頭上で木々の枝葉が揺れている。
「俺の指は何本に見える?」
俺は四本の指を立てて、ひらひらと振って彼女に見せる。
「……何を聞いているんだ?」
「何本に見える?」
「……四本」
「おっけー、じゃあ俺の手に棒の先端を当ててみて。ゆっくりね」
俺は手の平をあげて、少女の棒の近くにそれを持っていく。少女は棒をプルプルと震わせ、やがて銀色のロッドの先端が、俺の手の平の中心に当たった。ふむ、認知機能に障害が出てるわけじゃないな。俺は腕を差し出す。
「棒を振って、思いっきり俺の腕に当ててみて」
「……いいのか?」
「避けるから大丈夫」
少女は棒を構えなおし、上段へと構える。少女が勢いに任せてそれを振り下ろした。銀色の棒が地面を打ち、細かい土を散らした。
「さっきより動きがかたいね。体、動かしにくい?」
少女はぱちくりと目を瞬かせる。
「……確かに。魔法の発動中は、体が固まったような、重い感覚がある」
「重い?」
「そう……魔法が発動している間は、力が何倍にもなるが、私の体もまた何倍にも重く感じるな」
なるほどね。問題の発生はそこね。
「そのズレが、戦闘中の動きのズレに繋がってるんだろうね」
少女は、下ろした武器を持ち上げる。
「……それが分かったとして、じゃあ私はどうすればいい?」
「君のパワーなら、そんな細っこい棒みたいな、繊細な操作が必要な武器は合ってないと思うよ。鎖に付いた鉄球をぶん投げたり、あるいは大きな斧を振り回したり、そういう大枚な操作でも攻撃の当てられる、パワーを生かした広い攻撃範囲を持つ武器が、君には合ってると思う」
少女は、両手に持った、銀色のロッドを見下ろしている。
「……このロッドは、おじさんが私にくれた大切なものだ。無駄にしたくはない」
「他人の厚意に足を引っ張られて生きていくつもり? それで君が死んじゃったら元も子もないよ」
「……私は死なない」
少女は目を逸らすことなく俺に言い返してくる。
「そう。まぁ重い武器が良いとは言ったけど、魔法を発動していない状態での持ち運びの問題もあるしね。君がその武器で戦いたいんならそうするといいよ」
「……」
「君が、魔法を発動している最中には、君の体は何倍にも重くなり、思ったように体の操作が利かなくなる。君の攻撃は乱暴になり、見えている敵の動きに反応できず攻撃が当てられない」
「……そんなことは分かっている。じゃあ私はどうすればいい」
少女は、どこか不機嫌にも聞こえる様子で言ってくる。
「練習あるのみだね。そのままの君で強くなりたいのなら。今日は日が暮れるまで付き合ってあげるよ。魔法を発動した状態で、俺にその銀のロッドを当ててみて。手加減はしなくていい。俺に一撃でも当てられたら練習は終わり。モンスターを探しに行こう」
少女はロッドを構えたまま、動かず、ただ俺をじっと見上げている。
「どうしたの? まぁ、俺のやり方が不服って言うんなら、今からでもギルドに戻って他の付き添いを探すといい。今日の依頼をクリアするだけならそれで達成できる、この森には、今の君が攻撃を当てられるくらいの鈍重なモンスターも居るだろう」
「……そんなことをして、いったい何になる?」
「……そんなこと? どのへんが?」
少女は俺をじっと見返したまま続ける。ここは光の届かない木々の陰の下で、彼女の顔もどこか薄暗い。
「今日の依頼を達成するだけなら、あなたもそうだ。私の武器練習なんてものに付き合わずに、さっさと私が倒せるモンスターを見つけて、あるいはその辺のモンスターを弱らせて動きを鈍らせて、私に攻撃を当てさせる。それだけでこの依頼は終わりのはずだ。何も間違ったことはない、付き添いとはそういうものだ」
「たし……かに。それで今日の依頼は終わりだ。俺も報酬ががっぽり入る」
「そうだ。ならなぜあなたはそうしない。なぜこんな回りくどい手段を取る」
少女はただじっと俺を見つめ、俺が言葉を返すのを待っていた。
「……なんとなく?」
「……」
「あぁっと……ほら! 俺だって攻撃を避ける練習になる訳だしね。俺に利がないってわけでもないよ」
「それは私相手でなくともいいだろう。森のモンスター相手にそれをやったなら、倒した報酬も得られて一石二鳥だ。私の練習に付き合うのに見合った理由だとは思えない」
んー……いやそんなに詰められても、俺はただ思ったまま行動してるだけなんだけどな……俺は何か、彼女らの常識で考えると浮いた行動をしているのだろうか。
「まぁ、細かい理由なんていいでしょ」
「……」
「ほら、俺は君の先輩なんだからね。先輩には、後輩であるところの君では図りきれない意図とか思案とかがあったりするんだよ。後輩は、先輩の言うことに素直に従いたまえ」
「……それは、今の私に教えてくれないのか?」
「なんでもかんでも言葉で教えてもらえると思ったら大間違いだ。少しは君の頭で考えたまえ、俺の言動が、今の君にとってどういう意味を持つのかを」
適当に言い募っていれば、少女は視線を地面に下ろし、何かを考えている様子だ。
「お喋りは終わり? 早く掛かって来なよ、君のペースに付き合っていたら、何もする前に日が暮れちゃうね」
少女はなおも固まっていたが、やがて武器を握り直し、構えを取る。
「……行きます」
その後、間に休憩を挟みながら、五時間ほど彼女はロッドを振り続けた。俺も彼女の動きは見慣れてきて見切れるようになってきたが、彼女の自身の体の感覚への慣れがそれを上回った。日は暮れかけていたが、その勢いのまま森の奥へと進んでいき、一匹のモンスターと出会う。それは今朝見かけたのと同種の、あるいは同一のモンスターだった。ツバキは、魔法の発動とともにそれに殴り掛かり、見事一撃でそのモンスターを粉砕した。
ギルドに帰ってくると、心配そうな顔をした職員さんが受付で待っていた。少女は依頼の手続きを終え、少女は手に報酬のお金を持って帰って来た。
「こういう感覚は慣れだからな。そして、一日経ったら慣れた感覚は薄れ、段々と消えていってしまう。継続的な練習が大事だから、毎日の練習を怠るんじゃないぞ」
「先生! 先生は明日も暇なのか? よければ明日も付き合って欲しいな!」
少女は目を輝かせて俺に聞いてくる。別に先生と呼ばれるほど、俺は大層な人間じゃないのだが。実力ももう抜かれそうだし。先生弱すぎる。
「明日か? 明日は、一日中部屋でごろごろする予定があるな」
「……」
「つまり暇ということだ」
「やったぁ!」
まぁ休みは明後日にするか……いやこのペースだと明後日も付き合って欲しいと言われかねないな……。今日の打ち上げで一緒にご飯を食べたいという少女に、俺は欠伸交じりに後ろを付いて行く。




