【僕は僕の方法で】
―――姉様なんかだいっきらいだ!!
興奮しているとどうして思ってもないことを口にしてしまうんだろう。
姉上の綺麗な瞳が傷ついた色を宿したのを見て、すぐにその言葉を口にしてしまったことを後悔した。
でも、出てしまった言葉はもう取り戻せない。
姉上はすぐに固い表情で僕への愛を口にした。
謝ろうとしたけど、姉上は踵を返して僕を残して行ってしまった。
―――せめて今日は剣の練習を止めなさい。一日くらいなら筋力が衰えてもすぐに取り返しがつくわ
一言も、僕を責める言葉はない。全ての言葉が僕を気遣う言葉で、僕は更に罪悪感が募る。ああいやだ。まるで今の僕は殿下と同じじゃないか。あんな、姉を傷つけるだけの男なんかにだけはなりたくないのに。今、姉を傷つけたのは他でもない僕だった。
———誰より、守りたいと思っているのに。
*・*・*・*・*・*・*・*・*
姉が可笑しくなった時、僕は彼女に恐怖しか抱かなかった。
いつだって、姉の口からは僕を傷つける言葉しか出なかったからだ。それでも、僕は姉を嫌いにはなれなかったけど―――でも、やっぱり急に抱きしめられて恐怖を抱いていた。理由が分からないのは怖い。
でも、誰も興味も関心も示してくれなかった植物の話に乗ってくれる様子は本当に楽しそうで、それに姉は僕が知らない植物の話を沢山してくれた。僕は姉より植物に詳しいと思っていたのにそうじゃなかったことには驚いた。
だけどそれでも僕は、姉がなぜ急に優しくしてくれるようになったのか分からなかったから恐怖を抱いたままだったし、彼女が本当に口でいうように愛してくれていると自信を持っては言えなかった。
殿下が来たのはそういう時だった。
殿下も姉と同じくらい僕をどうでもいい存在としていた人だったから、いつも怖かった。だから殿下が来る日は出来るだけ近づかないようにしていた。
その日、僕は読んでいた本を持っていた。
姉上が楽しそうに植物について聞いてくれるのが嬉しくて、正直浮かれていた。誰かと語りたくなって勇気を出した。姉に一緒に読まないかと誘いに行くことに決めたのだ。
ここ最近の姉上なら、拒まないでいてくれる、と僕は思っていた。
恐怖はあったのに、僕は自然と姉上と本を見たい、と思っていた。
おかしくなってから、姉は僕を邪険にしたことはなかったし「いつでも来ていいわ」と言われていた。実際、最近は連絡もいらないのが普通だった為、何も気にせず、僕は扉を開けた。
姉上の他に、人がいたのを見て、僕は固まった。
姉の婚約者―――ルシファー殿下。
彼女の、想い人。
僕から見ても、いや、誰から見ても、姉は殿下を好きだった。
僕に言うように言葉にせずとも、姉が殿下を好きだというのは分かった。殿下に向ける顔と僕に向ける顔は全く違っていた。
婚約解消をしたと侍女から聞いていたけど、半信半疑。だって、姉は本当に殿下を愛していたんだ。
なのに―――姉は殿下より僕を優先させたように見えた。
普段なら「どうして私とルシファー様の邪魔をするの!?」と叫んでいた彼女は心から嬉しそうな顔で僕を迎え入れてくれた。最近の姉上のままだった。変わらなかった。僕を邪険にしなかった。
戸惑いながら、僕は言われるままに殿下に挨拶をした。
いつ怒鳴られるんだろうとビクビクしていた僕は姉の殿下への対応に益々驚いた。殿下も驚いてるようだったから、彼も僕と同じ様に戸惑うのかと意外に思った。
殿下はとても凄い人だと聞いていた。頭も良くて、剣も出来て、魔法の才能もあって、顔も凄くよくて、姉上が好きになるのも分かる。動きも洗練されていて、物語の王子様みたいだって僕も見る度、思っていた。
その彼を案内する途中「貴様を嫌っていた」と聞かされて、自分が思った以上に傷ついたことに驚いた。やっぱり姉は嫌いだったんだ、と深く傷ついていた僕は、殿下が姉の婚約者になると言った時、きっと聞き間違えたんだと思った。
姉は殿下を好きだったが、彼は彼女を邪険に扱っていた。せっかく破棄された婚約関係を修復する必要がわからなかった。
―――そもそも、アレは俺の気をひきたいが為の演技だ
それはあるかもしれない、と自信たっぷりに殿下に断言されて僕も思った。
今までの姉ならその可能性は考えられる。殿下の嫉妬を煽ってとか、焦り顔を見たくてとか。
だけど、と僕は引っかかった。
