意外な伝説
官男軍への両国の対応……。
「丞相閣下!! 今直ぐにでも兵を起こしますか!?」と改めて釣幻に伺う俊雄。
塵の処分が決まった今、目下の課題は佞邪国の丘幸に迫りくる官男軍!こいつらを皆殺すことは言うまでもない!
だからといって、そのために佞邪国の軍を動かす一切の権限は、例え同国の宰相にして侯世子(世継ぎ)の俊雄にさえない!
すると、同国の軍を動かせる権限を持っているは――同国の君主である釣幻のみ!
だが軍を唯一動かせる当の釣幻は危機感な無さ気に――
「いや……明日の早朝でもよかろう……」と先延ばしする始末。
延ばす理由はただ一つ――何か今、やる気しないから!
「では――直ちに北団(一個連隊規模)へ伝令を送り、官男軍への偵察を担わせましょう!官男軍の側面から牽制をかけることもできます!」
「そうだな!そろそろ京賀国も動いている頃だ。守りを薄くしても良かろう!」
俊雄の悪く言えば他人任せな進言に、釣幻は快く受け入れ号令をかける!
この時の釣幻の計算違いは『京賀国は動いている頃』ではなく、既に動いた後で、今は次の動きに向けて休んでいるということである。
幼君とはいえ、一国の君主を見誤ってしまうというミスは後々に響くことになる……。
ちなみに佞邪国の『北団』とは、隣国である京賀国を監視するための部隊である。とはいえ流石にその目的を露骨にするのは――醜い……!
故に表向きには、京賀国を含めた北部諸侯国を支援するためとなっている……。
なお、諸侯国から佞邪国へのウザさは日に日に増してはいる……。
同日 午後八時半頃 京賀軍占領地 過穀 京賀軍総本陣 某天幕
「貴狼!少し話がある……!」と布団に入ったまま、貴狼に声を掛ける陽玄。
これにまだ布団に入っていない貴狼は即座に――
「僭越ながら殿下の御気持ちを察するに――丘幸におわす帝の玉体(身)を憂いておいでですな……!」と陽玄の気持ちを言い当てる。
「……」
陽玄の沈黙を伴った肯きに、貴狼は――
「何も殿下が憂うことは――何一つ御座いません!
玉体に万一のことあらば、それは丞相(釣幻)の一族に及ぶ大恥!
それに丞相は気位が高いお方!格外下の賊共に自領を踏み荒らされているとなれば、今直ぐとはいかずとも明日には動きます!!」と持論を展開する!
「どうしてそう言い切れるんですか?」と布団に入ったまま貴狼に声を掛ける真藤。
「俺は当代の帝に、即位以前から即位するまで仕えていたことがあってな!
その頃からも当代の丞相の腹を知る機会が山ほどあったのだよ!」
この貴狼から真藤への答えに、陽玄は目を丸くして――
「そんなの初めて聞いたぞ!」と驚きを滲みだす!
続いて鋒陰も「意外と伝説持ってるね~っ!」と感嘆の声を漏らす。
この世で“皇帝”と関係を持てることは、公然と自慢しても――庶民からは何一つ文句の声を上げられず、大衆から人一倍羨ましがられる!
鋒陰の言うとおり、そのくらいの――伝説!経歴!
「すると……あるんですか?帝だけが知ってる“秘密の脱出経路”とか……」
「お前の言うとおり、“それ”自体は『ある』!尤も具体的な場所については、『知っているか、知らないか』の二択でも答えられないがな……!」
真藤の質問に、貴狼は機密事項を極限まで漏らしてあげるものの、流石に肝心なことについてはノーコメントを貫かざるを得ない。
本来なら、件の脱出経路が『ある』と部外者に断言したことが朝廷に伝われば、罪に問われないものの現職を辞さねばならない程の不祥事!
しかし、この世界に転移して間もない真藤に、その不祥事を聞けることのありがたみは分かるはずもない……。何せ転移前の世界は――言うまでもない……。
「では……殿下の方も知っているんですか?」と今度は陽玄に訊いてみる真藤。
「昔、貴狼から“それ”の存在自体は聞いている……。
とはいえ、貴狼と同様に予も詳しい場所については――」と陽玄は答えようとするものの、途中で察した真藤が「ノーコメントという訳ですね……」と正解を言い当ててくれる。
これに「分かってくれて助かる……」と陽玄は肯く。
――道理で、こうも“それ”があること自体をはっきり言える訳だ……。と同時に納得!
「そういえば、官男の軍を追わなくていいんですか?明日にでも――」
「官男軍が佞邪国内へ征った以上、京賀国ができることはない!勝手にいけば“越境行為”と受けられ、陸なことにならん!」
真藤の素朴な疑問に対して、忌々しく答えてみせる貴狼。これは陽玄と鋒陰も肯く。
何故見返りがないのに、貴重な将兵を戦地へ赴かせねばならんのか……!
「とにかく寝るか……!明日も早い……!」と貴狼の一言で今日の夜は更ける……。
次回予告:佞邪をかけた争い……!




