棺
佞邪救国性の終わり……!
官男を縛り上げ終えた暖沼らに三つの軍勢が駆け寄ってくる!
先ず暖沼の後方から――自身の残りの軍勢――三百名以上!
さらにその後方から――陽玄らが直率する衛団(一個連隊規模)――きっちり千名!
最後に暖沼の前方から――月清が率いる京賀軍の中団(一個連隊規模)――これも千名!
暖沼の軍勢は彼の下に駆け寄ると、その内の男一人が浮足立って――
「だ、大書記……、前から後ろからも京賀の軍がっ!
わ……我々は……ど、どうすれば……?」と訊いてくる。
――京賀の部隊に前後から挟撃されるのではないか!と真っ先の恐れをなした者!
これに当の暖沼は、不敵な笑みを浮かべながら――
「どうするも何も――我々は京賀軍に降るだけよ!」と答えるのみ!
――島国(旧日汎王国域)の奴らは甘い奴で卑怯な行為には慣れておらんから、手土産を持ってきくれた功績者を騙し討ちにはすまい!とある意味では島国の者達を馬鹿にしている者!
「で……ですが、ゆ……許されなかったら……!?」
「な~にっ!我々には官男がある!惨い目には遭わんさ……!」
その男の再度の質問にも、暖沼は自身満々に答えてみせる!
しかし男は明らかに戸惑っているように「は、はぁ……」と答えるのみ……。
これに――万一のことがあってはならない!と暖沼は感じたのだろう。
暖沼は自身の軍勢に向かって、大声で――
「いいか、お前達!もしほんの少しでも京賀軍に手を出したら――我ら全員は己の一族郎党ごと抹殺されると思え!」と通達!
結果――暖沼の軍勢は何も考えず全力でこれに首を縦に振った……!
そんなやり取りを重ねていくうちに、前方から月清が自身の部隊を引き連れてくる!
既に月清らと暖沼らの距離は、槍の三本程度といったあたり……!
「京賀国の宰相――『破闇(月清の氏名)』である!
佞邪救国政府の指導者はおるか!」
この馬の上からの月清の第一声に、暖沼は畏まって――
「はいっ!この私めが、不肖ながら『佞邪救国政府』の指導者を務めておりまする――『暖事(暖沼の氏名)』と申すものでございまする!」と応える!
これに続いて、暖沼の軍勢は一斉に畏まっていく……!
もうこの時点でこの軍勢には首領の暖沼自身を含めて――君主とか貴族とかムカつく奴ら全員引きずりおろしてやる!という気概は砂粒ほども残されていない……!
その後――暖沼は月清に連れられ、陽玄らの許へ。
もちろん、縛られながらも眠っている官男を、彼自身のかっての同志に運ばせながらである。彼らは陽玄らの許に辿り着くと、一切の容赦なく官男を陽玄らに引き渡した!
その時の彼らの表情は、安堵や晴れ晴れと様々な顔があった……。
――これで危ない官男を始末できる……!と考えたのだろう……。
それから当の暖沼自身は『佞邪救国政府(過穀政権)』の指導者たる『大書記』の最後の務めとして、貴狼らが起草した降伏文書に迷うことなく調印してみせる!
その降伏文書には“助命”や“減刑”の主な条件として――京賀国が『佞邪救国政府』の全領土を完全併合すること、並びに自身らの全兵力の武装解除が明記されている!
その後――暖沼は自身が調印した降伏文書を、貴狼経由で陽玄に送った。
ここに『過穀』と『畔河』と言った二つの政権に別れた『佞邪救国政府』は、両政権と共に短命の歴史を終えた!その歴史――僅か四年程度であった……。
ちなみに過穀政権の主席であった官男がこれを知るのは――自身が目覚めてから……。
これを知った官男は怒りと嘆きと馬鹿馬鹿しさ混じりに涙を流して――
「何故、私を起こしたあああああああっ!?」と叫んだそうな……。
それから官男は生気を失ったようにうな垂れる……。
世歴八百四年四月五日 午前七時頃 京賀軍占領地 過穀西部 京賀軍総本陣
――ううっ……、ここは何所だ……?と約三日ぶりに意識を取り戻す猛己!
現在、彼は長方形上の木製の棺に収められている。大柄な猛己を運ぶのに便利らしい。
同時に、猛己の口には猿轡!何もしゃべれない……!
「やっと……起きましたな、猛己殿!」と彼の目の前で棺を覗き込んでいるは――貴狼!
ちなみに、貴狼が覗き込んだのは――ついさっきから!丁度良い時に猛己は起きた!
また、この棺がある天幕の中には、猛己と貴狼の二人のみ!貴狼にとっては命がけ!
「……?」
――誰だ?と言わんばかりの視線を貴狼に注ぐ猛己。
これを貴狼は察したのか「申し遅れましたな。私は氏が『火』、名が『虎高』、字が『貴狼』!京賀国の“摂政”を務めておりまする!」と自己紹介!
「……!!」
自身を覗き込む者の正体を知った猛己!体を動かそうとするも――全く動かない!
次回予告:引き続き棺に語りかける貴狼!




