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ポルトガル参考になる説・経済面&政治面

 

★閑話休題:ポルトガル参考になる説。


ここまで、色々見てきて、いやー、ハードモードっすねって素直に思ったんですけど。

皆さんはどうでしたかね?

ところで私、ちょっとここまで、色々見てきてある事をふと思ったんですよ。


もしかして、異世界転移した日本の参考になる国があるんじゃないかと。

もちろん現実世界で異世界転移した国なんてありませんよ?いや、もしかしたらオカルト的な話でアトランティスとかムーとか、ハイパーボーリアとか、そういう話を持ち出してきたらあるかもしれないけど、少なくとも私達の生きてる現代から遡って200年以内にはそんな国はありませんよね。


だけど、この狭い地球の中でも経済とか特定の分野のみで見てみれば、異世界に転移した日本を考える上で参考になりえる国があるんじゃないかと思った次第です。

そこで、私なりに考えてみてふと一番に思い浮かんだ国をここで取り上げちゃおうと思います。


それは……デデデデデデ……デンッ!ポルトガルです!!


なんでポルトガル?なにそれおいしいの?って顔してる人も居るかもしれませんが、これが私が真っ先に思い浮かんだ国ですね。


それでは、私がそう思いついた訳をご紹介しようと思います。


まずは、ポルトガルの歴史を見ていきましょう。

今やヨーロッパの国の中でも影が薄くなってしまったポルトガル。

しかし、かつては世界中に植民地を持つポルトガル海上帝国を形成し最盛期にはスペインと共にアメリカ大陸を植民地化し広大な領域を支配していました。

最盛期までがどれくらいヤバイかというと、速攻魔法発動!トルデシリャス条約!

トルデシリャス条約!?

教皇の決定により効果発動!こいつはカポベルデ西1770キロを境に西をスペイン、東にポルトガルに分ける条約だ。分割線より東側の土地は……ポルトガル領になる!みたいな感じで。


別名、世界分割条約ですね。まぁ、むちゃくちゃやんちゃしてた訳ですよ。

ちなみに、この時、日本は戦国時代で、南蛮貿易の関係でポルトガル人が貿易やら布教やらで、きてたんですが、この時日本に来てたイエズス会のなんとかっていう宣教師(名前忘れた)なんかはバリバリ日本の事をポルトガル領って言ってますからね(笑)


日本は実はポルトガルの植民地だった!?(デデドン)


ただ、これはあくまで、実効支配を伴わない条約文章上の事で、時代が進むにつれてイギリスやフランスが台頭してくるとこの世界分割条約は忘れ去られてしまいます。でも、ポルトガルとスペインがどれだけ力を持ってたかは分かるでしょ?(※長崎及び茂木の地がキリシタン大名の大村純忠によってご丁寧にイエズス会に寄付されて契約上はガチでポルトガル領だった話はナイショだよ☆)


実際にポルトガルが支配していた主な植民地は、南米のブラジルや、アフリカ、カーボベルデ、インドの一部、マカオ、東南アジアの一部等でした。


しかし、その後19世紀後半までになんやかんや戦争や政争や内戦があって最大の植民地であったブラジルが1822年に独立。ブラジルは非常に莫大な利益を上げていた植民地で、莫大な投資も行われていた植民地であった為にブラジルの独立によってポルトガルが負った経済的なダメージは天文学的な物となりました。これ以降、ポルトガルはそれまでは列強国の1つとして数えられていましたが、これで一気に転げ落ちていきました。


ですが、列強から転げ落ちても帝国は帝国。

20世紀の時点で、ポルトガル海上帝国の植民地は全世界に点在しアンゴラ、モザンビーク、ギニアビサウ、サントメプリンシペ、カーボベルデ、ポルトガル領インド(ゴア、ダマン、ディーウ)、東ティモール、マカオを領有していました。


1919年10月5日。

この頃になると、もはや、かつての列強国だった姿形は完全に見る影もなくなります。ブラジルの独立後、ポルトガルは内戦や内政の混乱が続きに続き、1863年、1902年には2度に渡り財政破綻を宣言。ついには共和革命である1919年10月5日革命までが発生しそれまで続いていた王政が崩壊。ポルトガルは共和国になりました。


国民的には恐らく「お前(王様)が無能のせいで政治も経済もボッロボロやんけ!せや!革命したろ!」みたいなノリだったのでしょう。

しかーし!いざ、共和制にしてみたは良いものの、ポルトガルの場合、その出だしは、大変残念な結果となってしまいました。


なななんと!革命後、わずか16年間で、大統領が8人、首相なんかは38人も交代!