これ食べられると思うの、と躊躇いなど皆無で花や茎を口にする姿が浮かぶ。グレイスとソレルが悲鳴をあげて止めさせようとしていても、姉は全く気にせず無視していた。今までの姉ならば、そんなこと、例え演技でもしただろうか。ソレルはちゃんと叫んでいたのだ。動物の糞や虫の糞もついてるんですよ!と。
僕は……姉を信じたかった。僕を好きだと、愛しているといった言葉を信じたかったのだ。僕は、姉への恐怖心が薄れていることを自覚し、また姉を好ましく思い始めていたのとも知った。
殿下に協力しろと命令されて、殿下は姉が好きなのかと聞いてしまった。口からぽろっと出たその答えは。
『まさか。貴様はあの女を好きになる男がいると思うのか?』
嘲りの色を含ませて、彼は確かに姉を侮辱した。
今までの姉の態度や姉への対応を見れば殿下の言葉は可笑しくないものだったし、姉はそういう風に言われて仕方の無い人だと思う。僕を好きだって言うのが殿下の気を惹く演技だったら、僕は殿下にこれだけ嫌われていると知らない姉を馬鹿にして笑っても許されると思う。だけど―――僕のお腹の中に、ぐつぐつとした物が生まれていた。のちに、それは嫌悪感と呼ばれるもので怒りでもあると知る。その時の僕は、ただ殿下を姉に近づけたくない、と思ったのだ。
温室について、僕の植物達を紹介しようとすると殿下はいつも通り、自分の自慢を始めた。僕の才能のなさを馬鹿にし、見下す。
唇を噛んで耐えた。
今はもう元婚約者な彼は王族だ。僕が逆らっていい人じゃないって、それくらい分かっていた。
姉が現れた時、僕はその酷く冷たい表情に驚いた。無表情だ。僕を詰る時でも、そんな顔になったことはない。彼女は僕をグレイスに預けた。
振り向くと、何か二人が話し始めていた。
「ねぇさまは……ルシファー様のこと、好きなんだよね」
殿下と二人っきりになりたかったのか、殿下が言っていたことは事実だったんだと心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになっていた僕にグレイスは「まさか!」と素っ頓狂な声をあげた。
「ありえない、です! プリシラ様、おこって、ます! ベルフェゴール様、大好き、です! ベルフェゴール様、ルシファー様から、離れる、ためです!」
「え?」
既に僕は温室から出ようとしているところだった。慌てて振り返っても、二人の姿はもう見えない。お茶をしましょうか、と言うグレイスに「ぼ、僕、ねぇさまのところ、行ってくる……!」と告げて、グレイスの手を振り払い、元来た道を戻った。
後ろから僕の名が聞こえたが、振り向かなかった。
「――――」
「――――」
二人の声にそーっと植物達の陰に隠れつつ、伺うと、何か難しい顔で話をしているようだった。
綺麗だなぁ、と僕は姉と殿下を見ていた。
姿だけなら、お似合いの二人だ。なのに、離れていても二人の間の空気がとげとげしいのが分かった。殿下のおつきの彼も、少し難しい顔で姉と殿下を見ている。姉が全く楽しそうじゃないのは僕にもよく分かった。
僕が邪魔だからグレイスに渡した訳じゃないんだ、と僕はそれを見て嬉しく思った。
あ、と僕が今一番楽しみにしている鉢植えを殿下が指した。成長が遅いが、凄く綺麗な花が咲くと聞いていた。ただその花の時期は短いから、気をつけなさいとも。だから毎日、何時花が咲くのかと楽しみにしているものだった。
そろそろ花が咲く時期じゃないかと期待している鉢植え。何かあったんだろうかと僕は近寄った。
『おい、これは何だ』
無表情ながら、姉から僅かに困った空気を感じた。
僕は思わず割って入った。
僕は、姉の言うことを無視したから怒られるかもしれない、殿下と話してた時みたいに無表情を向けられるかもしれないと恐怖を感じていたけど、姉は驚いて視線を彷徨わせるだけで何も言わなかった。
むしろ、殿下といる時より表情と空気が柔らかくなった。それだけで、僕は怖い殿下とも話せる勇気が湧いた。思うに、この時既に僕は姉のことが大好きだったんだろう。
殿下は思っていた通り、僕のことを馬鹿にした。それどころか―――僕の鉢植えを一瞬で枯らしてしまった。
花びらが宙へ舞う様子は、不思議とゆっくりに見えた。すべてが一瞬で姉が止めようとして手を伸ばしていたけど、間に合わなくて、僕はというと何をされたのか分からず、呆然と殿下が「もう枯れたのか」と残念そうに言うのを聞いていた。
目に入ったことが理解出来なかった僕は、次の姉の行動に衝撃を受けることになる。
姉が、殿下に―――手を上げたのだ。
信じられなかった。だって、あの、ねぇさまが? 殿下大好きなねぇさまが? 手をあげた!
