#63 父娘
「くっ……まさかこのような手を!」
カートレット将軍は怒りのあまり紙切れを持つ手をガタガタと震わせた。
「「「「「「「………!!!」」」」」」」」
普段感情をあまり隠さない(ように見える)カートレット将軍がこのように怒りを抑えようとしている場面は見たことがない。多分、それは他の騎士やリアも同じだったのだろう。天幕には一瞬にして異常な緊張感が満ちた。
「……リア様、これを」
どのくらいたったのだろう。恐らく五〜六分程で──体感的にはかなりの時間だったが──カートレット将軍はリアに紙切れを手渡した。
「っ!」
紙切れを見た瞬間、リアの表情が曇る。一体何があったんだ!?
「お父様が危篤……そんな!」
リアのお父さんが危篤……ってことは国王の命が危ないってことか!?
「……王はリア様に会いたいと仰っておられ、至急王都にとのことだ。無論、単身でな」
なっ……リア一人で王都に!? それじゃあ……
「これは罠に違いありません! 我らとリア様を分断して我らの存在意義を奪う策略です!」
「だが、事実ならどうする! 父であり国王でもある方の危篤に顔も見せないとあっては国民がリア様をどう思うか……」
「ええい! 何を馬鹿なことを言っておるのだ! リア様のお気持ちを考えろ! 父親に最後の別れを告げる機会を諦めろと言うのか!」
「黙れ、馬鹿者! そんなこと、この場にいる誰も望んでおらぬわ!」
あちらこちらで怒号が上がる。でも、どの意見も間違ってはいない。罠である可能性、にも関わらず安易に回避出来ない事情、そして……
(リアの気持ち……)
そのどれもが大切なのに全てに配慮した選択肢はない。こんな理不尽な話があるだろうか。
「……ひとまず解散とする。言うまでもないが、この件は他言無用だ」
カートレット将軍はそう言うと席を立った。
*
シュッ! ブンッ! シュン!
誰かが素振りをしている音がする。いや、これは……
(リアか。でも……)
俺があえて足音を立てて近づくと、リアは素振りを止めて俺の方を向いた。
「見つかってしまいましたか」
リアはいつも通りの顔をしているが、心中は見た目通りのはずがない。
(板挟み……だよな)
父が危篤と聞けば、一刻も早く駆けつけたいに違いない。けど、今のリアは俺達の旗印。単身敵地へ乗り込むようなことをすれば俺達が進軍する大義名分がなくなる。それはつまり、反乱軍と見なされるということだ。
(つくづく厄介な立場だよな、王族って……)
したいこととしなければならないことの間で葛藤するのは人生につきものかもしれない。が、リアの場合、それに他者の運命まで関わってくるんだからな。
「剣を振ってると雑念を追い払える気がするんです。ちょっと変かも知れませんが……」
「いや、分かるよ」
剣を振っていれば、意識を剣に集中出来る。それは俺も同じだ。だから、今のリアがどんな気持ちなのかは想像出来る。
「……リアはどうしたいんだ?」
何か助けになれないか……そんなことを考えていた俺は気づけばそんなことを口走っていた。
「どうしたい……ですか」
俺の言葉が意外だったのか、リアは驚いた顔をした。
「そうですね……父とはあまり多くの思い出がある訳ではありませんが、最後に会いたい気持ちはあります」
そりゃそうだよな……
「でも、将軍やシデンさん、サラ……ここまで助けてくれた人を裏切るようなことは絶対出来ません。私は皆と一緒に王都に向かいたいと思います」
手紙にはリアが一人で王都に向かうのなら転移門を用意する準備があるとも書かれていた。転移門とは遠く離れた場所へ一瞬で移動する魔法で、使い手が少ない超高難度の魔法だ。
(でも、このペースで行軍すればお父さんの最後には間に合わないかも知れないな……)
それはリアにも分かっていることだろう。だからつまり、皆と一緒に行くとは最後に父と会うことを諦めるということだ。
(確かにそれが正しい決断なんだろうな……)
リアが単身王都に向かい、父と最後の別れが出来たとしてもそこは敵地のど真ん中。今や王都はリアの暗殺を企んだ第三王子ゲパルトが占拠してるんだからな。つまり、俺達だけでなく、リア自身の身も危険にさらされる可能性が高い。
(しかも、この知らせ自体が罠という可能性もあることを考えれば、リアの選択はベストかも知れない)
父の最期を看取る代わりに全てを失いかねない選択なんて人の上に立つ者としては決して選べないものだろう。
(でも……本当にそれは諦めなきゃいけない願いなのか?)
いや、違う。だって、これは……
いつも読んで頂きありがとうございます!
次話も頑張って書くのでよろしくお願いします!