安部政権誕生前の日本の短命政権だってこの記録と混乱には遠く及びませんよ!、の様な苦しい結果となってしまったのです。あまりの混乱にクーデターまで起きちゃいます。

しかし、クーデターを起こして政権を握った側も数ヶ月で指導者が別の人物に移り変わる程の混乱模様。政治も地獄模様だし、国内経済も深刻、阿鼻叫喚とはまさにこの事。


ですが、この混乱の果てにようやくポルトガルにも春がきます。

アントニオ・サラザールという歴史上最長のファシズム体制の独裁者の登場です。

サラザールは経済学者でそれまでは大学教授をしていましたが、その頭脳を評価されて、時のカルモナ大統領から財務大臣に任命されます。そこからさらに、財務大臣兼任で首相に就任します。


このサラザールという人物、最終的には独裁者にはなりましたが、経済政策は本物でした。

どれくらい凄かったかと言うと、なんと世界恐慌が起こった時、ポルトガルはソ連と同じ様に殆ど影響を受けなかったのです。それどころか経済の建て直しに成功します。


こういった経済政策が評価されサラザールは国民から大きな人気を獲得しました。その人気を背景にポルトガル版ファシズム体制であるエスタド・ノヴォを構築。


ちなみにエスタド・ノヴォのキャッチフレーズは「神、祖国、そして家族」

これはサラザールが敬虔なキリスト教徒だった事が影響していて、実はサラザールは経済学の学位を取得する前は聖職者になりたくてキリスト教学校に通っていました。しかし、ポルトガルの聖職者の数が飽和状態でやむなく断念した経緯があります。


サラザールは自身に反対する勢力はPIDEと呼ばれる秘密警察を使って逮捕や弾圧しましたが、サラザールの独裁は他の独裁者に比べれば、遥かに穏健的なものでした。

独裁者は軍や警察を使って民衆や穏健派を封じ込めるものといいうイメージがありますが、サラザールはそうではなく、穏健派を登用する事で過激派を封じ込めました。

さらに、自分の支持層である教会と癒着せずに距離を置きました。その結果、支持層は拡大し教会、経済界、地主、元王族達へと広がっていったのです。

さらにポルトガルは死刑が廃止されており、基本的には流刑や逮捕が基本だった事も他の独裁者に比べれば遥かに穏健な独裁者というイメージを作っています。


さて、エスタド・ノヴォについてはこれくらいで進みましょう。


第二次世界大戦が勃発すると、ポルトガルはスペインと共にファシズムにも関わらず、中立を貫きました。そして、第二次世界大戦後、ポルトガルは高度経済成長を達成します。

戦争によって疲弊したヨーロッパ諸国に復興の為の石材や木材を販売し、ぼろ儲けしたのです。


この高度経済成長によってポルトガルはブラジルが独立して以降、最も絶好調に達しました。

これを当時の人々はポルトガルの黄金時代と呼んだ様です。


しかし、それは長くは続きません。

ヨーロッパ諸国の復興が完了してくるからです。それでも、ポルトガルの経済が良い状態である事には変わりありませんでした。


ですが、エスタド・ノヴォ体制下のポルトガルを根底から震撼させる大事件が起きるのです。

そして、現在に至るエスタド・ノヴォ体制下のポルトガルへの悪評がこの頃からたちはじめます。


それが……全世界での植民地独立機運の高まりです!


時は空前の脱植民地時代!