目の前で起こっていることが本当なのかわからない。振り上げた手はいつも一緒にいた人に止められていたけど、でも手をあげようとしたのは一目瞭然だった。
『よくも、よくも―――ベルの植木鉢を、ベルが大切にしていた植物を、よくも―――』
怒りの声に僕の名前が加わって、僕はまた驚愕に目を見開いた。
(ねぇさまは、僕のために―――?)
落ちた花びらに驚く殿下、そして姉の声。
全部が喜劇のようで、それでも僕は姉が僕を思って怒っていることだけは、はっきりと僕の心に刻み付けられていた。
僕はこの時まで、ずっと貴方を疑っていたのに。殿下の気を惹きたいんじゃないかって疑って、真実だと勝手に決めつけて。
そんなことはなかった。僕のことを思って、姉は殿下に手をあげ、怒ってくれた。ごめんなさい、ねえさま―――ごめんなさい。
姉は罰を受けた。殿下を殴ろうとしたからと。
母のところに一緒に行って、泣きながら殿下が悪いと訴えていたのに、どうして姉が罰を受けるのか分からなかった。
「父上、ねぇさま悪くないよ。どうして部屋に閉じ込めるの!」
「それでも、あの子は罰を受けなくちゃならない。王族に……それも王太子に手をあげたのだから」
必死に訴えても、父も母も、兄も、姉を部屋から出さなかった。会いたいと言ってもあわせてもらえない。あんなに泣いていたのに、もしかしたら今だって泣いてるかもしれないのに。
僕は悔しくて仕方がなかった。
命を一つ無造作に摘み取っておきながら、何も感じず、反省もしない殿下にも、その涙を止められず、何より涙の原因だった僕自身にも腹が立って仕方がなかった。
その後で、姉だけが罰を受けているのに庇えないのも嫌で嫌で堪らない。
でも誰より、姉の愛情を疑った自分を殴りたかった。姉に守られた自分が情けなかった。
―――強くなりたい
弱かったから、こんなことになったんだ。僕が弱いから、ねえさまは僕の代わりに殿下に手をあげたんだ、と思った。
昔話の中に、あるお姫様と王子様の話がある。
お姫様は何かと事件に巻き込まれる。だけど、王子様はお姫様だけを守れるわけじゃない。他に色々あってそれは全部お姫様が解決して、最後だけ王子様が助けに来るお話だ。その間、お姫様の側にはいつも騎士がいて、頼りにならない王子様の代わりにお姫様を助ける。この間、その話を呼んだ姉が言っていた。
一番頼りになるのは騎士ね、と。
王子様が一番だって僕はその時まで思っていたけど、確かに読み返してみたら騎士が一番お姫様を守っていて、驚いた。
―――僕がねぇさまの騎士になる
物語の中で、騎士はお姫様に許可を貰っていた。守らせてもらう許可を。僕も、許可を貰いに行かなくちゃ。それで、誰より一番早く姉の危機を救える騎士になる。強くてかっこいいねぇさまの騎士になる。
僕は許可を貰う為に、姉の部屋に強行突破をした。
ねぇさまが謝ったのにも、決意表明をしたら突然泣き出したのにも僕は凄く驚いたし、消えるって言い出したのにも動揺したけど、姉を守る騎士になる許可はもらえることが出来た。
姉の騎士になると決意して、剣を習い始めた。騎士になるには剣が必須だと思う。兄だって父だって剣の扱いが上手いのだ。姉を守るには騎士になることが大切だよね、と僕は剣を振っていた。物語の中でも、騎士は剣で戦っていた。
だけど、僕には剣の才能がない、と尊敬する兄から言われてしまった。
―――別のことを目指したほうがいい
そう、言われてしまった。
―――騎士には、なれない
それでも僕は諦められない。
姉を守るだけの力が欲しい。姉を助けられる力が欲しい。あの無力な時よりも、ずっと僕は強くなった。騎士になれないなんて、そんなの可笑しいだろう。これほど、騎士になりたくて仕方ないのに。
そんな時、姉が父の友人の息子に言い寄られたと聞いた。彼は、無作法にも姉の細い手首を無造作に掴んだのだと姉を守り隊の同志であるグレイスから聞いて殺意が湧いた。姉上の手首に痣ができたらどうしてくれる。
僕が姉の側にい続けることは出来ない。いなくても、守れるようにするにはどうすればいいんだろうかと思い、必死に剣を振る。剣を振って、騎士になる。姉を守るには、それが最善の道に思えた。
