お目覚め
風に揺られてざわめき立つ森林の中、俺はぼんやりと宙を眺める。
宙に向けた目に太陽光が直接入ることはない。 青々と茂っている木々が天然のカーテンとなってくれているからだ。
「良い陽気だなぁ…」
小さく呟いた声に頷く様な柔らかな風が吹き、俺の前髪を揺らして行く。 揺れる毛先がくすぐったくなり、俺は前髪を摘まんで払った。
春の陽気だなぁ。
俺は地面に横たわりながら、ぼんやりとそんな感想を浮かべた。
このまま森林浴と洒落込みたくなるが、俺はその気持ちをねじ伏せて上半身を起こす。 悠長に森林浴なんてしている場合じゃない理由があるのだ。
「…何処だ、ここ」
気づいたら──と言うより、目が覚めたら全く見覚えのない場所にいたのだ。
状況がわからなかった為、なにかしら展開があるかなと寝っ転がったままだったが、何も変化がなかった為についに口にした次第である。
まぁ、口にしても何も変わりばえしてない訳だが。
「さて、どうすっかな」
ゆっくりと立ち上がり、周りを見回す。
見渡す限り木、木、木、木、木、である。どうやら今いる場所は森の中であり、木々が無く開けた場所で寝ていたらしい。
こう、木だらけだと何処行ったらいいのかわからないな。 そもそも何処から来たんだと言う話だし。
立ち上がったはいいが向かい先がわからず、俺はその場で立ち尽くす。
「まぁ、元々目的も無いし、適当に歩くか」
と、適当に決めた方向に足を向け、木の根を踏み越えようとした所でふと首を傾げた。
──元々目的が無い。
それ自体は事実だ。 こんな森に来る用事なんか無いし、むしろ何でこんな場所に居るのかわからない。 だけど、何か大切な事を忘れている気がする。
「うーん…」
起き上がった場所を振り返って見るも、何を忘れて居るのか思い出せない。
「…わからん」
非常にモヤモヤとした気持ちを抱えるも、思い出せないのだから仕方がないと割り切りその場を後しした。
◇◇◇
「鬱蒼と生い茂ってるなぁ」
木の根に足を取られない様に気をつけつつも、俺は軽い足取りで森の中を進んで行く。
何処か方向を決めて進んではおらず、取り敢えず歩きやすそうな場所を探して進んで居る為、真っ直ぐ歩いてはいないだろう。
森を抜けるのであれば真っ直ぐ進むべきなのだが、残念な事に太陽が木々に遮られて目視出来ず、方向を確認する方法がない。
その代わり、日差しが木々の根元まで届かないからか、足枷になりそうな植物が少ない為足取りは軽い。
「とはいえ、流石に道がわからないのはまずいな」
一息つける為に立ち止まって辺りを見回す。 木々だらけで道っぽいものはない。
しかし獣道らしいものすら無いとは、この森に生き物いるのか?
いささか静か過ぎる森に、もしかして生き物がいないのではと、俺は試しに耳を澄まして辺りを窺う。
「マジで静か過──っ!?」
あまりの静けさに思わず言葉を漏らした時、俺の耳が微かにそれを聞き取った。
聞き取ったそれは人の声だった。 だが問題なのは、その声が悲鳴だったのだ。
何処だ! 何処から聞こえた!?
森の中に反響したのか、聞こえた声の方向がはっきりしない。
俺は焦る気持ちを押さえ付け、目を閉じて耳に神経を集中させる。
頼む! もう一度声を上げてくれ!
その願いが届いたのか、俺の耳が悲鳴を聞き取った。 ただし、その悲鳴を挙げさせた原因だろう咆哮もしっかり聞き取り、俺は声の元へと森の中を駆け出した。