イギリス、フランス、オランダ、スペイン、ベルギー等々、世界の名立たる植民地保有国内で大戦による経済事情の変化や、植民地内での独立機運の急速な高まりによって、多くの国々は植民地を手放す動きに出るのです。


そして、この流れは当然、植民地を保有するポルトガルにも押し寄せました。


多くの植民地宗主国が植民地を放棄したのとは対照的にアントニオ・サラザールは植民地の独立を断固として認めなかったのです。

サラザールは諸外国から植民地をやめるようにという圧力に対して、植民地の名称を海外州に変更して植民地じゃないと言い張りますが、名前を変えても、どうあがいても植民地は植民地。

それに不満を募らせた海外州の住民は独立運動を激化。1969年代には、多くの武装独立運動を引き起こしました。


ポルトガル植民地戦争の勃発です。戦場はアンゴラ、ギニアビサウ、モザンビーク等、主にアフリカ植民地全土に及びました。


さらに、アメリカやソビエト君が大戦後、ヨーロッパの影響力を削ぎ落とす為に、植民地の独立支援をしていた事も影響して、なんと植民地を巡るポルトガル君の構図はポルトガル VS 独立派勢力+アメリカ+ソ連というヨーロッパの中小国にしては過酷な物となってしまったのです。


しかもこの構図はさらに悪化して、最終的には、ポルトガル+南アフリカ+ローデシア+マラウイ VS 独立派勢力+アメリカ+ソ連+キューバ+中国+ザイール+アルジェリア+チュニジア+タンザニア+ザンビア+セネガル+ギニア+コンゴ+エジプト+ブルガリア+リベリアという地獄のような構図、引いて言えば、ポルトガルvs世界の様な北朝鮮もビックリする様な驚愕の構図となりました。


しかし、この地獄のような構図の中、サラザールは断固として植民地の独立を認めず、さらには軍事予算を増大、なななんと、この時、ポルトガルが植民地維持のために使った軍事予算は……国家予算の約4割強(※一説には約6割だったという説もある)にも達します!第二次世界大戦中の日本だって2割だからね……?(震え声)


ですが、相手が最悪です。当時の二大超大国のアメリカとソ連がバックについています。

勝ち目なんて無いで……あったんだなぁこれが。

なんと、ポルトガルはこれだけの数の勢力や敵と戦いながら、植民地戦争を終始ポルトガル軍の有利に進めました。

どれくらい有利に進めたかというと、経済的に重要な中核地域や主要都市を敵に奪われる事無く、戦争を進め、モザンビークでは戦争の傍ら、植民地経済の更なる発展のためにダム建設までする程です。


ポルトガル植民地戦争は1961年から1974年までの実に13年間にも渡って続きましたが、なんと、戦争の終盤頃にはアメリカとソ連はこの戦争はポルトガルの勝ちだと、両者の国防機関が結論付けていました。


ポルトガル大勝利!


でも、皆さんが知っての通り、歴史はそうはなりませんでした。

だって、モザンビークもアンゴラもポルトガルじゃないでしょ?

いや、だってね?冷静に考えてみてくださいよ……日本よりも遥かに経済的に下のポルトガルが国家予算の4割強使って戦争してるんですよ?13年間も……。

不満がたまらない訳が無いんだなぁこれが。

これまで、穏健的な独裁をしていたサラザールは事、植民地に関しては頑として譲らなかった為、国民の支持率は急落していました。しかも13年間も続く戦争で慢性的に戦死者や戦傷者が出てきています。


それは唐突に起こりました。


ある日、1968年8月3日にリスボン郊外のカスカイスにあるサント・アントニオ・ダ・バッラ城砦で静養中だったサラザールは、ハンモックで横になっていました。

しかし、その時!ハンモックから転落!頭を強打!そのまま意識不明の重体となり、その間に政権は後継のマルセロ・カエターノ首相の手に移りました。


ファッ!?ハンモックから落ちたって、うっそやろお前!?


て、事で政権が交代した訳ですが、これが独裁体制の寿命だったのか、はたまた、後継の首相の能力が足りなかったのか、ここで、これまでの13年間で経済的な地獄を見ていた人々や戦争で疲弊した軍人が動きます。

どの位、人々が地獄を見てたかって事ですが、これは、ポルトガルが植民地戦争中、ヨーロッパ最貧国と言われた程。まぁ……軍事費に4割強をも使ったらそりゃあ……ね?


