ステップ16
「だからって神殿爆破しなくてもいいと思うんだけどねぇ」
「え!?」
「帰るトコ、なくなっちゃったわぁ」
円君とミルドレッドの会話は遠い。それでも帰るところがなくなったと聞こえた。
「困るわ」とこぼすミルドレッドの様子に円君が「そのわりに落ち着いてるじゃないか」と返している。
「この水没都市タフトはね、元はタウフィって言ってその名をもつ王家によって守られていた王都の一部だったのよ。この辺りは下町なんだけどね」
ミルドレッドがお茶を飲みながら説明する。
「今は?」
円君が質問する。
「タウフィ王家の生き残りとラヤタ王家の生き残りが結んでエルリアーナ国ができたの。ちなみに現王妃様の名前がエルリアーナ様ね」
「はぁ」
「熱愛だったらしいわ」
すっと視線をそらすミルドレッド。
「第一王子さまが今六歳になられたと思うわ」
「へぇ」
興味なさげな円君の応答。
最初の話題から逸れていっている感じが強いような気もする。
「現王都の名前はラヤタ。国を統べてるのはタウフィの旧政権。および血統。まぁ、王妃様がラヤタ側だから理想的な融合とも言われてるのよね」
「あのさー、その説明の理由は? 俺らそんなトップに関わる事はまずないと思うんだけど?」
円君の問いにミルドレッドがまた視線を彷徨わせる。
「まぁ、この水没都市も、基本治外法権的な自治で成り立ってるとはいえ、一応エルリアーナに属しているのよ。あと、ウチの神殿と、魔術舎もね」
雑学常識の一部として知っていても害はないわとか言っているようだ。円君はゆらゆら頭を動かしている。
「それって?」
ゆっくり会話は進んでいるがよくわからない。
「神殿と魔術舎は国の護りも担っているのよ」
「えっと、爆破って……?」
国の護りが壊れたらまずくない?
「ええ。なくなったわ。おそらく調査、追及がなされるでしょうね。普通なら」
ミルドレッドは遠い眼差しで遠くを見つめ大きく息を吐く。
「普通なら?」
そっと視線を下ろし、眉間にシワを寄せる。なんだか力を込めてるような気がする。
「証言できる生き残りが私とノゾミだけなのよ。マズいわ。責任を取らされることを考えれば先にろくな未来は見えないもの。だから、もっとも特殊な場所、よろず屋に逃げ込んだのよ!」
もっとも?
言い切って、ふぅと息を吐くミルドレッド。
よくわからないなと思いながら僕はのぞみちゃんをなだめる。「こわかった?」と尋ねれば小さくうなずきが感じられる。
「重要な点はね」
「のーぞーみちゃーん」
音もなくドアが開いてよろず屋がふらりと現れた。
なんだか疲れてる?
ミルドレッドも謎解説をストップしてよろず屋を見ている。
「いきなり、問い合わせ多数なんだけどなー」
「だって! ひどいんだもの!」
泣きながらも勢いをつけて言い返すのぞみちゃん。
問い合わせ? あれ? ちょっと前も、問い合わせのせいで寝不足とか言ってなかったっけ? 別件だから関係ない?
「だからってね」
「神殿神事すべて神が内。故に不干渉。エリコ・タウフィ。どこにも、誰にも。そういう決まりになってるんでしょう? ヒスイ様が教えてくださったわ。湖水の民の継承者」
苦情を続けようとしたよろず屋をのぞみちゃんは謎発言でせき止めた。
え?
なんで、のぞみちゃんがよろず屋にけんか売ってるの?
「のぞみちゃん。ちょーっとむこうでお話でもしよーか」
表情を少し改めたようにも見えたよろず屋が少し強引にのぞみちゃんを連れて行ってしまう。
それにしても、
「神様の声かぁ。聞いたことないや」
さすが異世界そういうことも有るんだ。すごいなぁ。
「私だってないわよ。ヒスイ様って何?」
え?
ミルドレッドって司祭様だよね?
「いや、そこもだけど!!」
円君が声を上げる。
なんだろう?
