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村人

 何か妙な感じがすると最初に思ったのはいつだ。マツナカ巡査に猟銃を向けられて詰問されたときか。違う。山に入る前にはすでに違和感があった。あれはたしか、こさか氏やバスの運転手の態度から感じたものではなかったか。


 はじめは外部の人間に対する排他的な姿勢の表れなのだと思った。余所者よそもの忌避きひし、単純に関わり合いになりたくないという、地域住民の総意のようなものなのだと。


 一二三ひふみ氏に会ったことでそのかたよった考えもくつがえりつつあったものの、彼もまた別れ際には様子が変わってしまい、こさか氏やバスの運転手と同じような態度を見せている。


 マツナカ巡査に至っては会った時点で私のことを盗人ぬすっと扱いし、手錠を外したあとでも嘘つき呼ばわりしてきた。彼の質問に正直に答えたにも関わらずである。仕舞いには突き放すようにして解放してくれたが、何を嘘だと責められたのかは未だに見当がつかない。


 もっとも様子がおかしいのが宿の主人の赤鬼である。彼の知人らしき男から客だと紹介されているにも関わらず、赤鬼は私へのあからさまな拒絶と礼を欠いた態度を改めなかった。そのうえ神社のお堂を荒らしたと言って因縁をつけてきただけでなく、あげくに大声を出したら焚き火に放り込むと脅してまできたのだ。


 排他的どころの話ではない。外部から来た私を同じ人として見ているかどうかも疑わしい。言うなれば、排斥はいせきを受けた上で存在を軽んじられているような印象である。ただの無視とは何かが違う。


 おかしさでいうなら料理を下げに来たときの女将の態度も異様であった。山で飲んだものを問いただしてきたり、その提供者を聞き出そうとしたりと、答えへの執着と剣幕がまるで別人のようだった。


 そうなると、調理場で聴こえた赤鬼と女将の会話も気がかりである。もしあれが来客予定の人数ではなく、禁忌を犯した人間を処罰する数であったとしたら、あと二人というのは私とさっき窓のところにいた男のことではないのか。


 やたら丸薬を飲むよう女将が勧めてきたのもせないが、もし毒だとしたら食事に混ぜたほうが確実である。それに、あの丸薬は私が炎症止めが欲しいといって頼んだもので、女将から飲めと強要されたのではない。では、あれはただの老婆心だったのだろうか。


 考えはじめると何もかもが怪しく思えてきてしまう。


 中村の『殺される』というメッセージを鵜呑みにするわけではないが、私の生存本能がここに居てはならないと、鼓動を速めたままの心臓が先ほどから行動をき立てていた。


 マッサージを受けたばかりだというのに、全身が強張こわばったようになって動かしづらく、まるで自分の身体ではないように感じる。


 鉛のように重い身体を動かして布団から這い出した私は、手探りで見つけたデイパックを引っ掴み、部屋に散らばっている予備の蝋燭やらスマホの充電器やら、手に触れたそれと思われる必需品を片っ端から乱暴に押し込んでいった。


 集落に居るのが危険だという根拠は何一つない。ただの思い違いであればまた戻ってくればいいのだ。もし宿の誰かに見咎められたら、部屋が寒くて寝つけないから散歩をしてくるとでも言おう。


 そもそも、中村はなぜ警察と村がぐるだと思ったのだ。何らかの悪事を行っている現場でも目撃したのか。それとも、彼らに捕まった中村がそう思い至るような何かをされたのだろうか。


 手を止めて送られてきている他のメールにざっと目を通す。そうではない。おそらく中村はどこかに隠れているのだろう。もしくは、捕まったがどうにか逃げ出し、そのあとに事故が起きて助けが必要な状況に陥ったのだとも考えられる。


 どちらにせよ、今のまま中村を助けに行くのは無謀だ。奴がどこにいるかわからないだけでなく、たとえ居場所が知れたところで、この暗闇の中を明かりも点けずに探しまわるなど無理である。


 そこで私は急に思い立って、『スマホ捜索アプリの登録IDとパスワードを教えてください』と打ったメールを中村に送信した。GPSでスマホの位置が特定できれば中村の居場所もわかる。だからといって、探し当てられるかどうかは別の話ではあるが。


 デイパックを背負って立ち上がった私は、再びしゃがんでスマホの画面の明かりを畳へと向け、倒れていたビール瓶を拾い上げてバッグに入れた。こんなものを使う事態にならなければいいが、備えあれば憂いなしである。


 スマホの充電は七十パーセント近くまで回復しており、とりあえず簡単に使えなくなるような心配はない。ライトを使えないぶんバッテリーの消費はかなり抑えられるはずだ。


 蝋燭は使わず、スマホの電源ボタンを押しては画面の明かりで周囲を照らし、すぐさま明かりを消しては数歩だけ進む。牛歩だとしても、こうして歩けば村人から見つかる可能性を極力抑えられる。


 私は中村からの返信を待つあいだ、念のために障子を閉めて外から見えないようにし、明かりを使わずに暗闇の中を歩く練習を繰り返し行ったのだが、平らな畳の上であっても平衡感覚を保つのは非常に難しく、凹凸おうとつや起伏の多い山道を急ぐことは現実的ではないように思われた。


 この真っ暗闇の中で集落から抜け出すという選択は果たして正しいのだろうか。抜け出すのではなく、中村のようにどこかに身を潜めて空が明るくなるのを待ったほうが良いのではないか。


 可能であれば中村と合流し、何らかのトラブルに見舞われている奴を救助して、二人で朝までどこかに隠れているというのが得策である。たとえ二人であっても十分な装備もなしに夜の山へ入るのは自殺行為に等しい。


 スマホが光って中村からの返信があり、私の意図を汲んでくれたのかメッセージには疑いの言葉などはなく、登録IDと思われるメールアドレスとパスワードが記されていた。

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