黄金時代が一転して地獄に変貌した訳です。


1974年4月25日、エスタド・ノヴォ体制に反旗を翻したポルトガル軍によってかの有名な、カーネーション革命が勃発。ここに実に41年間にも渡りヨーロッパ最長とも言われる長期独裁体制は崩壊しました。


その後、革命政権は全植民地の放棄を宣言。

全植民地からの軍民の引き上げを実施しこれで数百年間続いたポルトガル海上帝国は終焉を迎えたのでした……。


ポルトガル……無茶しやがって……あんた、頑張ったよ。

世界を相手に戦って真っ白に燃え尽きたポルトガル君に敬礼。


ちなみにですが、サラザールおじさんは、意識不明になったあとで、意識を取り戻したのですが、その時には政権が代わっており、これに対して、側近や身の周りの人間たちはサラザールにショックを与えない様に、執務室を病態に陥る前と同じ状態に保全して、さらに当時のポルトガルの動乱の事などは一切記載されない偽の新聞を読ませて、サラザールが権力を喪失した落胆に見舞われないよう配慮したそうです。


サラザールはこの執務室で、何の影響力も効力のない命令書を書き、偽の新聞を読んで晩年を過ごし、そして、1970年7月27日にポルトガルが混乱状態にあることを知らないまま息を引き取ったという逸話が残っています。


……やっぱ、ハンモックから落ちたって話しの時点で、すでに、恐らく史上初めてハンモックから落ちて意識不明の重体になった独裁者って肩書きになるんだろうけど、それ以降の話も超すごいっすね。

なお、サラザールおじさんのお話は結構、面白いんで皆、自分で調べてみてどうぞ。

素性の知れぬ謎の2人の少女と暮らし、フランスの女性ジャーナリストが愛人だったとか、ミステリーかな?


さて!話を戻します。こうしてポルトガルは今の私たちの知るポルトガルへとなった訳です。

しかし、カーネーション革命後、ポルトガルの民衆は予想打にしていなかった事態に見舞われました。


植民地の放棄後、ポルトガルの経済は植民地を一気に失った事や植民地にいた数百万人のポルトガル人(この数百万人の帰国者をレトルナードスと呼ぶ)が本国に戻ってきた事で大混乱し経済的にはさらに悪化してしまったのです。

レトルナードスは帰国後、本土の人々から非常に嫌われました。なぜなら、ただでさえ13年にも及ぶ植民地戦争による国内経済の悪化と、植民地喪失に伴うダブルパンチの経済悪化によって国内に仕事が無い状況なのにレトルナードスがやってきたからです。なお、レトルナードス側からすれば、本土の人間が勝手に革命を起こしたせいで家から追い出され帰らざるをえなかった状況の人々が非常に多かった為、本土の人間に対して反感を持ってた人も非常に多かったそうです。


この様に革命後のポルトガル社会や経済は大混乱に陥りました。

各派の権力闘争が激しく内政も混乱。経済も混乱し、あげくはイギリスやフランス、ルクセンブルグなど西欧諸国への出稼ぎ移住が急増する事になったのです。


それでもその後、EUに加盟したりして現在ではなんとか経済を建て直して総合的なGDPだけで見れば、ポルトガルの経済は海上帝国の時よりも成長はしています。


ただ、GDPの成長率で見ると植民地戦争中の経済成長率は6%にも届きましたが、革命が起きた1974年以降は長期間に渡ってガクンと落ちてしまっているんです。

なお、この間はポルトガル経済も同様で、かなりの落ち込みようとなっています。どの位落ちたかというと、1973年の成長率が11.2%、1975年が-4.3%、さらに以降も定期的に0%を下回るマイナス成長が発生します。


まぁ、簡単に言えば植民地によってどれだけの恩恵を得ていたかという話ですね。


これを見ると分かる様に、現在では経済学的な面でサラザールの評価は幾つかの点についてのみは再評価されています。それは彼が植民地の独立を認めなかったのは単なる意地だけではなく、やはり彼が経済学者であったという面が大きいという事です。今日、サラザールに対する経済学者としての手腕はそれなりに評価されています。


例えば、世界恐慌を切り抜けた事もしかり、植民地戦争に関しても経済的な数値だけに注目してみれば、国内経済的には軍事費が増大している為に短期的には大変ですが長期的という視点に立った場合、仮にポルトガルが植民地の保持に成功していれば、ポルトガルの経済は現在よりも強かったと予想できる訳です。また、植民地を放棄した時にポルトガル経済が受けるダメージの大きさや社会的混乱の可能性も当然考えられたと考えられます。