「エリコ・タウフィって……? え!? よろず屋!?」
円君の疑問にミルドレッドが答えしみじみと解説を再開している。
「そうよ。現国王陛下とは従兄弟だって聞いてるわね」
「まじ? すげえ人だったの?」
「生き残りだけど、妾腹にもいかないような末端の血統らしいわ。湖水の民ってなに? もう、わけわかんないわ」
うん。よくわからないよね。
「だが、真継承血統はエリコが一番だな」
いつの間にいたのか、黒髪の青年が言う。
しんけいしょうけっとう?
ふらりと近づいてきてのしりと肘を僕の頭にのせる。
おかげで会話の流れがつかめない。
「湖水の民は力の強い一族の呼称だな。二派に分かたれて、継承者と呼べる者はすでに各派一人しか、残ってはいない」
「えっと、エリコには身寄りがないってこと?」
そういうことかな?
ギロリとミルドレッド司祭様に睨まれた。
コワい……。
「現国王と従兄弟だって、説明したでしょうがぁあああ。あんたの耳は筒抜けなの!?」
そして、怒鳴られた。
「よろず屋。まじチートキャラだなぁ」
円君の呟きに本当にそうだなぁと思う。
「ユーキは本当に面白いなぁ」
上から降ってくる声に見上げると綺麗な顔立ちの青年ににっこりと笑いかけられた。
誰だろう?
黒髪黒服の青年はにっこり笑っていた。
でも、僕の何が面白いというんだろうか?
「司祭は一晩休めば旅に出れる?」
「……行かなきゃ、いけないのね」
ミルドレッドの返事に青年は頷く。
「エンもユーキもノゾミもエリコも一緒に出掛けてもらう」
「よろず屋を閉めるのか?」
円君が不安そうに尋ねている。
何があってもよろず屋は門戸を閉ざすことがないというイメージが強いせいだと思う。
僕も、よろず屋が無人なのはちょっと想像がつかない。
「閉めないよ?」
青年は不思議そうに言い放つ。
「だって、よろず屋がいないのに……」
青年がなんとも言えない表情になる。
「えーと、ちょっと言いにくいんだが、エン。俺がよろず屋オーナーなんだけど?」
え?
「え? あんた、誰だよ!!」
怒鳴られ、指を差される状況を不快そうに眺めた青年は息を吐く。
「エンとは友達になれたと思っていたんだが、残念だな」
腕のせられてると重いんだけどなぁ。どけてくれないかなぁ。
あー。
あれー?
「エライ生き物?」
ミルドレッドがなにそれって表情で、青年は嬉しそうにこちらを見ていた。
え?
本当にコレ偉い生き物?
「王室から調査員が来る。その前に移動しておいてもらう」
偉いイキモノだから、えーっと
「るぅるぅ」
「まぁ、そうなんだが、この外見ではヴィールと呼んでほしいけどね」
僕の確認するような呟きに青年は困ったように苦笑する。
「あと、エンは指をささないように」
「悪い。つい信じられなくて」
ささっと手を髪にもっていく円君は気まずさげ。
「人化の術を扱う種は多いぞ。見かけで判断するのはやめておいた方がいい」
偉いイキモノはそう言って和かに笑う。
「じゃあ、続き。行くべき場所に関してはエリコが目的地を知っている。エンは今日中にできるだけ魔力上げの特訓。二人は体調を整えておいて」
僕とミルドレッドは体調を整えておくのが優先らしい。
「ユーキ、きっとたくさん走るぞ?」
上から声が降る。
ぇ?
うーん。ちょっと嫌だなぁ。運動、得意じゃないんだよね。
「つまり、食事をしてしっかり休養をとるべきということね」
ぽんぽんと話が進んで行く。
僕はそれを見ている。僕が口を挟まなくてもミルドレッドと円君が頷きあったり確認しあったりしてるから多分、大丈夫。
それでも少し、わからないなと思うこと。
青年を見上げる。
「僕が行く意味は何?」
聞いてみた。
「いなければ、アーベント領の話をつつかれずに済む」
えっと。
「アーベント領?」
それ、どこ?