姉が度々誘ってくれるお茶会で、話されるのは陛下の話が多い。
陛下の話をする時の姉は輝いて見える。可愛いと思う。
陛下を素晴らしいと姉が言うのは、彼が剣を扱えるからだろうかと思っていた。
父とも互角の腕を持つという。
やはり、そういうところに姉は惹かれるんだろうか。絶対に守ってくれるという安心感はとても大切だろう。
そこに最近、子爵家の話も加わった。
あの姉の手首を掴んだ男の父親だと言う。素敵なのよ、と頬を紅潮させていう姉は可愛らしいが、息子のことを考えるとその親もきっとまともじゃない。
いつ姉の身体に痣が出来るような事態に陥るかわからない、と僕は反対するが、姉は自分の意見を曲げない。
僕のいう事は大抵何でも聞いてくれる姉だが、ちゃんと自分の意見は持っていてそれに対して納得のいく説明がなければ自分の意見を曲げることはない。そういうところも、姉の素敵なところだと思う。でも、あの男は駄目だって反対する。何か凄く胡散臭い気がするんだ。
それでも子爵と関わることをやめない。なら、もっともっと騎士になれるよう鍛えよう。子爵が何か企んでも姉を守れるよう。
ついに、姉は王妃様とも会った。
あの殿下の母親。姉が大好きな陛下の妻。この国の王妃。
直接会った姉曰く、大層素敵な可愛らしい女性だったというし、またお茶会にという話や文通もしようともちかけられたと言っていた。
現陛下に現王妃と親しくしている(まだ大々的に発表されていないので)時期王妃という立場。
姉上の身の危険は更に高まっている。
そもそも姉自身の聡明さや才能、美貌は年を経るごとに高まってきていて、兄と共に頭を抱える日々だ。
可愛らしさも愛らしさも、本当に心配だ。
精霊なんていう伝説の生き物とも契約してしまうのも当然だ。アイスクリームやプリンを考案し、植物や魔法だって、奇天烈な発想力で本に載っていることを先取り、どうかしたら本に載っていないことまで思いつく。伝説の生き物が懐くのも分かる。むしろ何故懐かないと思うのか。
そんな姉だから、今の僕が守るなんてことはおこがましくて、力不足だと分かっていた。
だから姉との憩いの時間を削ってまで、僕は剣の練習をしていたのに。なのに。
僕が必死に、姉に追いつこうとしているのに、当の姉が僕に剣は必要ないなんていうから―――焦っていた僕はひどい八つ当たりをしてしまった。
*・*・*・*・*・*・*・*・*
いなくなった練習場で、僕は呆然と追いかけることもせず、突っ立っていた。
「―――ベルフェ」
「あ、兄上……」
「ひどい八つ当たりだったな」
「見ていたんですか」
俯いて顔をあげられない。
一番守りたい人を傷つけて、何をしているのか分からくなった。ただ、騎士になりたい。姉上の騎士になって守りたいだけなのに、上手くいかない。
「ベルフェ。お前は騎士になりたいんだろ? だったら、女・子供には優しくしなきゃな―――そもそも、プリシラを傷つける奴は俺が許さないが」
「……騎士になりたいです。なのに、姉上が、剣は好きじゃないでしょって、そんなものよりって言うから、だから僕」
「剣の才能は確かにない。だからって、プリシラを傷つけていいってことにはならないだろうが」
顔をあげると厳しい顔をした兄がいた。兄上が姉上のことで容赦するところは見たことがない。僕は「……はい」とだけ答えた。どんな理由があろうと、姉上を傷つけていい理由にはならない。
「ベルフェ。何で騎士になりたいかはこの際どうでもいいが、プリシラには謝れ。どれだけ傷つけたか、分かるか? お前、プリシラに大嫌いだと言われたって想像してみろ」
「―――ッッ」
想像するだけ、ぞっとして息が詰まる。
そんな僕に兄上はため息を吐いて「ほら、な? 分かるか。俺がもしプリシラから大嫌いなんていわれたら首を括るぞ」と続けられ、兄上ならやりかねないとぞっとした。
姉上の兄上大好きっぷりを知っているから安心できるが、僕もさっき八つ当たりで大好きな姉上に大嫌いといったばかりだ。未来がどうなるか分からない。もし姉上が八つ当たりでそんなことを兄上に言った時には、全力で仲直りをしてとお願いしよう。