さらに、ポルトガルは国家経済規模で見た場合、ヨーロッパで最も金を保有し準備している国家なのですが、これも実はサラザールが残した功績です。

サラザールは在任中、国家が保有する金を備蓄する法律を作り、植民地経営で得た利益の一部を金として国庫に保管していました。

この時、蓄えられた莫大な金は今や非常に価値のあるものであり、2020年現在で金相場が過去最高値を更新している事を見ればわかる様に金は何かあった時の為の資産として蓄えられました。

その為、独裁体制を敷いて圧政を敷いたサラザールですがその投資眼については、本物であったという評価がされており、ブルームバーグはサラザールをポルトガルで最も賢明な投資家と評価しています。


まぁ、これも植民地によってどれだけの恩恵を得ていたかという話であるのと同時に、サラザールの将来への投資眼自体は本物だったという訳です。


やっぱサラザールの悪評の最大の原因は国民生活を犠牲にして植民地を堅持しようとした所ですかね。

サラザールの最大の失敗は国の経済の未来ばかりを見て現在を見なかった事です。もちろん、独裁体制についても批難すべき点は山ほどあると思いますが、エスタド・ノヴォが崩壊した直接的な最大の原因は独裁政治というより国民生活を無視して植民地戦争を長期間継続してしまった事が直接的な原因でしょう。


それがなければ、評価は違っていた可能性もあるかもしれません。

まぁ、例え、国の経済の未来ばかりでなく国民生活に重点を置いて植民地を放棄したとしても。国民生活を犠牲にせずに植民地の保持に成功していたとしても。

21世紀の自由と民主主義の時代にエスタド・ノヴォが存続できていたかは謎ですが……というか無理では?中東やアフリカの国ならまだしも地政学的に周囲をすべて民主国家に囲まれてる状態では独裁体制が21世紀も維持できるとは思いません。


さて、少し長くなりましたが、ポルトガルの歴史はこんな感じです。

では、話を進めて、私がなぜ、ポルトガルが日本が異世界転移した場合に参考になると考えたのかをお話します。


前に日本が異世界転移したら、日本経済は壊滅すると言いましたが、私がポルトガルが参考になるかもと思ったのは率直に言って経済です。


まず、日本が異世界転移したら、なぜ、日本経済が壊滅するのかを、まとめておこうと思います。


その1、異世界に転移する事によって日本企業が海外に保有している莫大な海外資産を失う。

その2、異世界に転移する事によって海外にある生産拠点を失う。

その3、異世界に転移する事によって海外市場とのアクセスを失う。

その4、異世界に転移する事によって観光客が難民化しインバウンドが崩壊する。

その5、異世界に転移する事によって国内燃料事情が深刻化する。


とまぁ、大まかにまとめるとこんな感じです。

この内、その1、その2、その3、その4に関して、ポルトガルの植民地放棄が参考になるかもしれないと思いました。


ポルトガル本国=日本、植民地=日本企業の海外資産及び工場群と、考えられば、参考になるのでは?と考えた次第です。


もちろん、ポルトガルの当時の状況と現代日本は明らかに状況が異なりますから、一概にすべてを比べる事はできませんが、少しは参考になるかもしれません。


日本は海外の存在によって莫大な利益を上げている訳ですから。

その海外を失うという状況はポルトガルが莫大な利益を上げていた植民地を失うという状況と大なり小なり類似してると言っても良いと思います。


さらに異世界転移後の国内の230万人以上にも上る外国人難民をポルトガルにおけるレトルナードスと考えれば完全ではありませんが幾つかの条件は当てはまると思います。


この様にポルトガルが経験した歴史は非常に日本が異世界転移した後の経済及び社会状況を考える上で、恐らくですが、ここまで参考になる国は他に存在しないのではないでしょうか。


