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追撃

 重く鈍い音と共に狼男の鳴き声が上がった。 狼男はたまらずにもんどり打って倒れ、地面を転がって行く。

 俺は思った以上の反動に腕を痛めて顔を顰めつつ、少女に背を向けて狼男との間に陣取った。


「怪我は無いか!?」

「え…あ、はい。 だ、大丈夫です」


 少女は展開について行けて無かったのか、やや吃りながらの返事をしてくる。 だが、その返答ははっきりとしていて、無事である事は確かな様だ。


「立って走れるか?」


 肩越しに振り返って尋ねる。

 尋ねられた少女は、状況が未だ危機だと言う事に気付いた様で、慌てて立ち上がろうとしてみせる。 しかし、完全に腰が抜けている状態らしく、身体に力が入らずに立ち上がれないみたいだ。

 まるで言うことを聞かない身体に、終いには泣きそうな表情を浮かべながら立ち上がろうとして失敗している。


 こりゃ駄目そうだな。

 そう思い、立ち上がるのに手を貸そうとした所で──


「グルル…」


 狼男が唸り声を上げて起き上がる。

 それに気付いた少女が小さな悲鳴を漏らし、俺は思わず舌打ちをしたくなった。


 あわよくば、さっきの一撃で気絶してくれてたら御の字だったんだけどな。


「とりあえず時間を稼ぐ。 その間になんとか立ち上がれる様になっててくれ」

「そんな!? 丸腰で魔物と戦うなんて無謀です!!」

「なら、なるべく早く立ち上がってくれよ、なッ!」


 台詞を言い切ると同時に、俺は狼男に走り出す。 狼男は、向ってくる俺に対して待ちの姿勢を取るらしく、威嚇の一鳴きをするもその場から動く様子はない。

 向こうから来ないならやり易い。 距離は五メートルも無いが、ちょっとした小細工をするにら十分な距離だ。

 俺はポケットから拾っていた石を取り出し、狼男から手が届かず、それでいてギリギリの至近距離で、石を顔面に全力投球した。


「グァッ!?」


 石は見事に命中し、狼男が怯む。 その隙に、俺は突き出す様な蹴りを狼男の鳩尾に繰り出す。


「硬っ…!?」

「グゥ…」


 綺麗に決まった蹴りだったが、狼男を数歩後退りさせるだけの効果しか無かった様で、ダメージは見受けられない。

 むしろ、蹴りを入れた俺の足の方が痛めかねない硬さだ。


 まるで木の幹でも蹴ったみたいだ。 そのガタイの良さは伊達じゃ無いって事か…。


 改めて狼男の身体を眺め、何処か有効打になりそうな場所が無いか探す。


 顔は狼その物だけど、身体は完全に人のそれだな。 なら弱点も人と同じだと思うけど、鳩尾があの硬さじゃ──


「グラァッ!」

「おっと!」


 狼男が声を上げて腕を横に振るって来たのを、俺は身を屈めて避ける。 動きは大振りなので、気を付けていれば避ける事は難しくなさそうだ。


「ん?」

「ガァッ!」

「どわ! 危ねっ!」


 屈んでよけた際に目に入ったものに気を取られて、振り下ろしの攻撃が当たりそうになり、俺は大慌てで転がる様に距離を取る。

 余りにも危なかったらしい。 後ろから少女の悲鳴が聞こえた。

 少し反省しつつ、再び石を取り出して投げつける。 だが、流石に学習したのか避けられてしまった。


「それなら…」


 今度は複数の石を握り込み、狼男に投げつける。 ばらけた石を全て避ける事など出来ず、意表を突く事は出来た。

 だが──


「グルァ!」

「…駄目か」


 デタラメに振るわれた腕が、俺の正面を通り過ぎるのを見つつ呟く。


 ヤバイな。 もう思いつく手が無いぞ。 せっかく弱点見つけたのに、どうするか。


「目と鼻を塞いで離れて下さい!」


 俺がどうしようか悩んでいると、後ろからそんな声があがる。 思わず振り返ると、どうやら立ち上がる事が出来た少女が何かを振りかぶっていた。

 それを見て、すぐに狼男から距離を取りつつ腕で鼻を覆う。 その直後に少女が何かを狼男の足元に投げつけた。


 袋、か?


 微かに見て取れた袋らしきそれは、狼男の足元に投げ着くと、ボフンと、盛大に粉末が立ち上った。

 俺は、先程の少女の言葉からその粉末の効果を連想して、慌てて更に距離を取る。 その直後、粉末の真っ只中に居た狼男から悲鳴が上がった。

 その悲鳴に狼男へと視線をむけると、連想した効果は当たっていた様で、狼男は鼻を抑えて目から涙を流していた。


「よ、よかった…魔物にも効いた…」


 少女が安心した様に零す言葉に、俺はオイオイと思ってしまう。 結果的に効果はあったものの、無かったら危ない所だ。


「さぁ、今のうちに!」

「そうだな」


 効果があるかわからなかった手段だ。 いつ迄効果が続くかもわからないから、駄目押しをしておくべきだろう。


「駄目押しのチャンスだな」

「逃げま──え?」


 俺は一気に狼男との距離を詰める。 勿論粉末が目や鼻に入らない様に考慮してだ。 なんか後ろから少女の声が聞こえるが、今は無視する。


 さて、話は変わるが、狼男の見た目の説明を覚えているだろうか。 頭は完全に狼であり、身体は完全に人であると言う説明の事だ。

 ここで重要なのは身体が完全に人という部分だ。 それはつまり、弱点が人の身体と同じと考えられるという事。 だが、弱点の一つである鳩尾は非常に硬く、とてもダメージが入りそうに無かった。

 ならば、ダメージの入りそうな柔らかい箇所を探す必要がある。 そんな箇所があるのか? という疑問になるが、先にに結論を言うとそれはある。


 相手は狼男だ。 そう、狼“男”だ。 男なのである。

 ここまで口説く言えば嫌でもわかるだろう。


 横振りの攻撃を屈んで避けた際、体毛に埋まっていたソレに俺は気付いた。 鍛えることが出来ないと言われるソレである。


 つまり、柔らかくダメージの入る箇所。


 俺は走る勢い殺さずに左足で大きく踏み込む。

 狼男は目と鼻をやられて俺の接近に気付いてはいない。 そしていい具合にガニ股状態で空を仰ぐ様に鼻をおさえている。

 右足を後方に大きく振りかぶる。


 それは絶対的な威力を誇る一撃。 その名も──


 金的。


「オラァッ!!」


 緑生い茂る森林に、物悲しい遠吠えが響き渡った。

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