首を括るのは、ジャスパーが止めてくれると信じる。
「お前はそれだけのことをしたんだ。ベルフェ、謝れ。誠心誠意謝って、それから考えろよ。そもそも、ちゃんとどうして騎士になりたいとか、そういうのプリシラに言ってんのか? 言ってねぇだろ、ベルフェ。プリシラはお前がどれくらい騎士になりたいかって分かってたら、邪魔するような無神経な奴じゃねぇからな」
「……はい、兄上」
そうだ。
確かに、僕は姉上に騎士になりたいと話していなかった。姉上は僕がやりたいことは全力で応援してくれる。だけど、僕は騎士になりたいって言ってないのだ。
そりゃあ、僕が無理していたら問答無用で止めさせられるのも分かる。言っていたら、もっと僕に気遣う言葉をかけてくれていただろう。
「いいか、ベルフェ。騎士になりたいのはお前の勝手だが、それをプリシラに押し付けんじぇねぇぞ。プリシラはちゃんと聞いてくれるだろうが」
「はい、兄上……謝ります、姉上に」
姉上の最後の顔がチラつく。酷く傷ついた色を宿しながら、僕を最後まで気遣った言葉をくれた姉の姿を。
「話を、してみます」
「お前の考えてる騎士とプリシラの考えてる騎士は―――違うのかもしれないな」
ふと何となく呟いたようだった兄上の言葉が耳に残った。兄はそのまま、屋敷に向った。たぶん、僕が悲しませた姉上を慰めるのだろうと思う。可愛がる機会を逃す兄ではない。
屋敷は静かにそこに佇んでいて、僕を拒絶しているようだった。空を見れば青く澄んでいる。僕の心とは違う。
―――僕の考える騎士と、姉上の考える騎士
そこに違いがあるなんて考えたことがなかった。
強い騎士、それが姉を守ると思っていたけど、違うのだろうか。
僕の疑問は一瞬で晴らされた。
なんて勘違いをしていたんだろう。
姉はいつだって姉のままで―――僕は全く最低で馬鹿な勘違いをしていたらしい。
殿下にはなりたくない。色魔なんてとんでもない。
僕は姉だけの騎士でいたいんだ。それなのに、僕は本当に。騎士になっても姉は守れないのに何を勘違いしていたんだろう。僕は僕の方法で姉を守ればいい。そして、僕の方法で姉が笑顔になればそれでいいんだ。泣かせたくない。笑っていてほしい。その当たり前の願いの叶え方を僕はすっかり間違っていたことに気づいた。
「ベルは私だけの騎士でいてくれたらいいじゃない」
不貞腐れた顔でいう姉の可愛らしさ。姉はもう忘れてしまったのではと思っていた僕の決意表明はちゃんと彼女の中で生きていた。
そして、僕を姉だけの騎士として認めてくれていた。それが嬉しい。
「―――騎士になるのはやめましょう、ね?」
ね?と首を傾げてお願いする姉上の愛らしさ。
僕がいないと生活に困るなら僕は姉上の側にずっといますよ。
僕はもう、迷う必要はなかった。剣を必死に振る必要も感じない。元々、剣、嫌いだし。
僕は姉だけの騎士でありたいだけで、騎士として仕官することは望んでいない。そして、その方法が剣でなくてもいいのなら―――僕が嫌いな剣を振る必要はないし、職業としての騎士を目指す意味もない。
突然の僕の心変わりに、目を白黒させる姉が可笑しい。ああ、本当にごめんなさい、姉上。僕は本当に意味のない八つ当たりをしていました。
「……ふふふっ、初喧嘩ね! ベルっ。それに、初仲直りだわっ! 仲直りが出来るっていう事は仲がいいって証明よね」
謝っても許してくれないかもしれない。そんな思いは、姉の嬉しそうな笑顔と共に告げられた言葉によって払拭された。
―――はじめて、かあ
その単語に僕も嬉しくなる。
僕はこれからも姉の側を離れる気はないし、兄がいくら強くてもこの役目を譲ろうとは思わない。姉の騎士はこれからも僕だけの役目だ。
とりあえず――――魔法植物の研究でも始めようかな。
ベルは天使だって知ってた(真顔)
第七段、他者視点はベルフェゴールでした!
攻略キャラ内では二人目ですが、やっぱ某一人目攻略キャラとは違い、中身まともでした。ベルが電波だとどうしようかと。