では、ポルトガルが参考になるとして、日本の異世界転移を考えてみましょう。


日本が異世界転移する場合、日本の経済と社会が受けるダメージは深刻になる訳です。

ここまではポルトガルが植民地を放棄直後の状況と似ているでしょう。ですが、ここからがポルトガルと日本の大きな違いです。ポルトガルは植民地の放棄後、長期間に及ぶ社会的混乱や経済不況に悩まされましたが、最終的にはEUやアメリカ等による経済支援によってその経済を大きく回復させ、それどころかポルトガル海上帝国時代を上回るGDPを獲得しました。


しかし、もしもです。植民地放棄後に仮にポルトガルが外部からの一切の支援を受けられなければどうなっていたでしょうか?さらに外国への出稼ぎ労働ですらできなかったら?恐らく今のポルトガルは存在しないでしょう。少なくともGDPは今よりももっと低かった筈です。


そうです。この外部からの一切の支援を受けられなかったもしもの話のポルトガルが、異世界転移後の日本なのです。

考えるだけでもゾッとする話ではありますが……。


それに異世界転移する日本の場合は、経済や外国人難民の問題だけでなく食料、燃料、資源等の問題も発生していますので、事態はカーネーション革命後のポルトガルよりも遥かに深刻です。

少なくともポルトガルは食事も燃料もありましたので……。


ですが、異世界転移後の日本の経済状況を考える上ではある程度は参考になると思います。日本はポルトガルよりも深刻な状況ですが、それでも条件の幾つかが異世界転移を起こした日本経済と重なる国はポルトガル位なのではないでしょうか。


では経済の他に、ポルトガルの歴史が教えてくれる事はなんでしょうか。それは政治の混乱が発生する可能性です。


ポルトガルの一連の歴史を見ても分かる通り、1919年10月5日革命後やカーネーション革命後は深刻な政治的混乱が発生しました。もちろん、両者とも王政と独裁政権の崩壊後に発生した政治的混乱ですので、初めから民主主義国家である日本の事を考える上では、比較対象としては非常に弱いですが、無視はできません。


例えば、異世界転移の際の日本の政権が素晴らしい判断のできる政権だったとします。

この場合では政治的混乱が発生する可能性は低く抑えられるでしょう。ですが、もしも残念ながらそうではなく素晴らしい判断のできる政権ではなかった場合、ほぼ間違いなく政治的混乱が発生するのではなないかと思います。


例えば、今の国会週刊誌と化している立憲民主党が政権をとっていたと仮定しましょう。2020年現在の政治状況では万に一つも可能性は有りませんが。

異世界転移を乗り切るには柔軟な思考が必要です。ですが、現在の立憲民主党の国会での体たらくな態度とお仕事を見ていれば、どうでしょうか。不安しか感じません。

自民党には不安を感じないと言えば嘘になりますが、それでも現在の残念な立憲民主党よりは自民党の方が信用できます。


そして、この不安が現実のものとなったと仮定してください。

何処のどんな政党でも、どんな政権でもかまいませんが、異世界転移の際にその時の政権がやる事なす事、全部裏目に出るような事になったとしましょう。そうなった時、国民はどう思うでしょうか?

なお、この異世界転移時の国策の失敗というのは確実に国民生活に直結し直撃するものばかりです。


そうなれば、国民の政府への怒りは相当なものとなるでしょう。

そしてそれで総理が辞任し内閣も解散され、新たな総理大臣が選出されるとしましょう。

前政権が残した不の遺産を引継ぎ、さらに異世界転移当初よりも解決余裕も様々な時間的余裕(食料だとか燃料だとかetc)すらも少なくなった状況をなんとかしなければなりません。


ですが、この状況は次期政権にとって普通に考えてもハードすぎるハードモードです。

異世界転移初期ならば、できる事は多いですが、政権が交代するほどの混乱を巻き起こし、さらに政策も裏目に出た後で、そしてタイムリミットがある各問題の時間すらも無駄に浪費した後の政権なのです。


生半可な政治家に勤まる話ではありません。

さらに前政権の失敗もあるだけに国民の目も厳しくなります。


この状況で思い出されるのは第二次安部政権誕生以前の地獄の様に毎年のように政権が変わっていた地獄の様な時代です。

流石にポルトガルが記録した革命後、わずか16年間で、大統領が8人、首相なんかは38人も交代!みたいな狂気の時代にはならないとは思いますがそれでも、安部政権以前の毎年の様に政権が交代していた日本の政治大混乱時代に突入する可能性があるのです。


