狼男
木の根を飛び越えたり、肩が当たる位置に生える木などを半身になって避けながら、俺は走る勢いを極力落とさないまま先ほど聞こえたのがなんだったのか考える。
その声が高めだった事もあり、悲鳴をあげたのはおそらく女性と思われた。 気になるのは共に聞こえた咆哮だろう。
森にいそうな生き物で、咆哮を上げそうなのって何だ? クマか?
他にぱっと思いつきそうな候補は狼ぐらいだが、狼が辺りに響く声をあげるというと、咆哮より遠吠えなイメージが強い。
聞こえたものは、自分の中にある遠吠えのイメージとは離れていたしおそらくだけど狼では無いだろう。 となるとやはりクマか。
「っと、危ね」
手前の木を避けると真正面に木が生えていた為、俺は両手を木につけて勢いを殺す。 そして、木を退ける様に反動を付けて走り出そうと体を木の陰から出した所で、俺は一旦動きを止めた。
そこからはもう遮蔽物もなく真っ直ぐに開けた場所に出る事できるらしく、木々の無いその場所は空からの陽射しが降り注いて色鮮やかな花々が咲いている。
そんな森の中の空間に、手間と奥に二つの影があった。
奥の一つは悲鳴をあげたであろう少女。 ここに咲く花を摘みに来たのか小さな手提げの籠を持っており、腰が抜けているらしく地べたに座り込みんでその表情は驚愕と恐怖が浮かんでいる。
そして手間のもう一つ。
「なんだあれ…?」
少女の前に立ち、若干猫背で覗き込む様な姿勢をしているが、その全長はおよそ二メートル。 背後から見ても非常にガタイの良い身体付きをしていて、盛り上がった筋肉が見て取れた。
ここまで見れば、巨漢が少女を襲おうとしている事は理解できる。 だけど、巨漢の正体が全く理解出来なかった。
「狼男?」
正面の顔付きは見えないが、頭の天辺に二つの立ち耳がある。 髪の毛と言うよりトサカの様な毛が、頭から背骨を伝わって尾骶骨まで伸び、そこから尻尾が生えていた。
そして衣服などは着ておらず、全身に楠んだ青色の体毛が生えているのみだ。
何処からどうみても人間では無かった。