そして、さらにポルトガルの例が示している様にポルトガルでは1919年10月5日革命後の政治的混乱で軍によるクーデターも発生しました。日本でも政治的混乱が発生した場合、これを鎮める為に自衛隊がクーデターを起きないとは断言できません。


そしてさらにポルトガルの歴史は示してくれています。

例え軍が政権を握ったとしても、それが政治的混乱を本当に止める事ができるとは断言できない事を。

これは異世界転移後の日本にも言えます。自衛隊がクーデターを起こし軍事政権に移行したとしましょう。


それでも、自衛隊が政権を握った時には既に、多くの時間的余裕が無くなっている時期になっている可能性があるのです。むしろ日本のタイムリミットが僅か2年しかない事を考えれば、自衛隊が政権に反旗を翻し軍事政権に移行された時には時既に遅しとなっている可能性の方が遥かに高いのです。


そうなれば、政治的混乱は収まるどころの話ではなくなるでしょう。

2年の時間を無駄にするという事は国民生活にも社会にも経済にも甚大すぎる被害を引き起こしているという事なのです。


そうなっていれば、幾ら自衛隊が立ち上がっても無駄になってしまいます。

もしかしたら、逆に自衛隊が政治の混乱を鎮めようと立ち上がりせっかく武力で軍事政権を作ったのに、武力を使ったクーデターを起こした事で、政権の奪取に選挙の二文字ではなく新たに武力の二文字が加わって、自衛隊の内部やもしくは警察や在日米軍、ロシア軍等の組織が加わって、さらなるクーデターを巻き起こすかもしれません。


そして、それはポルトガルも実際に起こしているのです。

クーデターが次のクーデターを生むの負の連鎖は何もポルトガルだけの話ではありません。

古今東西、アフリカや中東、中南米、南米を見ても、クーデターを起こして政権を奪った政権がまたクーデターによって政権を奪われるという例は数多く見られます。


そして最も恐ろしいのはクーデターが無限ループの様に続く最悪の事態です。

この場合、内戦の発生という異世界転移後の日本にとっては最も起こしてはならない事態が発生する可能性が非常に高まります。


実際にポルトガルでも1919年10月5日革命後には王党派がクーデターを起こしたり反乱が勃発したりしました。カーネーション革命後の際にもクーデター未遂事件が発生しています。また、ポルトガル以外の世界の国を見てもクーデターの連鎖の結果、内戦に突入した例は数多くあります。


さらにアントニオ・サラザールやドイツのアドルフ・ヒトラー、スペインのフランコ将軍の登場という歴史的事実が示している様に政治的混乱は独裁政権の誕生の可能性も高めてしまいます。


日本も異世界転移後に政治的混乱を引き起こせば、狂気の短命政権連発時代や、クーデター無限ループ、内戦、独裁政権の誕生等。こうなってしまう可能性は残念ながら0ではないのではないでしょうか。非常に残念ですが……。


ポルトガルの歴史はそれを今の私達に教えてくれているのではないかと思いました。


私は異世界転移時にどこのどんな政党が政権を握っていようが構いませんが、どうか、異世界転移時の日本の政権は柔軟な判断力と懸命な判断ができる政権である事を祈りたいですね。短命政権連発時代やクーデター無限ループや独裁政権や内戦は絶対に嫌ですね。


以上、私が考えたポルトガル参考になる説でした。


以下、日本異世界転移とは全く関係ないですが私が昔見てポルトガルの歴史に興味を持った最大の原因である動画をご紹介します!めちゃくちゃ面白いのでどれも必見です!!


・組曲「ポルトガル」

・ポルトガル「植民地が守れない」

・えすたどぉ@ノヴォ

・ポルトガルが落とせない

・ポルトガル流星群

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― 新着の感想 ―
[一言] 成程、これは参考になります。 ただ我が国の場合だと、ポルトガル王家とは違い皇族は人気の株を落としていないので(ただし小室圭テメーはダメだ)、天皇陛下を祭り上げて親政復活を目論む動きも起こりそ…
2021/08/24 10:30 退会済み
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